VR世界



 コリンとシルビアは、遂に中原ちゅうげんへ到着した。


 都市の周囲は灌漑が進み、広大な緑に覆われた森林と農地となっている。周辺の町では、地上部分も豪華で美しい。


 北方の西欧よりも、温暖で暮らしやすい地域なのだろう。


 平原の中に、レンガ造りのハイウェイのような高い城壁が街を完全に囲み、その周囲には水路が巡らされている。


 西欧の街もそうだったが、この程度の堀や城壁で、一体何から街を守っているのだろうか。


 懐古趣味なのか観光目的なのか、それとも単にデザイン上の好みなのか。厳しい砂漠の町で育った二人には、まるで理解が追いつかない。


 日程を調節したおかげで、ほぼ同じ時間に城塞都市中央の王宮前広場に、六人が揃った。



 ここも西欧の都市と同様に王宮と呼ばれるが、元々王様がいた場所ではない。ただオールドアースのアジア地域に伝わる伝統的な建築物に似せて、王宮と呼ばれているに過ぎない。


 王宮は石の台座に乗った巨大な木造建築風の建物で、西欧の石造りの古城とは対照的な佇まいだ。


 煉瓦と木材、漆喰で壁を組み、巨大な瓦屋根を乗せた三層の建築物だ。恐らく現代の人工建材を使っているのだろうが、外から見る限りは原始的な素材を使った建物そのままだった。


 もっとも、ほぼ石と木材で造られていた西欧の城塞に比べると、使われている材料の種類については手が込んでいる。


 城塞としての機能は周囲の巨大な城壁とやぐらや塔に任せて、中央には他の都市のように武骨な城ではなく、東洋風の宮殿として美を追求している。その辺りの思想は、北原ほくげんに似ているらしい。


 本来は内側にもう一重の堀と壁に囲まれていたようだが、今は城内を巡る川沿いの緑地となり、水辺の遊歩道が整備されている。



 早速六人揃って宿泊できるホテルを探しに、ツーリストインフォメーションにアクセスした。


 西欧では、地上の建物内に人間のオペレーターのいる窓口があった。ここでは建物内の一画で、VR空間内の窓口に繋がるようになっていた。



 ただし、AIではなく本物の人間のオペレーターが案内をしてくれたので、コリンはホッとした。


 エランドではAR表示だったが、オペレーターが必要な場合には人間が主流だった。内向的な田舎者は、変にサービス精神が旺盛で無駄に明るいAIが、人間以上に苦手だった。


「コリン、無理しなくてもいいぜ。あとはオレに任せとけ」


 そう言うケンは黒髪の案内嬢と夢中で話しているうちに、シルビアに後頭部をしきりと叩かれている。


 しかしケンは少しも意に介さず、変わらぬ爽やかな笑顔で話を続けていた。


「……VRっていいね。全然痛くない」

 ケンが振り向いてそう言った瞬間にシルビアの姿が消え、ケンの悲鳴が聞こえた。


「どうせ向こうもアバターなんだから、変な期待をしないの!」

 リアルな空間から、打撃音とシルビアの声が遠く聞こえた。



 何はともあれ、ホテルの予約と公式の観光情報を入手し、VRエリアから離れた。


 カフェを見つけてそこでじっくり相談すべく、建物の外へ出て歩き始める。


「私だって黒髪なのだ……」

 コリンがエレーナの消え入りそうな声を聞いて振り向くと、こっそり洗浄魔法で髪を洗って整えている最中であった。


「こら、魔法禁止!」

 コリンがこっそり近寄りエレーナの耳元で囁くと、せっかく整えた髪を逆立て、飛び上がって驚いていた。


「ひえっ!」


「コリン、歩くの遅いよ!」

 振り返ったニアが大股で近寄り、強引にコリンの手を引いて先に行った。


「うう、それはないのだ!」

 エレーナも慌てて後を追う。


 今日は町の中心を観光しながら、ケンの監視ポッドを設置して回ることにした。



 夜には、中原都市のローカルネットにアクセスしてみる。


 相変わらず、ネットの奥深くには、より凄まじい超兵器や理論不明の高等技術が溢れている。


 これらが実在するのなら、MT技術に匹敵する素晴らしい成果だ。


 実用まではもう一歩とか、実戦投入直前とか、試験運用を開始したとか、その手の記述は多数に上るが、根拠の乏しい極秘情報扱いだ。


「もしかしたらこれは、最初から全部ニセ科学?」

 シルビアが気付く。


 惑星上のネットワークに広がる緩いVR世界でも、多くの実験動画や論文が残されているが、それを現実世界で正式採用されたというニュースは極めて少ない。


 全てが嘘ではないところが騙される所以で、実際には九割以上がインチキ論文らしいと分かった。



「でもその、VR空間自体が、疑問なのよね」


 この惑星共通プラットフォームの電脳世界では、それらの仮説が驚くほど正確に証明されてしまう。


「でもこのVR空間自体のパラメーターが、微妙に現実とかけ離れているんじゃないかなぁ」


 その事実を、シルビアが突き止めた。


「つまりここは、とんでも科学が可能となる特殊環境を再現した、VR世界なのよ。そこで行われているのは、ほぼ仮想世界だけでの出来事になるわね」


「まさか……」


「あの膨大な裏社会の出来事が、全て仮想空間内だけの妄言だと?」



 さて、この第四惑星は、完全にオールドアースの環境と同じではない。この星の住民はメタ・アースと呼ぶが、それは本来第三惑星の呼称であった。それに対し、独立を賭けて戦った第二惑星は、新金星ネオヴィーナスを名乗っていた。


 その流れでいけば、この第四惑星は新火星ネオマーズ、もしくはネオ・メタ・アースとも呼ぶべき存在である。


 オールドアースや第三惑星と大きく違うのは、大気の組成や重力だ。


 そしてVR世界でのパラメーターはオールドアースを準拠しており、現実の第四惑星とは違う。それ以外の細かなパラメーターも微妙な調整が加えられていて、独特の世界観を構成していた。


 それは、何か意図的に変えられているに違いない。



 しかしその仮想世界の先に何があるのか、コリンたちには全く理解できない。


 その微妙にパラメーターの違う馴染みのない仮想世界というのが、不思議極まりない電脳世界の脅威である。


 しかもここでは原始的なVRシステム内に没入するため、肉体を現実世界から切り離して仮想世界で動かす技術が進んでいる。


 あの救命キットのゼリー状の物質も、その一つだ。


 特殊な薬剤を加えたゼリーに全身を覆われた人体がスキャンされ、肉体が入出力する電気信号や脳内化学物質を制御することで、脳に電極を刺したりする乱暴な電子機器の補助なしで、完全なVR世界へ入ることが可能になるらしい。


 これは、銀河ネットでは教会が厳重に禁じている技術の集大成であろう。


 魔法との相性の問題から、MT崩壊以前から人類が固く禁じて来た技術だ。



 しかし彼ら六人には、この世界でのその技術の存在意義が、さっぱり理解できない。


「しかもその技術の多くは惑星政府の最高機密で、一部は医療やVR空間へのアクセスにも開放されているけど、フルバージョンの利用は極めて限られた者にしか与えられていないようね」


 シルビアが気付けなかった理由の一つは、そう言った特殊技術に関する情報だけは厳重に規制され、一般には全く認知されていないことによる。


 更にその貴重な情報は、多くの陰謀論やとんでも技術の海の中に、巧妙に埋没されていた。



「当然、真面目な技術開発用のVR空間もあるんだろ?」


「何故かそちらの方面には力を入れていない形跡があるの」


「どうしてだ?」


「VR空間は単なる民衆のガス抜きに用意されているのか、それともこの世界の人間は誰もが突飛な空想好きなのかな?」


「科学的な電脳空間の利用にはAIが使われて、仮想空間に人間が直接アクセスする必要はないみたいね」


「まあ、それもそうか」


「ではあの巨大なVR空間は笑えないブラックジョークのためだけに造られていると?」


「わからないわ。単なる息抜きか現実逃避なのかも」

 シルビアにも、まだこの惑星の謎は多く、全体像は見渡せない。


 決して技術レベルが高いとは言えないこの惑星で、ケンやアイオスの力を借りても尚、それが簡単に見つけ出せないことに焦りを覚え始めている。


 得体の知れない何かグロテスクな怪物が闇に隠れているような、肌が粟立つような不安が止まらない。


 今後の中原での調査で、その不安が払拭できることに期待するしかなかった。



 終


  

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