▽残り五日と四日の狭間――白狐の夢――

 気が付くと、自分の部屋にいた。慥か、もうここにはいない筈じゃなかったのだろうか。

 部屋を出る。どうやら、二回には誰もいないようだ。

 一階に降りて、ホールの扉を開く。中にはおじいちゃん、おばあちゃん、父、母、姉、そして何故か思い出したくもない元カレがいる。

 誰も私に話しかけようとしない。まるで、私が見えていないかのように。いや、実際見えていないのだろうか。それもあり得る。多分、元カレがいると云うことはこれは夢な訳であって、夢なら私が透明人間であっても何ら問題はない。

 ひとまず、姉の隣に座った。

 私を入れた合計七人で、テーブルを囲んでいる。別に食事を取る訳でもなく、ただただテーブルの中心に視点を会わせていた。

 私もテー物の中心を見るが、そこには何もない。

――何を見ているんだ?

 しばらくすると、目が慣れた――夢だろうから、明確な理由は分からない――のか、中央にある物が見えてきた。

――あ……!

 背筋が凍り付いた。

――あの写真だ!

 そう、それは夜トのお母さんが私の父、おじいちゃんに犯されている写真だった。ご丁寧に何十枚もある。

 私が顔を上げると、皆の視線が私を突き刺した。全員が私を見ている。訳が分からなかった。私が今何か悪いことをしたのだろうか?

 すると、その時父が口を開いた。

「お前は、この写真の女の子供と一緒に生きるのか?」

 口を動かそうと思ったが、動かない。仕方なく心の中で云う。

「もちろん」

「お前、自分が云っていることを分かっているのか? この小僧にされたようなことをされるかも知れないんだぞ?」

 父はそう云って元カレを指さした。どうやら心の中で思えば伝わるらしい。

 元カレは無反応で私を見つめている。

「夜トは、こんな奴とは違う。それに、夜トにされるんだったら別にいい。嫌じゃない」

「何を云ってるんだ? 馬鹿なのか?」

「黙れ屑ども」

「親に何て口を――」

「親? 借金の代わりに体を請求する屑を誰が親だと思うか馬鹿。お前、いやお前らのせいで家庭が一個崩壊してんだよ、分かってんのか?」

「親に対する言葉遣いを――」

「だから、親じゃない。親とは呼ばない。普通の知人でもない。お前らはただの屑だ。いなくなった方がいい」

「お前をそんな風に育てた覚えは――」

「なくたって、現に私はこう育ったんだ」

「……なんと云うことだ」

「ショック? そんなことはどうでもいい。てか、このことお母さんは知ってたの?」

 母は全く動かないで私を見つめている。人形のようだ。

「妻は関係な――」

「五月蠅い、お前には聞いてない。お母さん、どうなの? このことは知ってたの?」

 母は口をきけないかのように、全く喋らない。いや、もしかしたら本当に喋れないのかも知れない。夢の中だから、どんなにむちゃくちゃなことでも起こりうる。

「いい加減に――」

「じゃああんたに聞く。お母さんは知ってたのか?」

 父は一瞬躊躇ったように身を引き、今度は前屈みになって話した。「知っている筈がないだろう」

「もしお母さんが知っててお母さんが認めてたならよかったけど、お母さんが知らないなら……はぁ、本当にあんたは救いようがない屑だ」

「さっきから屑、屑と――」

「あ? 屑以外何かいい言葉あるか? 借金の代わりに体を請求する人間を屑以外何て云う? ゴミか?」

 テーブルをバンッと叩いて父が立ち上がり、叫んだ。「いい加減にしろ!」

「何を?」

「親と子供の関係を忘れるな!」

「は? 親と子供の関係? そんなもんとっくの昔になくなってるわ。私はあんたのことを親だと思ってない。いい加減に覚えろ」

「……何と云う言葉遣いだ。仮にも女だろ」

「はぁ分かりました。あなた様は救いようのないお屑様でございますね」

「親を――」

「ですから! 私はあなた様を親だと思っておりません。私の前ではご自分のことを親と申されないでください」

 面倒になってきたので、目を瞑った。夢の中ならワープしたいと思えばワープできるだろう。目を瞑ったまま、ワープと唱える。

 目を開けると、果たせるかな、場所が変わっていた。家の中らしいが、私の家ではない。普通の家庭の人が暮らしていそうな、つまりどこにでもありそうな家だった。だが、見覚えがない家だ。

 見覚えがないと云うことは、夢の中で自分が勝手に作り上げてしまった家なのだろうか。では、何でこの家を作り出したのか?

 家の中を歩き回る。いろんな部屋があり、階段があり……。

 そこで、奥の部屋に明かりが付いていることが分かった。ドアの隙間から明かりが漏れていたためだ。

 ドアに近寄り、ゆっくりと音を立てないように開ける。

 中には、見覚えのある部屋、見覚えのある光景があった。

 そこには、あの写真と全く同じ光景があった。そして、夜トの母を犯しているのはおじいちゃんではなく父だった。

 ショック――いや恐怖で体が動かなかった。今すぐにでも父に体当たりをしてその行為をやめさせたかったが、体が全く動かない。

 父が動きを止め、夜トの母から離れた。夜トの母の性器から白い液体がこぼれ落ちる。もしや、これで夜トが出来たのか?

 目を瞑って首を振る。これは夢だ。現実とは違う。現実がどうであったにしろ、これは夢なんだ、と自分に云い聞かせる。だが、実際は分かっていた。おそらく、現実はこの夢とそう変わらない。

 目を開けると、再び場所が変わっていた。私の部屋だった。私はベッドに押し倒されている。

 そして、目の前にはあいつ、元カレがいる。

 もしや、と思うのと同時に元カレの手が私の服の中に入ってきた。あの時と同じように、お腹を触った後に下着に手をかけて……。

 私はあいつにビンタを――?

 今、私の手にはベッドの端に置いてあった花瓶がある。そして、容赦なくそれを有紀の顔に打ち付けた――。

――ビンタじゃ……なかった……?

 今思えば私のビンタが強くたって、有紀が油断してたからと云ってそんなことで有紀が倒れる筈がない。何か、他の理由が

(花瓶……)

 あったに違いない。この夢を完全に信じるのか? いや、これは

         (花瓶……)

 あくまで夢なんだ。現実ではない。いや、本当にそうだろうか。夢は

                  (花瓶……)

 記憶に強く残っている物がよく出てくると云う。つまり私は

                           (花瓶……)     ビンタしたと思っていただけで、実際は有紀を花瓶で殴ったのか?

 では、花瓶で殴られた有紀はどうなった? あの後、私は学校で有紀を見ていてない。と云うより、あれ以来一度も有紀を見ていない。が、有紀が引っ越したという話は聞いたことがない。学校でも、下駄箱の有紀のシールは貼られたままだった。

 では有紀はどうなったんだ? 私は花瓶で有紀を

(コロシタ?)

 殴った。そして、私は外出禁止になった。私の外出禁止が解かれて

        (コロシタ?)

 学校に行ったら有紀はいなかった。有紀は私たちの前から

                 (コロシタ?)

 姿を消した。何で私は外出禁止になり、有紀は姿を消したの

                          (コロシタ?)     だろうか。もしや……私が有紀を――ああ、そうだ。すっかり忘れていた。

 あの日、私は花瓶で有紀を殴って部屋を飛び出した。そして、廊下にいた父に泣きついた。

「お父さんっ……! あいつに胸を触られた……」

 しかし、父は私の手を掴んだ。

「お前……何をしたんだ?」

 そこで初めて自分の手が血で汚れていることに気が付いた。そして、手に付いている血がもの凄く毛皮らしい物に見え、吐いた。

 そんな私を置いて父は私の部屋に入っていき、出てくると私を思いっきりひっぱたいた。

「お前! 何てことをしてくれたんだ!」

 慥か、この頃はもう既に父に反抗していた。だから、父は私を慰めたりせずにひっぱたいたんだと思う。

 そして父は、私を守るためでなく自分の地位を守るために有紀の死体を隠したんだ。

 ははは、私は殺人犯だったのか。ならば、父を屑だとせめることは出来ない。私も同類だ。自分も、人を殺して屑の父に死体を隠させた屑だ。

 ははは、何という家庭だ。

――夜ト、私は殺人犯だったよ。

 夢の中で夜トに云ってみる。当然夢の中に夜トはいない。

 気が付けば目の前は真っ暗になっていた。自分の部屋も、有紀もいない。ただただ暗闇だった。

 誰かが肩を揺さぶっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る