縛天少女の運命〜嫌いな世界の壊し方〜

蝶咲瑠南

プロローグ

自縄自縛の少女

 無彩色の部屋で母が死んだ。

 もう四年も前の話だけれど、私にとっての第二の誕生日は忘れるわけにはいかない。

「我が家は多くの人の命によって生かされている」

 父の言葉は至言だった。私に向けられた言葉は、十歳に言うものではなく父の余裕のなさを感じさせるものだったが、母が生きていたときに言われたとしても受け入れられただろう。

 そして、その精神性こそが同年代との軋轢を生んだ。

 父はこれまでも私に尽くしてくれていた女性を正式に私の御側付にし、小さな会社の経営を私に任せた。

 結果として、会社はそこそこの規模に成長し、私は一つの使命を自覚した。

 どうすれば使命を果たせるのか。理想に近づくことができるのか。

 言葉にしてしまえば道筋を見通せるけれども、他者が介在する以上は永遠に枝分かれする。

 くわえて、同級生と話が合わなくなった時期から続く息苦しさが思考を途切れさせる。

 意識しなければどうということもない症状であり、また体に悪いところは見つからないが、ふとしたときに作業を中断してしまうのは問題だった。

 ため息を一つ。水を一杯。それでどうにか気分を紛らわせる。

 作業を続け、きりがよいタイミングで止める。

 十四歳の小娘にしたがってくれている社員や御側付がいる環境に感謝しかないが、上を見てしまえばきりがなく、余計なストレスになっているのかもしれない。

 リラックスタイムへの切り替えがしっかりできるように、仕事終わりにはシャワーと入浴を行う。

 鏡に映る私は、腰まである長く黒い髪と覚えのない刺青に覆われていた。

 刻まれた刺青は、蔦が白い肌を左右対称に伝い、私を絞め殺すように感じる意匠だった。

 できる限り目に入らないように、シャワーを済ませて入浴へ移る。

 広い浴槽のはしで足を抱えこんで、防水タイプのタブレット端末で猫や犬の動画を眺める。自分の心臓の音とお湯の温かさに落ち着き、動物の予想できない動きに愛おしさを感じてようやく仕事のことを忘れられる。

 本当はこのまま浴槽の中で眠ってしまいたいが、体調管理をしなければならないと理性が蝕むので、適当なところで浴室を出た。

 人前に出るために、スキンケアもヘアケアも行い、ようやく冷たいベッドに入る。

 布団カバーと自分の体をこすりあわせて、かすかな暖を得て眠りについた。

 最後に思ったことは、誰かに温められたい、という思いだった。

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