第4話 悪しき黒の魔女

 初代の王が精霊だと言われるカレイド国には、目には見えないが多くの精霊が存在する。

 大きくもなく国力も低いカレイド国が平和でいられるのは、精霊に守られた国として周辺諸国から一目を置かれているからだ。

 そんなカレイド国を象徴するのが、精霊に選ばれた『精霊の愛し子』と呼ばれる人間が存在することだ。精霊の力をほんの少しだけ借りられる彼等は、国の発展や安全のためにその力を使うのがいにしえからの習わしとされている。


 そんなカレイド国の精霊が危機に陥ったのは、今から三百年程昔の話。

 どこからともなく現れた『悪しき黒の魔女』は、カレイド国を守っている精霊を滅ぼそうとしていた。

 精霊と共存しているカレイド国が、そんな魔女を許せるはずがない。

 国王は魔女と戦い精霊を守ると宣言し、全国民が国王を支持した。

 だが、闇の精霊の愛し子だった国王の心は、『悪しき黒の魔女』に乗っ取られ操られてしまう。

 国が暗闇に覆われて人々の心が闇に囚われはじめた時、光の精霊の愛し子である王弟が立ち上がった。

 『悪しき黒の魔女』と魔女によって黒く染められた国王を、王弟が光の力で倒した。するとカレイド国に光と平穏が戻ったという実話だ。




 三百年前の戦いは英雄譚として語り継がれているが、『悪しき黒の魔女』については不明な点が多い。黒目黒髪だったという記述は残っているけど、それ以外の詳しい記録はない。それどころか、どうして精霊を滅ぼそうとしたのかも分かっていない。

 情報が少ないことに加えて、カレイド国に黒目も黒髪の人間もいないことも、アレイシアが『悪しき黒の魔女』と言われる理由の一つだ。だからといって、自分の子供を魔女だと言って貶めるなんて、あまりにも酷い。

 人々の勝手な思い込みに傷つけられる辛さが、ヒューライルには痛いほどよく分かる。


「シアの目は黒ではない、ダークグレーだ。それに角度によってグレーにも水色にも藍色にも見える。俺はこんな美しい目を見たことがない。この黒髪だってシアの瞳に似合っている。シアは胸を張っていればいいんだ。周りの声なんかに惑わされるな!」


 最後はアレイシアに言ったのか、自分に向けて言ったのか分からない。それでも間違いなくアレイシアには届いた。

 おぞましいと罵られ続け、自分でも避けてきた黒髪をアレイシアはそっと撫でた。恐れていたような邪悪な力は、髪から伝わってこない。ただのぱさぱさの髪の感触しかない。今までこれを恐れてきたのかと思うと、不思議な気持ちだ。

 生まれてからずっと恐れられ憎悪の対象とされた容姿を、初めて褒められた。たった一人の人に認めてもらえただけなのに、アレイシアの心は驚くほど晴れている。


「ありがとう」


 そう言って笑ったアレイシアの笑顔は、ヒューライルが見たかったものだ。

 だけど、なぜだろうか……? アレイシアの視線が、自分ではなく自分の後ろに向けられている気がしてならない。

 ヒューライルが不思議に感じていると、アレイシアは明らかに自分の背後に向かって頭を下げた……。


「ヒューの闇の精霊さんは、とっても優しい顔をしているの。だから絶対に、ヒューも優しい人だと思ってたんだ。やっぱりそうだったね」

「……! 精霊が、見えるのか……?」

「お家で一人ぼっちだから、精霊さんが遊びに来てくれるんだ。でもね、ヒューの精霊さんは初めて見たよ。特別な精霊さんだね! あっ、うなずいてる」


 嬉しそうに顔を上げたアレイシアの目には、青白い顔で目を見開いているヒュー親子が映った。

 いつも見慣れている蔑みの目や、恐ろしいものを見た時の目とも違うし、怒っている目でもない。困っている目だ。


「精霊が見えるのは、言ってはいけないこと……? 悪いことだった? 私は、やっぱり魔女なの?」


 「魔女だったんだ!」とガタガタ震え出すアレイシアを、「シアは魔女じゃないから、安心して」と言ってヒューライルがもう一度抱きしめた。

 ヒューライルの父も、アレイシアの頭を撫でて言った。


「精霊が見えるのはシアが精霊に愛されているという証だから、決して悪いことじゃないんだ。でも、人に知られると、それを悪用しようとする者が現れる。それに……ヒューのように、精霊の愛し子であることを秘密にしたい人間もいるんだ」

「言わない……。精霊が見えることも、ヒューが愛し子なことも、この場所のことも、誰にも言わない。誰も私と話さないから、絶対に大丈夫だよ!」


 ならば安心とホッとしてしまっていいのか分からない理由だ。ヒューライルの父は、複雑な気持ちで話を続ける。


「シアは、いつから精霊が見えるようになったの?」

「普通に、産まれた時からずっと見えるよ」

「……そっか、なら覚えておいて。シア以外は誰も、精霊を見れないんだ」

「! そう、なんだ……。もちろん精霊さんとは喋れないし、何を言っているのかは聞こえないよ? 私はいつも一人だから、一緒にいてくれるだけで嬉しいの。でも、来ないでと言わないといけない?」


 ヒューライルの父親が首を横に振ると「言わなくて大丈夫だよ」と言って、アレイシアの頭をもう一度撫でてくれた。

 家族も使用人もアレイシアには近寄らない。たった一人の毎日の中で、唯一の心の支えが精霊との交流だった。それを失わないで済んで、アレイシアは心からホッとした。


「ちなみにヒューの精霊はどんな感じだい?」

「普通の精霊さんは、私の手のひらくらいの大きさで小人さんみたいなの。火の精霊さんは赤とか色が決まっているみたいだけど、色以外は同じように見える。でも、ヒューの精霊さんは、ヒューの顔よりちょっと大きい。夜の星みたいにキラキラしてて、すっごい綺麗でカッコイイ! 強くて優しくて偉い人な感じ!」


 髪や目の色のせいで人前に出ないアレイシアが知る人間は少ない。小さな闇の精霊は、アレイシアの知るどんな人よりも気高く凛としていた。それなのに、ヒューやアレイシアを見守る目は、穏やかで温かい。

 アレイシアが今まで出会った精霊とは、一線を画している。


「昨日見たワイマールの風の精霊さんは、悪戯ばかりの悪い子だったよ? ヒューの精霊さんと全然違って、ビックリした」

「でも、闇の精霊だ! 『悪しき黒の魔女』に操られた悪属性の精霊だ!」


 険しい顔をしたヒューライルの苦しく悲しい声に、アレイシアは驚いた。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆


読んでいただき、ありがとうございました。

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