16、3ヶ月後に捕虜になる守備隊長と仮面の公爵
教会に出かける朝。
小鳥の愛らしいさえずりが爽やかに響いている。
そして、小鳥に負けじと爽やかに響くのがランヴェール公爵の惚気であった。
「紹介しましょう。私の妻です。妻は
ディリートの肩を抱き語るランヴェール公爵の顔は、謎の仮面に覆われていた。どういった心境の変化かはわからないが、ここ数日ランヴェール公爵は仮面を愛用している。それも日替わりでネコ仮面だったりタヌキ仮面だったりするのだ。
「お任せください、お迎えした初日から奥方がずっと他の男にばかり夢中で自分には目を向けないので公爵閣下が涙目、という楽しい噂を
応じるのは、第一皇子派のレイクランド卿。ディリートだけが知っている――この男は、実はイゼキウスの部下である。
「ところでその仮面はいかがなされましたかな、閣下の魅力の7割は外見で2割は家柄なのですから、仮面をつけては振り向いてもらえるものも振り向いてもらえないのではありませんかな! あと、教会は動けないので、呼ぶのは無理ではございませんかな、閣下は常識がないですな! なにより、妻という単語を連発しすぎでちょっとウザイですぞ! 浮かれておいでなのですかな!」
レイクランド卿は、声が大きい。
屋敷中の者に聞こえるような声で、ハキハキと無遠慮に言葉を続ける。
(とても失礼なことを言われているような……)
ディリートが恐々と見守っていると、ランヴェール公爵は気にする様子もなく無表情に声を返した。
「仮面は妻の趣味です」
「!?」
ランヴェール公爵の返答にディリートは耳を疑った。
心当たりはない。
しかし、この「事実ですが?」という堂々とした夫の顔といったら。
「はははっ、奥方の惚気しか口になさいませんな、公爵閣下。爆発していただきたい」
にこやかに物騒なコメントを返すレイクランド卿は、エミュール皇子のお気に入りの人物だ。
地方の小領主の
エミュール皇子陣営にとって重要な人物なのだが、とても残念なことに、イゼキウスの部下だ。
「爆発とはなんです? そなたは今、私に燃やしてほしいと依頼したのですか?」
「いやいや、我輩は公爵閣下に爆発してほしいと申したのであって、我輩を爆発させろとは申しておらぬ」
(この二人、仲が悪いのかしら。そして、なぜ仮面が私の趣味ということになっているのかしら)
ディリートはハラハラと見守った。
ちなみに北方に何があるかというと、ナバーラという国がある。
ナバーラ国は、元々が帝国のナバーラ伯爵という伯爵が治めていた土地だった。それが、何代か前に皇位継承争いで負けた皇族が逃げ込んで「本当はボクが正統な後継者なんだけどなぁ。負けちゃったなぁ。でも正統な後継者であるボクはこっちで自分の国持つもん! いつか偽者の後継者が治める南の故国を取り戻すぞぉ」と言い出し、独立宣言をして国を名乗った。
すると帝国側は「何言ってるんだ負け犬め、そこはうちの領土だ、逃げ込んだ先で勝手に国を名乗るな! 独立なんて許してないぞ」と言って兵士を派遣して押し合いへし合い……、何代にも渡り、のんびりと揉め続けているのである。
ディリートの記憶によると、レイクランド卿は3か月後、コスレチャウの戦いという戦いで敗北し、ナバーラ国の
そして、ナバーラ国の南方戦線総指揮官であるエディワールという王太子――通称『
『帝国よ。お前のとこの守備隊長を預かったぞ。返してほしければ金を寄こすように。金を寄こさなかったらあんなことやこんなことをする』
『レイクランド卿は我が国の大切な人材だ。身代金を払おう』
エミュール皇子は資金繰りをして身代金を払い、レイクランド卿を取り戻した。
だが、国に戻ったレイクランド卿は「殿下! 感謝いたしますぞ! よ~し、次は勝利してエミュール殿下にご恩を返すぞい!」と再び戦いに繰り出して、また捕虜になる……わざとである。イゼキウスが命じたのである。
レイクランド卿は「我輩を舐めるな! 我輩の身代金はもっと高くしろ!」と言って自分の身代金を吊り上げた。
その上で、『敬愛するエミュール殿下っ♡ 我輩、おうちに帰りたいっ♡ たすけてくだされ♡』と手紙でエミュール皇子におねだりしたのである。
『レイクランド卿、何やってるんだよ……仕方ないなぁ……帰っておいで』
エミュール皇子は再び身代金を払ってあげて、レイクランド卿を解放する。
すると、またレイクランド卿は「殿下、感謝(略)次は(略)」と戦地に戻り、やっぱり捕虜になるのだ。
それが実に7回繰り返されて、エミュール皇子陣営は資金を延々とナバーラ国に奪われ、「エミュール殿下は、臣下を見る目がない」とか「レイクランド卿を戦場に出すな」とか「金を敵国に流し続けていて、利敵行為では」「そのホイホイ浪費している金はどこから出ていると思っているのですか」と評価も下がりまくり、最後はエミュール皇子が病に倒れてグダグダの末に敗れたのだった。
そんな問題児すぎるレイクランド卿が「そういえば噂を聞いたのですが、大変らしいですなあ!」とランヴェール公爵の相談に乗り、味方面をして護衛を引き受けている。イゼキウスの策略なのは間違いなかった。
「私の妻をレイクランド卿が護衛してくださるなら、私は安心して送り出せますね。よいですか、くれぐれも忘れてはなりません。私の妻ですからね。わかりますね」
「はっはっはっ、あまり安心しているように見えません! そして、その他人任せで自分では動かない姿勢、我輩の大嫌いな高位貴族の代表といった感じでさすがでございますな! あと『私の妻』アピールが激しすぎませんかな! ちょっと格好悪いですぞ!」
「もちろんあとで自分でも参りますよ。少し支度に時間が必要なだけです。ところで、私が私の妻を私の妻だとアピールするとなぜ格好悪いのです?」
不毛なやりとりがひとしきり続いたあと、ディリートはレイクランド卿と彼の率いる兵に守られて教会におもむき、懐かしき父カッセル伯やフレイヤ、イゼキウスと再会したのだった。
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