楽園



 西欧からの移動には、地上を走るハイウェイを使う。


 自動運転のトレーラーキャビンをレンタルすれば、動くホテルで快適な移動が可能だ。

 そこは、コリンも一緒に旅する相手を見て考えた。


 シルビアは地下トンネルで簡単に移動をしたがっていたが、それでは面白くないし、重要な情報を見逃す恐れもある。



 せっかくの機会なので、地上をゆっくりと移動すれば、もっと様々なものに出会えるだろう。それに、地上であれば探査ユニットを設置できる環境も無数にある。


 途中にはキャビンを停めて滞在可能なパーキング施設が幾つもあり、街の中でも自然の中でも、好きな場所を選んで、快適に宿泊できた。


 例によって、観光地には古戦場が多い。


 有名な戦闘の爪痕やら、廃墟となった街の跡やらがあちこちに残っているが、どれも相当に古いものばかりだった。



 南へ移動するに従い、乾燥した景色にも緑が増えて、地質や環境の変化が大きく、面白い。


 寒冷な気候の西欧では特に、この夏の季節、人々は好んで外へ出る。農業にとっても、重要な季節だ。その分、冬の間は、地下へ引き込むことが多くなる。


 大陸中央へ近付くに従い、夏はより暑くなる。


 途中の街では、観光客を楽しませる様々な仕掛けが用意されている。


 人工の川で釣りをして自分で釣った魚を食べられたり、その日に自分が使うナイフやフォークなどのカトラリーを、好きな素材でデザインして出力できたりと、楽しみは尽きない。


「だけどこれ、普通の観光地巡りじゃないの?」

 シルビアは、不満そうにコリンを見る。


「あ、やっぱりこういうのはケンと一緒が良かった?」

「そういう意味じゃない!」


 何しろ毎晩のようにコリンとニアの転移で船に戻り、全員で夕飯かデザートを食べながら、情報交換をしているのだから。


 残る四人のチームは、別ルートで同じように中原へ向けて移動している。


 最初のうちは念のためコリンが全員を転移させていたが、第二惑星での宙域警戒が緩いことを確認した後に、オンタリオは更にこの第四惑星へ接近した。おかげで、今はニアでも船と地上の転移が可能となり、二組は自由に往復している。



 首都の街から他の首都への距離は、およそ三千キロある。ブラックライナーと呼ばれる深度地下を走る高速列車を使えば、半日で移動が可能だった。


 それが、地上のハイウェイを移動するとなると、頑張ってもせいぜい一日に五百から千キロ程度しか進めない。途中で観光しながら遊んでいれば更に到着は遅くなり、一日に進める距離も、その半分程度となる。


 自動運転なので夜間も移動すれば時間は稼げるだろうが、それでは地下を走るのと同じだ。


 行く先々の街や観光地で地元の人々や旅行客と触れ合ううちに、二人はこの惑星にも慣れてきた。



 コリンたちが道中で目にする古戦場の多くは、少なくとも五百年以上も昔のものばかりだ。


 それはこの世界の住人にとっても歴史上の事件であり、ある種の昔話や物語上の現実感のない出来事である。


 コリンが西欧の都市で見たもっと新しい戦いの爪痕や、市街戦の痕跡。そういった生々しいものは見当たらず、観光客には緊張感も悲壮感もない。


 不思議なのは、航空機を目にすることが少ないことだった。



 それには幾つかの理由があるようで、この惑星の大気圧の低さと気流の不安定さが大きく関係しているらしい。


 もう一つは、その五百年前までの戦乱の時代に、大小の兵器が空を覆う大規模な戦争があったことだろうか。


 以来第二、第三惑星の悲劇を繰り返さぬために、大規模な航空規制が敷かれ、空中を移動することに大きな制限が課せられている。


 表向きには、乱気流による航空機事故の多発が招いた規制、ということになっているようだが。



 毎夜オンタリオに集まり顔を合わせるのが日課の旅だが、夕食は地上から持ち込んだ素材を使ったり、別々に地元の名物料理を楽しんだりとしているうちに、旅はいよいよのんびりと進む。


 同じ方向へ旅する他の旅行者たちと、同じ観光地で繰り返し顔を合わせるうちに、仲間意識が芽生える。


 自然と、次はどこで何をしたいといった情報交換をするうちに、見事に旅にハマった。



 北方の寒村出身で都会へ向かう世間知らずの田舎者には、誰もが優しかった。


 彼らの出身地は、実際に数十年前まで存在した西欧と北原の国境にある山村ということになっている。


 行政的にどちらの国からも忘れ去られ、ネットワークから切り離され廃村になっていたはずの村に、最近まで彼らは暮らしていた。


 シルビアが複数のローカルニュースのアーカイブに侵入して、それらしき痕跡を残してある。



 そうして旅を続けていると、このまま大陸中を回ってみたい欲求にかられる。


 しかし、二人きりで旅するコリンとシルビアは、過去になく急速に接近している。ニアとエレーナの焦燥は募り、それがいい意味でケンも意識するようになれば、シルビアの思惑通りなのだが……


「もう。あの男は、本気でバカなの?」

「うん、知ってる」


 コリンはシルビアを刺激しないように、努めて軽く言った。

 こうなった時のシルビアの扱いにも、慣れてきた。


「少しでも、ニアやエレーナの気持ちを理解していないのかしら?」


「いや、それはわかっているでしょ。でもほら、ケンはシルに対する絶大な信頼感というか、揺るがぬ絆というか……」


 コリンの歯切れの悪い言葉は、シルビアの心の奥には当然、届かない。


「もう、そんなことは忘れて、旅を楽しむ方がいいわね」

「うん、その通り」


 実際、ケンは毎夜船の工房で、何やら作業に夢中になっているらしい。



 同じ観光地やパーキングで、何度も顔を合わせた老夫婦がいる。


 西欧の都市から西にある村で長い間農業を営んできた。今では娘夫婦に仕事を任せて、こうして二人で旅をしている。


 世話好きの二人はコリンとシルビアだけでなく、誰彼と声を掛けては一緒にホロピクチャーを撮ったり、乾いた空気に喉を傷めないようにと、自分の農場で作っている喉飴を配ったりと忙しい。


「これさえ舐めてりゃ風邪で喉を傷めることなんてねえから。俺たちも、うちの子供らも、みんなこれで育ったのさ」


 農場の特産である多肉植物を原料にした飴は、多少刺激が強いが口に放り込めば確かに喉がすっとする。



 ある天気の良い晩に、コリンは車外に調理器具を並べて、同じパーキングで休む人々に夕飯を振舞った。


 水の露出が少ないこの惑星では、砂漠の惑星エランドと同様、太陽が沈むと急速に気温が下がる。


 コリンは大型の調理用コンロを外に出し、地元の食材に少しだけヴォルトの高級な肉やワインを加えて、バーベキューや煮込み料理などを造った。


 事前にシルビアが周囲の移動キャビンを回って声を掛けて誘ったおかげで、大盛況となった。


 皆が持ち込んだ見慣れぬ郷土料理なども交えて、大いに食べて、飲んだ。


「こんなことは、エランドじゃ絶対にできなかったわね」

 シルビアが、情報の収集も忘れて楽しんでいる。


「ヴィクトリアの旅も、酷い物だったよ」

「そうよね。ああ、ここは楽園だわ」


 砂塵も水蒸気も少ない、澄み切った薄い大気のお陰で夜空はとても美しい。



 旅先で出会う人々は、簡単に個人の事情へ踏み込もうとしない。


 おかげでコリンとシルビアは、多くを語らず人々の話に耳を傾けている。


 ここ最近の話題や過去の歴史はニュースサイトで頭に詰め込んでいるが、いよいよとなればコリンがアイオスに頼むかシルビアがその場で検索する。


 既にこの場にいる人々の情報は、ある程度調査済みだ。


 やはり地上をのんびり旅する若者は少なく、老人か何かの仕事のついでか、ただの物好きか、というところだった。


 コリンたちはレンタルの小型キャビンで移動していたが、自家用の大型に乗る者も多い。


 その一人が、ライオネル家の老夫婦だった。経営していたビアホールを息子夫婦に任せて、夫婦でのんびりと旅を続けている。


 大きなキャビンには、店で出しているビールや食材が山のように積まれている。


 その夜も重いビア樽を運び出し、定番のベーコンやソーセージにチーズ、ポテトなどの食材を大量に提供してくれた。


「コリン、君の料理は素晴らしいね。旅が終わったら、うちの店で働かないか? 良かったら、一度見に来てくれ。招待するよ」


 ライオネル氏にスカウトされるが、彼の店は西欧と北原の中間の街にある。


 中原に向かって這うように移動している身としては、気軽に行かれる距離ではない。

「そんなことはないさ。中原に着いてからブラックライナーで戻れば、半日で店に戻れる」


 例の地下トンネルの高速列車の事だ。その前に、中原にいつ到着するのやら、だが。



 ライオネル氏のビールは軽めのラガーで、濃厚な料理によく合った。


「コリン、間違っても対抗してエールを出そうとか思わないでよね!」

 見るからに落ち着きを失くしているコリンの脇腹を肘で突きながら、シルビアが牽制した。


「い、いや、そんなことしないよ。ラガーも旨いし……」


「どうだか。いつも冷静に見えるコリンだけど、本質はニアと同じね。第二惑星の爆発だって、あんたもやったんでしょ?」


「それは、安全を確認してからネ……」

「結局、ニアが極端だから、コリンが目立たないだけなのよねぇ……」

 シルビアは皮肉な笑いを浮かべる。


「シルは、ケンにもこうしてネチネチと嫌味を言うの?」

 コリンの反撃に、シルビアは言葉を失う。


「向こうのグループも、ハルカみたいな可愛くて愛想の良い女の子と出会っているかもねぇ……」


「ううっ! それは……」


 コリンの浮かべる薄笑いにシルビアの笑顔は消え、思わず天を仰ぐ。


 澄んだ夜空には、美しすぎる天の川が流れていた。



 終


  

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