冷酷君主

夏 雪花

二人の夜

第1夜

雨が降っていた。

ヴェールのような霧雨の夜。傘をさした少女が一人、暗い路地裏を歩いていた。

アンティークドールのような少女だ。

肩上で切り揃えられた絹のような黒髪。肌は白磁のように白く滑らかで、海の底のような深い青色の瞳が猫のようにぼんやりと光っていた。

純白のワンピースがスラリとした体を包み、傘、手袋、コートに靴、黒一色で統一されたそれらが少女を冷えから守っていた。

シンプルに見えてコートには刺繍が施され、

血雫の色形をしたネックレスが煌めく。

白が天使のような微笑と、黒が隙のない雰囲気と、溶けあうように馴染んでいた。

大人っぽい印象と相反して、彼女はちょうど十五になったばかりの少女である。

今も、有り余る退屈を持て余して、雨中へと散歩に出たところだった。

さらさらと軽い音を立て、雨が傘の淵から落下していく。

少女はため息をついた。

「……つまらないなぁ、」

彼女が歩いているのは、お世辞にも治安が良いとは言えなかった地域だ。

第三次世界大戦によって、平和大国と言われた日本も荒れに荒れた。彼女の暮らす分割領第二区、旧千葉県も悪鬼マフィアの大巣窟と化してのだ。

三年前までは。

ぱしゃりと、ヒールが水たまりを叩いた。

砂利でざらついたコンクリはところどころ赤黒い錆が飛んでいる。

もうすぐ路地は突き当たり。行き止まりなのだが、少女は知らないのか、奥へ奥へと足を進めていく。

少女の背後には黒い影が迫っていた。

男たちが複数人。売り飛ばすには良いカモを見つけたと、つけてきていたのだ。

こつり。ぱしゃり。

低めのヒールが、音を立てる。

こつり。ぱしゃり。

___。___

「___レイ様。」

ふと、かすれた声が少女を呼んだ。

くるりと振り返ると、傘も差さずに霧雨にまみれ、一人の青年が立っていた。

少女を天使とするならば、青年は死神と例えるのが正しいだろう。

シャツまで黒で揃えたスリーピーススーツ。左手で輝く銀色の刀身。白髪は無造作に切ったのかところどころ長さが不揃いで、長めの前髪が右目を隠していた。

「セツト……傘はどうしたの?」

少女の問いに青年__セツトは目をぱちくりとした。それは自らの体が着々と冷えていく原因に、ようやく気づいたかのような顔だった。

「……じきに止むかと、思いまして。」

「うーん、清々しいまでの嘘だね。」

レイ様と呼ばれた少女は青年の方に歩み寄ると、レース飾りのついた傘を傾けた。

「しゃがんで?」

「お持ちしますよ。」

「ううん、いい。雨が上がるまでここで待ちましょ?」

セツトは静かに刀身を鞘に収めた。

少女は柔らかく微笑む。

「全員は殺してないんでしょ?」

二人のそばには低俗な破落戸ゴロツキ共が転がっていた。傘に手を添え、青年は首を傾げる。

「えぇ、……拷問なさるおあそびになるでしょう?」

ゆるりと笑むのは本当に天使か。

「うん、セツトはよくわかってるよ。」

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