第9話 毒をもって毒を毒する

 トキシーさんが言う。


「大体、おかしいっての」


 笑いながら、トキシーさんが言う。


「ピュリィ程のポーションの作り手を、一度の失敗で取引停止? 確かにそれは規約に則った扱いなんだろうけどさ、それでギルドの主力を担う高ランク冒険者達御用達のポーションがなくなるなんて、それこそ冒険者ギルド全体の損失じゃないか」

「何がおかしいか! 俺はギルドマスターだぞ? 最も規約を重んじなければならない立場なのだから、それに則って対処したまでの話だろうが!」


 ツバを飛ばして喚くグウェンさんを、でも、トキシーさんは一笑に付す。


「そういう建前が使える方法を選んだだけだろ、キミ。責任は全部ピュリィに押しつけて、自分達の名誉だけは守ろうってんだから、こすっからい男だよ。ピュリィがこの先、どれだけギルドに貢献するかなんて少し考えればわかるだろうに」

「いや~、こりゃ何とも杓子定規なコトでぇ~」


 トキシーさんに加えて、クレィブさんも一緒になって笑っている。

 グウェンさんは、拳を強く強く握りしめて、それでも堪えきれず体を震わす。


「ま、でも――」


 急に、トキシーさんのグウェンさんを見る目が冷める。急に。本当に急に。

 憤りに染まりかけていたグウェンさんも気圧されて、顔から怒りが抜け落ちる。


「キミの本音なんてのはね、おまけなんだよ、おまけ。これも一応は『見えない毒』の一端だからね、念のため摘出させてもらったけど、本番はここからさ」


 トキシーさんの笑みの質が変わる。

 それは魔女の笑み。今さっき見せたものをもう一度、彼女は私に感じさせる。


「ピュリィ」

「え、あ、私、ですか……?」


 一瞬、自分が呼ばれたことに気づけなかった。

 このときのトキシーさんの声は、それくらい透き通っていた。


「キミのかばんの中には、まだポーションが残っているよね?」

「はい、あります、けど……」


 私の収納かばんの中のポーション。

 本当は、今日、納品するはずだった、私が一生懸命作ったポーション。


「ここに出してくれないかな? そうだね、五、六本必要かな。その分の代金は、あとできっちりわたしの方から払わせていただくからさ。どうかな?」

「ここに、ですか……?」


 トキシーさんの意図するところがわからず、私はしばし逡巡する。

 それを感じとったのか、彼女は「ふぅ」と小さく息をつく。


「先に言っておくよ、ピュリィ」

「な、何ですか、トキシーさん……」


 急に改まった物言いをするトキシーさんの顔からは、笑みが消えている。

 笑みという名の無表情でもなく、本当の意味での無表情――、いや、真剣な顔。


 眼鏡の向こうの金色の瞳に見据えられて、私の心臓が軽く跳ねる。

 だが、そんなものは序の口だった。


「――――ッ」


 跳ねかけた心臓が、今度は止まりそうになった。

 私は、口をかすかに開けたままの状態で固まって、何も言えなくなってしまう。


「『見えない毒』を抜くために、それは必要なことだから。いいね?」


 形の上では問いかけ。確認。でもその実、それは宣言であり、宣告だった。

 私がどう返そうと、トキシーさんは止まらない。止める気など一かけらもない。

 それが、実感として伝わってきた。


「……わかりました」


 テーブルに置かれている二本に不良品を見据え、私は深くうなずいた。

 そうだ、このままではいられない。

 未だ、この場にはびこっている『見えない毒』を、私は絶対に許せない。


「ポーションを出します」

「ありがとう。やっぱりキミは、いい子だ」


 褒められてしまった。

 バッチリ笑顔で、褒められてしまった。


 嬉しくない。

 別に、そんな子供みたいな褒め方されても、嬉しくない。


 ……ごめんなさい、嘘です。ちょっとだけ嬉しい。


 自分の中にあるその感情を嘆息と共に認めつつ、私はポーションを出す。

 数は、求められた通りに六本。

 不良品の二本とは混じらないよう、テーブルの離れた場所にまとめて置いた。


「さぁ、ご覧よ。グウェン君。カーレン君。これが、キミ達が大変な興味を示されていた御所望の品だよ。……そうさ、つまり『動かぬ証拠』というヤツだ」


 わざわざ示すようにして両腕を大きく広げて、トキシーさんはそうのたまった。

 何とも得意げな感じで、さながら自慢げな様子で。


 しかし、そんなことをされてもグウェンさんとカーレンさんの反応は芳しくない。

 二人とも私が並べたポーションを前に、眉間にしわを寄せるだけ。


「おうおう、これこれ! こいつが買えなくなるのは、ちょっとなぁ~!」


 と、一人だけ、エストラさんが私のポーションを前にして盛り上がっている。

 だが、話を次の段階に進めたのも、エストラさんだった。


「しかしなぁ~」


 彼は私のポーションと二本の不良品を見比べて、あごに手を当てて唸る。


「どっちも見た目は同じだなぁ。匂いも味も効果も、全然違うのに」

「そりゃねぇ、基本的な材料はほぼ同一なんだから見た目は変わりゃしないさ」


 応じたのは、トキシーさん。

 私は、何も言わずに二人の会話を聞いている。クレィブさんも、同じく。


「キミに説明してわかるかどうかは疑問だけどね、エストラ君」

「何だと、トキシアナ! わかるぞ! ポーションはポーションだろうが!」

「材料の話をしているんだけどね、全く、エストラ君らしい」


 これについては、私もトキシーさんと同意見だった。


「そう、だがエストラ君の言うことにも一理あったりするから、奥が深い。そう、ポーションはポーション。錬金術士にとって基礎中の基礎とも呼べるそれは、レシピが確立されている。だから、材料さえ揃えば誰でも作れるものではあるんだよね」

「何言ってんだ、誰でも作れるなら誰が作っても同じだろ!」


 エストラさんがトキシーさんを馬鹿にしたようにして言う。この人、何かすごい。


「エストラ君は実にエストラ君だねぇ~!」


 トキシーさんも明らかに面白がっている。表面上は、だけど。


「しかしね、誰でも作れるということと誰が作っても同じということは、イコールでは結べないんだよ。そして、だからこそ錬金術師の腕前が試されるのさ」

「……うん? んんんん? んん?」


 エストラさんは腕を組み、考え込む。でも、全く理解できていない。


「ポーションのレシピは定められている。しかしね、その効用を上げるための一工夫を欠かさないのが錬金術師というヤツらなのさ。それは成分や配合比率の調整だったり、ちょっとした素材の追加だったりと、大した工夫ではないんだがね」

「ちょびっと変えただけで、そんなに変わるのか」

「何を言ってるんだい、実例が目の前にあるじゃないか」


 実例。

 それは六つ並べられた私のポーションと、離れた場所に置かれた二つの不良品。


「ポーションってヤツは、レシピに忠実に従えば誰でも同じようなモノを作ることはできる。でも、そこにわずかなりとも手を加えれば、途端に効果が変質する。だからこそ錬金術師の腕前を測る上でのものさしにもなりうるのさ」

「ほ、ほぉ~~~~ん……」


 説明を受けるエストラさんだけど、わかってない。あれはわかってない顔だ。

 一方、グウェンさんはトキシーさんの真意を測りかねているように見受けられる。


 カーレンさんは、最初と同じく無表情で無反応。

 さっきとは全く違っているその顔つきは、冷静さを取り戻しているように見える。


「ところでエストラ君、キミって確か、強化魔法だけは上手だったよね?」

「お? おおッ! 強化魔法といえば俺、俺といえば強化魔法だな!」


 その話は、私も知っている。

 エストラさんは、戦士でありながら強化魔法だけは誰よりも達者だ、と。


「例えば味覚だけの強化とか、いけたりするかい?」

「むぅ? 変なことをきくヤツだな……。できんことはないぞ、あんまりやらんが」


「ちょっと必要なんだ、やってくれないかい」

「ふむ、わか――」

「やめろ、エストラ。必要ない」


 うなずきかけるエストラさんだったけど、カーレンさんが止めに入る。


「こんな茶番に付き合ってどうする。いい加減に丸め込まれるのをやめろ」

「いや、俺はやるよ」


「エストラ!?」

「カーレン。ピュリファのポーションが惜しいのもあるが、トキシアナの言葉を忘れたか。不良品を俺達が作ったと言っているんだぞ。その濡れ衣は晴らすべきだろ」

「ぐ……、それは……」


 エストラさんの言い分は完全に正論で、カーレンさんも強く出られなかった。

 やっぱりエストラさんはただのおっきぃ男の子ではないのだと、私は思わされた。


「よし、いいぞ、トキシアナ。味覚を鋭敏化したぞ。それで俺は、何をすればいい」

「簡単さ、ピュリィのポーションを飲んでくれ」


「ん? そんなことでいいのか?」

「ああ。それでいい。それこそが今回の『毒抜き』のキモなんでね」


 トキシーさんが私を見る。

 でも、それに返せるものは何もない。私はすでに、全てを彼女に委ねたあとだ。


「む、わかった」


 疑問を感じたまま、エストラさんが私のポーションの封を開けて、一息に飲む。


「くぅ~! これこれ、この控えめな甘みに体力が戻る実感! いいねぇ!」


 一気に一本を空にして、エストラさんはそんな感想を寄越してくれる。嬉しい。


「そうだろそうだろ」


 と、トキシーさんも後方先輩面で腕を組んでうなずいている。

 だけど、エストラさんはそんな彼女を見て、キョトンとなっている。


「で、飲んだが?」

「あ、もう一本、飲んでくれないか?」


「もう一本だァ~? 別に俺は、そこまで疲れちゃいないぞぉ~?」

「何だい、濡れ衣を晴らすんじゃないのかい?」

「相変わらず生意気な女だな、おまえ。だからあんまり好きじゃないんだよ……」


 ブツクサ言いつつ、エストラさんはもう一本開けて、グイッと煽り飲み。


「……うん、美味い。美味いな。……で?」


 エストラさんは再びトキシーさんを見る。そして彼女は、ポーションを見る。


「じゃ、もう一本。お願いしようかな」

「ええええええええええええええええええええええええええええ~~~~!?」


「ぬ・れ・ぎ・ぬ♪」

「おまえ、嫌いだァ~~~~!」


 笑ってウィンクするトキシーさんに、エストラさんは嘆いて三本目を手に取る。

 そして、みたび一気飲み。エストラさんの顔に嫌気が差している。


「いくら美味くても、さすがに腹がチャポチャポなんだが……?」

「そろそろいいかな」


 トキシーさんも、四本目とまでは言い出さないようだった。


「それでエストラ君、今、キミには三本飲んでもらったワケだけど、どうだった?」

「……美味かった。でもちょっと苦しい」


 そう言って、エストラさんはおなかをさすっている。何か、ごめんなさい。


「ごめんごめん、聞き方が悪かったね。じゃあ、改めての質問だ」

「何だよ……?」


 そのとき、私は目を閉じた。

 次にトキシーさんが口にする質問こそ、私にとっての致死毒だと知っているから。


?」


 問われ、エストラさんはまたしても呆けたような顔をする。


「……何だよ、違いって?」

「何でもいいよ。味でもいい。舌触りでもいい。のど越しでも、風味でも、飲んだあとの回復効果の実感でも構わない。どんなに細かくてもいい、何かないかい?」


「何かって何だよ? ピュリファのポーションはどれもほとんど同じで、差なんて全然わからない程度の――、ん? ほとんど同じ? ほとんど? ほとんど……?」

「どうかしたのか、エストラ?」


 急に天井を見上げて首をかしげ始めたエストラさんに、カーレンさんが尋ねる。


「う~ん、いや。ほとんど、じゃないな。同じだ。全部同じ。全く同じだ!」


 エストラさんが、弾けるが如き勢いでトキシーさんを睨みつける。


「同じだぞ、オイ、トキシアナ! この三本、何の違いもないぞ! 全部同じだ!」

「そういうことさ」


 トキシーさんが、魔女の笑みをその顔に刻む。


「な、同じ? 全く同じ? そんなバカな……?」


 グウェンさんもエストラさんの言っていることに気づいたらしく、唖然となる。


「ああ、通常はあり得ないことだ。何故ならポーションは一工夫によって起きる変質の幅が大きい。いかに同じ術者が、同じ条件で、同じように作っても、そこには必ず多少のムラが出る。優れた錬金術師なら、そのムラを抑えることは可能だけどね」


 そう、凄腕の『薬師』なら『ほどんどムラのないポーション』を作成可能だ。


、『


 トキシーさんが、それを告げる。

 テーブルに置かれた、残り三本の『全くムラのないポーション』を見つめて。


 ああ、そうか。と、私は今さら納得する。

 東の森で、トキシーさんがポーションを二本飲んだのは、それを確認するためか。


「……じゃあ、このポーションを、ピュリファはどうやって作ったんだ?」


 エストラさんが提示する、当然の疑問。

 それに対して、トキシーさんはとんでもない切り口から解答を示す。


「――『魔王事変』」

「何……?」

「十年前の事件で『魔王』の烙印を押された錬金術師リンカーネスは、わずか半月で万を超えるゴーレムを揃えて『巨壁の兵団』を作った。それは知ってるね?」


 急に『魔王』の話を始めた彼女に、場の誰もが戸惑いを見せる。

 しかし、それに構わず、トキシーさんは話を進めた。全ての答えとなるその話を。


「もう一度言うよ、かの『魔王』リンカーネスはわずか半月で万を超えるゴーレムを揃えたんだよ。万を超えるを、ね……」

「同型、の……?」

「ちょっと待て、まさか……!」


 彼女の言わんとしているところを半ば察した全員の視線が、私へと集まる。

 最後の答えは、私が語るしかないようだった。


「……『固有召喚ユニ・サモン』です」


 そして、私はその名を口に出した。


「条件に合った素材を代償にして、定められた固有の何かを、全く同じ形で召喚することができる特殊な召喚魔法です。私は『自分が作った過去最高の出来のポーション』を、ポーションの原材料を代償として召喚することがコピー&ペーストできるんです」


 私は『魔王』リンカーネスと同じ『固有召喚士ユニ・サモナー』。

 この能力を使うことで、私は『全くムラのないポーション』を作り出せるのだ。


 誰にも明かしたくなかった、これが私の自信の根拠。

 絶対に不良品なんか出るはずのない、私の無実を証明する最高の『解毒剤猛毒』。


「つまり、ピュリィは『全くムラのないポーション』しか作れないってことさ」


 トキシーさんが、テーブルに手を伸ばし不良品のポーションの片方を持ち上げる。


「それじゃあ、これを作ったのは、一体誰なんだろうねぇ?」


 固まるカーレンさんにそれを問うトキシーさんの笑顔は、間違いなく邪悪だった。

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