第5話 涙のメギドダケBBQ大会

 十年前。私達の世界は塗り替わった。

 当時、大陸西側は五つの国が互いに反目し合って、戦争勃発寸前の状態だった。


 でもそこで、一人の偉大なる錬金術師が立ち上がった。

 その名はリンカーネス。

 彼は『賢者』、『大錬金術師』、『奥義を得し者』など数多の異名で呼ばれた。


 そこかしこで小さな戦いが起きる中、リンカーネスは独自の軍勢を築いた。

 それが、彼以外に人間が属さない、無数のゴーレムで構成された『巨壁の兵団』。

 リンカーネスは、この命なき軍勢をわずか半月程度で準備したとされる。


 人々は彼に希望を見出した。

 戦争が起きても、リンカーネスが自分達を守ってくれる。と。

 あの『巨壁の兵団』は文字通り、民を守る壁となってくれる。と。


 だけど――、そんなことはなかった。


 戦争が勃発するよりも先に始まったのは、『巨壁の兵団』による虐殺だった。

 百を超え、千を超え、万にも至る同型のゴーレムによって、それは行なわれた。


 わずか一週間にして五つの国のうち最も大きな国が滅ぼされた。

 次の一週間で、二番目に大きな国が滅ぼされた。


 残る三国は対立している場合ではないことを痛感し、互いに協力して対抗した。

 そして、そこからさらに一週間に渡る激しい戦闘の末、リンカーネスは討たれた。


 彼は何を目的としていたのか。

 どうして『巨壁の兵団』は無差別虐殺に走ったのか。


 全て不明のまま、残ったのは『錬金術師が二つの国を滅ぼした』という事実だけ。

 そしてリンカーネスは全ての称号を剥奪されて『魔王』の烙印を押された。


 一事が万事とみなされるように、一人の行ないが万人に影響することだってある。

 リンカーネスがしたことは、まさにそれだった。


 それまで、錬金術師は社会発展の旗手にして、人々の羨望の的だった。

 けれど、わずか三週間で排斥されるべき危険な存在という認識に塗り替えられた。

 たった一人の錬金術師の行ないによって。


 こうして錬金術師は、社会的立場を失うこととなった。

 これが、今なお私達錬金術師を苛み続ける『魔王事変』の概要だ。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 トキシーさんが言った。


「甚だ迷惑な話さ」


 どこかバカにするような言い方で続け、彼女は無毒化したメギドダケを串に刺す。

 焚火の近くに置かれたメギドダケは高熱に焼かれてジュウと音を立てた。


「頭のおかしい錬金術師が派手にやらかしたところで、それはそいつが原因であって、錬金術師という職業には何の関係もないこと。なんだけどねぇ」

「そう、ですよね……。私もそう思います」


 すっかり勢いをなくした私は、トキシーさんに同意して、小さく首肯する。


「だけど、世の人々は錬金術師わたし達を許してくれないワケさ。あいつらは危ないから近づくな。遠ざけろ。気味が悪いから排除しろ。という具合にね」

「…………」


 肩をすくめるトキシーさんに、私はうなずくこともできずに固まってしまう。

 この街に来るまでの思い出が私の中にありありと蘇ってくる。


 故郷の村を出てアーネチカに流れ着くまで、私は四つの街や村を通ってきた。

 どこも、同じだった。


 宿では泊まることを迷惑がられ、追加料金を請求された。

 大人達は私を見て何かを囁き合い、揃って白い目を向けてきた。


 子供から石を投げられたことは一度や二度ではない。

 三つ目の村では犬をけしかけられて、あやうく噛み殺されるところだった。


「この十年で、何人の錬金術師がその道を閉ざされたかわかりゃしない。キミ、知ってるかい? 魔王リンカーネスが死んでから一、二年の間は『錬金術師狩り』なんてモノが横行してたんだよ。それに比べれば、今は多少はマシにはなっているけどね」

「……『錬金術師狩り』」


 その言葉のおぞましさに、私は小さく肩を震わせ、両腕で自分を抱きしめた。


「わ、私の村は――」

「おや、何だい?」

「私の村は、みんな優しかったです。大陸の端っこの、小さな農村でしたけど」


 故郷について話すと、トキシーさんは「へぇ!」と興味深そうに瞳を輝かせた。


「そんな場所もあるんだね。……そうか、『魔王事変』の影響を受けなかった村なんだね、多分。この大陸西側じゃ、とても珍しいことだ。どんな村なんだい?」

「……もう、ありません」


「何だって?」

「近くのダンジョンで大量発生したモンスターの群れに襲われて、滅びました」


 一年前の話だ。


「あぁ……」


 私の言葉に、トキシーさんは何から抜けるような気を出して、私から目を逸らす。


「それは、申し訳ない。デリカシーのないことを言ってしまったね」

「いえ、いいんです。最初に話題に出したのは私ですし……」


 笑って返しはするものの、やはりどうしても気持ちは沈む。

 錬金術の先生だったお父さんも、親しかった村の人達も、もう、みんないない。


「そのメギドダケ、もう焼けてるよ」

「……はい」


 私は言われるがまま焼けたメギドダケの串を受け取り、それを思いきりかじった。

 熱かったけど、それよりも凝縮されたメギドダケの旨味がやっぱり強烈だ。


「ま、これからアーネチカでやっていけばいいじゃないか」


 言って、トキシーさんも私の隣に座って、メギドダケをかじる。


「キミ、薬草を採取してるってことはポーション作ってるんだろ? つまり冒険者ギルドに卸してるワケだ。今はギルドしか錬金術師のポーションは扱ってないからね。すごいじゃないか。その若さで大したものだと、わたしも感心するけどね」


 トキシーさんは、急に私を褒めてくれた。

 それは慰めか励ましだったのだろう。でも、私は心臓を抉られた思いだった。


 ああ、そうだ。そうだった。

 彼女の大発見に興奮して、いっとき麻痺していた。でも、そうだった。


 ――私、ポーション作れなくなっちゃったんだ。


「ピュリィ……?」


 トキシーさんが私を呼ぶ。

 でも、それに私はすぐに応えることができない。


 美味しいメギドダケをかじりながら、私の視界は歪みに歪んでいた。

 溢れる涙が、頬を次から次に伝っていく。


「何で……ッ」


 頭の中に、グウェンさんから言われたことが蘇ってくる。


『非常に残念だよ、ピュリファ。君には大きな期待をかけていたんだがね』


 彼は、そう言って私を咎めるような目で見ていた。


『自分の作った品に自信を持つのはいい。しかし、それで現実は覆らないぞ』


 彼は、そう言って私の主張をバッサリと切って捨てた。


『君のポーションの特徴は、全ての品の質が均一であることだ。これは、売る側としても非常に好ましい利点ではある。……あった。過去の話となってしまったがね』


 彼は、そう言って私のプライドを踏みつけた。


『では、この話は終わりだ』


 彼は、そう言って私の道を壁で塞いだ。


 冒険者ギルドの品質基準は厳格だ。

 一度その基準から漏れた錬金術師の品は、二度と扱ってはくれない。


 だから私はもう、アーネチカの街ではポーションを売ることができない。

 じゃあ、どうすればいいんだろう。これから、どうすればいいというのだろうか。


 アーネチカの街は、故郷の村以外で唯一私が落ち着くことのできた場所だ。

 ここでもダメだったら、もう、どこに行けばいいかもわからない。


「私、錬金術師以外の生き方なんて知らないよ……!」


 泣き声混じりに呻いて、私はその場に崩れる。

 どうして、何でこんなことに……。


 私は、自分の作った品で村の人達を喜ばせるのが好きだった。

 自分の力で誰かを笑顔にできるのが、とても嬉しいことだって知っていた。


 だから、村の外でもそうしたかったのに。

 私の作る薬で、誰かを助けてあげたかった。……それだけなのに!


「頑張ったのになぁ、私、すごい、頑張ったのに……! 何で、どうして……!」


 もう、止められなかった。

 すすり泣きは嗚咽へと変わって、ほどなく号泣へといたった。


 悔しかった。

 悔しかった。

 ただただ悔しくて、無念で、でもどうしようもなくて、無力感にまた泣けた。


「ピュリィ。何があったんだい?」


 そんな私を、トキシーさんが横から覗き込んでくる。


「ほら、これでも食べて落ち着きなよ」


 彼女は自分のメギドダケを差し出して、その綺麗な顔を私にグッと近づけてくる。


「わたしでよければ話を聞くよ。まずは泣きやんでくれないか?」

「トキシーさぁん……!」


 メギドダケを受け取って、私は反射的に彼女に抱きついてしまう。


「トキシーさん、私、私ィ……ッ! ぅぅ、あああああああああああああ……!」

「よしよし、大丈夫さ。わたしがここにいるからね」


 そして、泣き続ける私の背中を、彼女は優しい手つきで撫でてくれた。

 トキシーさんからは、甘い蜜のような匂いがした。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ものすごい、恥ずかしい。


「――と、いうワケなんです」


 私は俯いたまま、今日あった出来事をトキシーさんに説明した。

 それはいいんだけど、ああ、恥ずかしい。

 私ったら、十五を越えた大人なのに、子供みたいに泣きじゃくってしまった。


 トキシーさんの顔を見ることができない。

 どうしよう、彼女から子供みたいに思われたら、どうしよう。私、大人なのに!


 ……もう遅い。なんてことはないと思いたい。


「なるほど、不良品が混じっていた、ねぇ」

「そんなことありません! そんなこと、あるはずがないんです!」


 低く呟く彼女に、私はつい、勢い込んで叫んでいた。

 すると、トキシーさんの金色の瞳が、眼鏡越しに私のことをジロリと見つめる。


「どうして、断言できるんだい?」

「え……」

「何重にチェックを繰り返しても、人は失敗をするものさ。ヒューマンエラーは必ず起きる。チェックしてるのが君だけであれば、当然、怪しくも思えてくるよ」


 トキシーさんの声は甘く、けれどもその指摘は鋭く、厳しかった。

 だけどこれだけは、私も退けないのだ。


「それでも絶対に、不良品の混入なんて起きるはずがないんです」

「そう断言できるだけの根拠があるのかい?」

「……それは」


 ある。

 と、そこで私は言うことができなかった。


「…………」


 トキシーさんが、ジッと私を見据えている。

 その圧力に、私は背筋を冷たくする。しかし、次の瞬間――、


「くぅ……ッ!」


 いきなりトキシーさんが呻いて、おなかに両手を当てて地面に伏してしまう。

 私は驚いて、手にしていたメギドダケの串を落としてしまった。


「ト、トキシーさん!?」

「苦しい、お、おなかが、急に……!」


 おなかが!?

 ど、どうしたんだろう。……まさか、メギドダケ? 無毒化しきれてなかった!?


「どうすれば……、って、そうだ、ポーション!」


 私の収納かばんの中に、納品できなかったポーションが入ったままだ。

 それに気づいた私は、慌ててポーションを一つ、取り出した。


「トキシーさん、大丈夫ですか! こ、これ、飲めますか!?」


 私はトキシーさんを抱え起こすと、手にしたポーションのふたを開けて差し出す。

 すると、彼女は弱々しい手つきでそれを受け取り、口へと運んだ。


「…………ん、んぅ――」


 飲んでいる最中、漏れる吐息が艶めかしい。


「どうですか? 大丈夫ですか? ……気分はどうです?」


 トキシーさんが意識を失わないよう、私は必死になって呼びかける。

 このとき、私はとにかく彼女が心配だった。何とか助けたいと思っていた。


 焦る私のことを、トキシーさんがうっすら開いた瞳で見てくる。

 彼女の震える指先が、何かを示そうとした。


「トキシーさん、どうしたんです? トキシーさん!?」

「もう、一本……」

「ポーションですか? わかりました、待っててください。すぐに出します!」


 トキシーさんの要求に従って、私はポーションを追加で出して彼女に飲ませる。

 その細い首がコクンと動くのを見て、彼女が飲み下したのを確認する。


「どうですか、これで――」

「うん、美味しいねぇ、これ! 効き目もバッチリじゃないか、これはいいな!」


 え。


「ははぁん、なるほどね。疲れているときでも飲めるように果実の甘みで味付けを施してあるんだね。爽やかな飲み味に、風味も悪くない。薬臭さが皆無じゃないか!」


 あの。


「うんうん、のど越しも悪くないし、何よりこいつは効くねぇ! 体力回復にとどまらず、疲労の回復効果もあるし、負傷の治癒促進に加えて解毒効果もあると来た!」

「…………はぁ、どうも」


 トキシーさんは突然立ち上がって、私のポーションのレビューを始めた。

 それを、私は呆然と見ることしかできない。


「で、これはいくらで提供してたんだい、ピュリィ」

「えっと……」


 全く意識が追いつかない状態で、私はその問いに素直に答えてしまう。

 そうすると、何か拍手喝采された。


「おおおおお、何とお安い! これはもはや革命だよ、ピュリィ! 喜ぶといい、キミのポーションはそこら辺の凡百のポーションなんて相手にならない出来だ!」

「…………ありがとう、ございます?」


 え、喜んでいいのかな、これ……?

 いや、それよりも――、


「あの、トキシーさん?」

「何だい?」


「おなか……」

「ああ、あれは嘘だよ」

「嘘ォ!?」


 あっさりと白状するトキシーさんに、私は目を丸くする。

 そんな私に、彼女はニッコリと笑ってみせる。


「キミ、本当に善良だね。わたしのこと本気で心底から心配してくれたろ?」

「あ、当たり前じゃないですか!」

「クックックック、そこで当たり前って言えちゃうのが、もうね」


 憤る私を、トキシーさんがおかしそうに笑う。

 それにまた羞恥心を煽られて、私は腹の底から絶叫した。


「もぉ、何なんですか! 私をからかって何がしたいんですかッ!」

「何がしたいって? もちろん、確認さ。ああ、なるほどね。なるほど、なるほど」


 トキシーさんは緩く腕を組んで、何事かを納得したようにうなずく。

 そのとき、彼女は軽く舌先を出して、上唇を舐めた。


 その仕草を見て、私は率直にいって、ゾッとした。

 畏怖を抱くほどの刹那の美がそこにあり、でもその美しさは、肉食獣の美しさだ。

 一切の無駄を排し、どこまでも研ぎ澄まされた、獲物を狙う獣のしなやかな美。


「行こうか、ピュリィ」


 トキシーさんは立ち上がって、木桶の中の水を焚火にバシャっとかける。

 私は理解できず、彼女を見上げて、尋ねた。


「どこに、ですか……?」

「決まってるだろう、冒険者ギルドさ。キミの無念を晴らしに行こう」

「え――」


 驚く私をよそにトキシーさんはある一方に顔を向ける。

 私の記憶が正しければ、それはアーネチカの街がある方向だ。


「全く、グウェン君も毎度ながら思慮が足りないというか、何というか――」


 街の代表者であるグウェンさんをそんな風に嘲笑いながら、彼女は最後に呟いた。


「こいつは何とも、御気の毒様で」


 その声は、やっぱり、甘ったるかった。

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