今こそ立ち上がれ、運命の戦士よ

 ゲッコーの家から飛び出した俺に、砂埃が続く。日はすっかり沈んでいたが、街中の灯りが暗闇を感じさせなかった。以前騒ぎは収まっていない。音を頼りに街道を駆ける。

 角を右に曲がったところで俺は叫んだ。

「てめえら何やってんだぁー!!」

「あん?」

 そこには確かに三人組の男がいたのだが、その姿は想像を超えていた。

 一人は細身の男。身長は俺と同じくらいだが、目つきは鋭く、体格の割に威圧感があった。

 問題は他の二人だ。

 二メートルを超えるであろう身長。その巨体を筋肉の鎧で覆っている。肩まで伸びた髪の毛が奇怪さを増している。

 もう一人は長髪の男に比べると少し低い身長だが、それでも二メートル近いのは確実だ。少々太っていたが、脂肪の下に凄まじい筋肉が潜んでいるのがわかる。短く刈り込んだ髪の毛と太い首。ラガーマンのような迫力だ。

「なんだ?見ない顔だな、よそ者か?」

 小柄な男が俺の顔を睨めつけ聞いてくる。

「そ、そうだ。今日やってきたんだ」

「そうかそうか。おいイシュー、この街のルールを教えてやれよ」

 長髪の男がにたりと口が裂けたように広がり笑い見下ろしてくる。

「まかしときなバラン。こんなチビ一発で倒せる」

 やっべえ。こいつの腕俺の足くらいあるぞ。

「い、いやその、殴り合いで解決とかじゃなくてだな……」

 勝手に足が後ろずさってしまう。そんなのはお構いなしにイシューという男はどんどん近づいてくる。

「なんだ?今更ビビったのか?門番さんを呼んだらきっと助けてくれるぜ」

 あいつに助けを乞うのはなんだか絶対に嫌だ。

「まあ俺のパンチより早く駆けつけてきたらの話だがな!」

 その拳の衝撃は自動車の衝突を思わせた。きっちりガードを固めておいたにもかかわらずそのまま後ろに吹っ飛ばされてしまう。

「うおわぁっ!」

 勢いのまま後転してしまう。これが全力でないってのか⁉︎

「ちょ、ちょっと待て……」

 立ち上がる前にまた目の前にイシューの大木のような足が立ち塞がる。

「待てだと?俺に命令するとはいい度胸だ。今度は海まで蹴飛ばしてやる」

 足の一本が振り上げられる。と、その向こうに。

 笑いながら仲間の様子を眺める二人。その陰に泣いている子供と、それを必死に抱きしめる母親の姿があった。

 さっき襲われていた店の親子だろうか。

 この街は常にこうなのか。

 こいつらのせいで。

 頭の中に冷たい風が一筋吹き抜けた。

「許せん!」

 振り子のように飛んでくる足の脛目掛けて、思い切り拳を突き出した。

「うぐあっ!」

 肩が外れそうな衝撃。座り込んでいた俺の体は地面に叩きつけられる。それでも油断していたのだろう、イシューは脛を抱えて跳ねていた。

「へへへ、ざまあみろ」

 足を腕で支えて立ち上がる。右肩に痛みが走った。

「ぐうう……てめえやりやがったな……大人しく蹴飛ばされて気絶してれば楽に終わったのにもう頭に来たぞ……」

 ふざけた頑丈さだが負けるわけにはいかない。あの親子を前に逃げ出せるもんか。

「セカン!こいつを持ってろ!」

 イシューがシャツとジャケットを脱ぎ、太った男に投げわたす。露わになった上半身は凄まじい筋肉に覆われていた。

「てめえはもうぶち殺してやるからな……」

「かかってこいよバカヤロー。俺は門番と違って強えぞ」

 グローブを嵌めてイシューと向き直る。イシューの顔は怒りで紅潮している。

「褒めてやるぜ。逃げ出しちまいたいだろうに」

「なんだよ。ビビらせてばかりで実戦は初めてなのか?」

「確かめさせてやるよ」

 もう後には引けない。こうなったら死んでも戦ってやる。脛狙いだ。脛一本で行こう。

「何やってる!」

 声に振り返るとゲッコーが立っていた。その後ろにはセリアとサンポー、それからおそらくメーツという少女の姿があった。

「門番さんがお出ましだぜ」

 ゲッコーはこちらに駆け寄り、俺を押し退けてイシューの前に立つ。

「やめてくれ。俺が代わりになる」

「はあ⁉︎」

 何を言い出すんだこいつ。いま良いとこだろうが。

「ちっ、興醒めだぜ。今日は店だけじゃなくこのチビの分もやるぞ」

「チッ……余計なことしやがって」

 なんだ?何の話をしてる?

 気づくと残りの二人もやってきてゲッコーを囲む。そしていきなりゲッコーを殴りつけ始めた。

 殴る。蹴る。ガードはしているが激しいダメージだろう。

「ほらほら、どうした?ガードばかりじゃ勝てねえぞ?」

 セカンが笑いながら挑発する。しかしゲッコーは殴り返さない。

「ほらここだ、打ってこいよ」

 バランも顔を突き出し、頬を叩いてみせる。それでもゲッコーは殴り返さない。

「何やってんだおい!諦めてんじゃねえよ!」

 叫ぶ俺の腕を誰かが引く。

「ち、違うんです。ゲッコーさんはああやって殴られることで街にこれ以上手を出させないようにしてるんです……」

 サンポーがそばに来ていた。セリアはメーツの目を覆っていた。

「そんなめちゃくちゃなことあるかよ!死ぬぞあいつ!」

「仕方ないんです……勝てないならこうやって守るしか……」

「くそっ……!!」

 笑いながらリンチを続ける三人。ゲッコーはすでに意識が切れかけている。

「イシュー、今日は激しいな」

「当たり前だ。ムカつくチビどもだぜ全く」

 イシューがゲッコーの髪を掴んで立ち上がらせる。バランが後ろ手に組みゲッコーの前に顔を突き出す。

「全く無様だな、ゲッコー。一発も殴り返せないとはよ。ほら、今チャンスだぜ」

 しかしゲッコーの腕は上がらない。せいぜいが睨み返す程度だ。額が割れて血が流れている。

 これが覚悟なのか?こんなものが守るってことか?戦うってことなのか?

 違う、と俺は思った。


 だから突き出されたバランの顔面を思い切りぶん殴ってやった。

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