火の大地 王都セイクリア

思い入れってのは年数で決まるもんだ

 リュカが勇者に向けて頑張る中、俺の方は特に何も進展がないまま月日だけが過ぎていた。およそ、十年ぐらい。


 もうさ、俺もこの世界では立派な大人扱いだぞ。いつになったら、リュカは勇者としてこの村を旅立つんだよ。


 だが、女神イリステラのお言葉はこうだ。


『もう少し待ってちょうだい。しかるべき時が来たら必ずわかるようにするわ』


 しかるべき時を待ってはや十年やぞ。勇者の幼馴染として信頼を築く期間だとしても長すぎる。


 俺はなんもしとらんのにリュカは俺に対して好感度高いし。男の好感度を稼いでも仕方がねえんだよ。


 あんまりにも娯楽のないこのド田舎の村で、する事がねえ俺はついに本を読み始めちまった。


 ちょっと、この世界の事を知ろうと思ってな。で、知った事はこんな感じだ。


 この異世界イリステラは四つの大地に分かれており、それぞれ火の大地、土の大地、水の大地、風の大地という名前がついているらしい。


 本にそう書いてあった情報そのままだ。


 俺がいるこの村は火の大地の端っこにあるみたい。本で見ても明らかに田舎です。


 それでだが、暇しかないこんな村で俺が毎日のように何をしているかというとお昼寝だ。


 今日も民家の屋根の上で寝そべって昼寝をしている。


「アリマの奴またさぼりおって。今日という今日は許さんぞ!!」


 下では、俺の育て親であるこの村の村長のムラナガが俺を探しているようだ。


 これいつもの光景だからさ。俺は気にせず昼寝に戻る。すると誰かが屋根の上に登ってくる音が聞こえた。


 しかし、俺は誰が上がってきているのか想像するのが簡単なので音のする方を見ない。


「アリマ、ここにいると思ったよ。ムラナガさんが探してたよ」


 俺の想像通りの人物であった。俺のこの世界の幼馴染にして未来の勇者のリュカ。


 度重なるトレーニングによってこの村一番の実力の持ち主に変貌してしまった。今でも俺の言う事を信じて、自分が勇者になるその日まで特訓を欠かさない。


 俺がリュカの方に顔を向けると温和そうな笑みを浮かべた金髪のイケメンが立っている。


 背だけは成長しなかったようで低くショタに近いが、顔は間違えなくイケメンの素質がある。


 ただ一つ嫌な事を上げるのであれば。


「どうして、美少女じゃないんだ!!」


 俺は悔しそうに声を上げた。勇者と言えば男のイメージが強い。だが、ここは美少女にして欲しかった。これは子供の時から何度も思っていた事だ。


 せめて、美少女勇者であれば俺が育成ゲーム的な感覚で楽しめたのにな。


 俺も異世界で美少女とイチャイチャを夢見ていなかったわけではない。だが、この村にはリュカと俺以外の同年代は男ばかりだ。


 今の所、このイケメンと二人でいるのがほとんどなので夢は消滅したと言ってもいいだろう。


「うん、ごめんね」


「お前が悪いわけじゃない。てか、いつも謝るなって言ってるだろ。勇者たるもの堂々としていろって」


 俺がリュカと最初に出会った時の内気でなよなよした感じは奇麗に消え去って、さわやかイケメンに成長している。


 いつだったけな。俺を慕うようになって、それから別人のようになったんだよな。十年も経つと昔の事なんて記憶から抜けていっちまうよ。


 ボケる前に旅に出させてくれよ女神様。


 まあ、とりあえず俺の勇者教育が成功していると思っておけばいいか。毎日のようにお前は勇者になると念じ続けて正解だったってわけだ。


 村の人達は俺が世迷言を言ってるって扱いだけどな。


 何でもいいんだが、リュカには勇者になってもらって早急に魔王を倒してもらいたい。


 女神イリステラに俺の願いを叶えてもらって、異世界で楽に暮らしていきたいからな。


「うん、そうだね」


「あっ、そうだリュカ。今日も勇者の教訓を教えてやるよ」


「えっ、本当!!」


 俺は立ち上がって民家の屋根から降りる。


 この勇者の教訓というのは、俺が前世で知っているゲームの勇者の知識をリュカに教えると言った内容である。


 毎日欠かさず一つ伝授している。教える事が少なくなってきて困っているのは内緒だ。


 しかし、リュカが勇者の教訓を毎日楽しみにしているので、俺も嬉しくなって教えてしまっている。


 俺とリュカは民家に侵入する。そして、俺はおもむろに中を物色する。当然だが、ここは俺の家でも何でもない。


「えっ、アリマは何をしているの?」


「いいか、リュカ。勇者はな、民家から勝手に物を拝借してもいいんだ」


「それって犯罪なんじゃ」


「犯罪ではありません。勇者は世界を救うために頑張るので、民家の物ぐらい借りていっても仕方がない事なのです。これで世界が救われるなら、みんな喜んで差し出すべきだと俺は思うよ」


「そうかな、そうかも」


 俺も怖い事があるのだが、リュカは割と俺の言う事なら何でも聞いてくれる。


 俺が言っている事は何でも信じる。本当にいつからこんな風になってしまったのだろうか。


 そんな事を思っていると後ろから怒号が聞こえてきた。俺の頭に衝撃が走る。


「いってーーーーーーーーーー!!」


「そんなわけないだろ馬鹿もんが!!」


 後ろには、俺の育ての親である怒り顔のジジイが立っていた。


 すぐさま逃げようとする俺はジジイに捕まってしまい、引きずられながら我が家へと帰還するのであった。


「お前は毎日毎日よくもまあ変な事ができるな。リュカ、お前もこんな馬鹿と付き合う必要なないぞ」


 そして、いつもの流れで説教を受けていた。当然、俺はジジイの話など右から左へと流れていく。


 つまり、聞いていない。


「おい、リュカ行こうぜ。ジジイの話なんてどうでもいいしさ」


「こらっ、アリマ。おじいちゃんと呼べといつも言っておるだろうが」


 嫌だよこの年にもなって、おじいちゃんなんて呼ぶのさ。


 昔はおじいちゃんと呼べとうるさかったから呼んでやっていたけど、そろそろ勘弁してほしい。


「本当にお前さんはリュカを少しは見習ったらどうなんじゃ。今日だってお前さんの仕事をリュカがやってくれたんだぞ」


「リュカ、サンキューな!!」


「ううん、僕がしたくてしてるからいいんだよ。それに修業にもなるからね」


 本当にリュカはいい奴である。なんでこんなに俺に尽くしてくれるのか俺が知りたいぐらいだ。


 リュカは小さい頃は体も弱かったんだけどな。今じゃ、見る影もなさそうだ。十年で力関係は完全に逆転しているね。


 リュカが一生懸命に修行している姿を見ていた。俺の目から見てもちょっとやりすぎなんじゃってくらいに努力していたからな。


 そんなリュカの横で何もせずに寝そべっていたら、そら負けますよ。何にもしてませんからね。


 お前も努力しろって話なんだが、突然だがここで俺の嫌いな言葉ベスト一、二を言います。一に努力、二に頑張るって言葉なんだよ。


 そういうこと。


「リュカはアリマに優しすぎるのじゃ。なんでこんな奴をリュカがしたっとるのか未だにわからんぞい」


「俺もわからん」


「あはは、こう見えてもアリマは優しくて勇気がある事知ってますから」


「ほほほ、ないない」


 ふざけんな育て親。息子のいい所ぐらいあるやろがい。


 俺のいい所はな。俺はこれ以上は悲しくなりそうなので、考えるのを辞めるのであった。


 いつもならこの辺で話が終わるのだが、外からこの家に向けて誰かが入ってくる音がした。


 どうしたんだ一体。やけに急いでいるじゃねえか。


「村長大変です!! この村に王都セイクリアからの使者が来ています!!」


「なんと、すぐに向かう。して、なんとおっしゃられていた」


「それが、リュカを勇者として王都セイクリアに招待したいと」


 そこにいる全員が俺の顔を見た。


 まあ、そりゃそうだろう。俺が毎日のようにリュカは勇者になると小さな頃から言い続けていたからな。


 リュカだけは俺を見てにっこりとしていた。


 その後、王都セイクリアの使者の話を聞いた所。女神イリステラの信託でリュカが勇者になる事が決まったらしい事がわかった。


 なるほど、こういう流れね。完全に理解したぜ。すぐにでも出発したいとの事であったのだが、俺は大変なミスにここで気が付いてしまった。


 俺は勇者を補佐する役目のはずなのだが、どうやってここから勇者についていけばいいんだ。


「アリマ。僕はこれから王都に行かなくちゃならないんだけど、アリマもついて来てきれるよね」


「あ、当たり前だろ。俺がいないとリュカは駄目だもんな」


「うん!!」


 リュカが俺にナイスパスをくれた。リュカに俺はもう必要ないのは分かっているのだが、俺はリュカが魔王を倒す所を見届ける義務がある。


 願いを叶えこの異世界で楽に暮らす為にな。


 王都セイクリアの兵士は俺を変な目で見ていたが、なりふり構ってなどいられん。とにかく、勇者の近くに行かなければ。


「おい、ジジイ」


「なんじゃ。ふんっ!! ようやく、ただ飯食らいがいなくなってせいせいするわい」


「今まで育ててくれてありがとうな!!」


「急にいい事言ううでないわ!! 泣けてしまうじゃろて」


 一応、育てて貰った恩があるので感謝の言葉を伝えておこうと思って言ったのだが泣かれてしまった。


 ジジイの涙なんて嬉しくもなんともない。俺は村長のジジイに次に帰って来た時には、お土産を持ってくる事を約束した。


 そして、リュカと二人馬車に揺られながら王都セイクリアを目指す。


「王都ってどんなとこなんだろう。楽しみだねアリマ」


「ようやくって感じだな」


「ん、何が?」


「気にすんな。こっちの話」


 リュカはよくわかっていない様子だ。


 だが、俺は喜びに満ちていた。苦節十数年。あの何もない村に拘束されて、ようやく話が進むと思う喜ばしい限りである。


 だが、不思議と離れたくない気持ちもあった。あんな何もねえ村でも愛着がわいたのだろうか。


 俺とリュカを乗せた馬車は王都セイクリアへと着々と進んで行くのだった。

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