第12話

 翌日はまた、ギデオンを鍛えるべくホールでステッキを手にする。


 ラジーヴのしごきが体に染みついているせいか、ギデオンの基礎はしっかりしているし勘もいい。ただ、弱点がないわけではなかった。


 ギデオンは、私の隙を突くようにステッキを繰り出す。でもそれは、誘い出すための隙だ。握っていたステッキを回転させて持ち替え、持ち手にギデオンのステッキを引っ掛ける。引っ張り上げて攻撃を逃れたあと体を落とし、持ち手部分で腹を突く。揺らいだ足を払って腰を上げれば、転がるギデオンのできあがりだ。


「いけると思った時ほど油断しないで。その油断をわざと引き出す方法があるんだから」

 一息ついて、服の乱れを整える。流行りのワンピースは丈が短くて動きやすいが、優雅に戦うには気を使う。膝を立てるような動きでは「見えてしまう」から、常に膝を下げるか落とすように意識しなければならない。


「どうしても、一瞬気が抜けるんだよな」

 ギデオンは体を起こして上着を脱ぎ、額の汗を拭った。

「あと、まだ弱点のカバーを忘れてる。背が低い相手なら、余計気をつけないと」

 一フィート違えば、同じステッキ術でも戦い方は違ってくる。


「私とはこの辺にして、サイ、相手をして。似たような身長同士でした方がいいわ」

 ディーンが死んでイアン達との真っ向勝負が迫ってきた今、必要なのは実戦を想定した訓練だ。サイは準備していたステッキを手に、起き上がったギデオンと向き合う。


「準備ができたら、いつでも始めてください」

 スーツを乱れなく着こなし姿勢よく待つサイが、声を掛ける。ギデオンはネクタイを直すと、肩で大きく息をした。こん、とステッキの先で床を突くとすぐに打って出る。


 ステッキのぶつかり合う音を聞きながら、自分と戦っている時には見えなかった動きの粗を確かめる。サイが圧倒的に強いのは今更だが、フレデリックはギデオンより力が強い。もしステッキ術で優雅に戦うのなら、力で押し切ろうとする無粋なやり口の隙を突くしかない。


「サイ、技じゃなく力で押し切ろうとする戦い方にしてちょうだい。フレデリックは、そうするだろうから」

「承知いたしました」


 サイは了承し、即座に戦い方を変える。ステッキではなく自分の力に頼る方法は見ていて美しいものではないが、致し方ない。


「もうちょっと、力で畳み掛ける馬鹿の振りをして。まだ賢すぎるわ」

「Fが聞いたら喜ぶよ」


 振り下ろされた重いステッキを顔面ぎりぎりで受け止めながら、ギデオンが言う。

「そこで仰け反らないで腰を落とすの! 重心を落とせば安定するでしょ。あと、罵らないように気をつけてね。挑発にも乗らないで」

 指示を出して、腕組みをする。


 条件を聞いた時から気になっていたが、二人きりで戦うのなら、それが優雅で洗練されているかを確かめる方法はどうするのか。ラジーヴを立会人にすれば知られてしまうし、自己申告で済むなら条件が緩くなる。考えられるのは、自己申告なしでも確かめられる方法があるから、だが。


 それとなく、ホールの四隅に配置されたオートマタを確かめる。テレビの収録のように、オートマタの見ているものが録画されているのかもしれない。あの頭の中でそんなことが可能なのかはともかく、技術自体は珍しくないものだ。


 もう一つ気になっていることはあるが、こちらは勘のようなものだから確信はない。口にすれば混乱を生む疑いだ。


「攻撃を避ける時は、体を引いただけで終わらせないで! 引いたら次を打ってくるんだから、隙ができるでしょ。馬鹿が腕力だけで押し切ろうとするところに、足を使うの。自分にも同じものが二本もついていたことを思い出させてやるのよ。『お前達、なんて便利なんだ!』ってね」

「俺のコーチは死ぬほど口が悪いな」

「敵に回した途端、蜂の巣になさいますので」


 男同士の会話を鼻で笑いながら、ホール内をぐるりと歩いてみる。これまでは、オートマタは私達の要求にすぐ応えられるよう顔を向けているのだと思っていたが、この島ではそれだけではないのかもしれない。後頭部を開けて確かめてもいいが、今は下手なことはしない方がいいだろう。


 素知らぬ振りで再び二人の元へ戻り、優雅とはいえない攻防戦を眺めた。


***


 優雅で洗練された死のゲームも、気づけば残りは半分になった。

 私とギデオン、イアンとフレデリック、そしてオートマタに守られたアンドリュー。


「アンドリューを殺す方法は考えてるのか?」

「一応ね。あのオートマタ全部を相手にしても優雅さを崩さない自信はあるけど、そんな労力すら掛けたくない相手じゃない? 勝手に死んどいてくれるとすごく助かるの。だから、そんな感じの方法を考えてる。本人が醜いからどうあがいても優雅にはならないけど、自滅は本人の責任だから」

「俺は、お姫様が学校に入ったあとの交友関係が心配だよ」


 ぶどうジュースを傾ける私の向かいで、ギデオンは食後のワインを揺らす。

 アンドリューは部屋にこもることなく夕食を食べに出てきたが、相変わらずオートマタ軍団に囲まれての登場だった。自分が私達からもイアン達からも狙われていることはよく分かっているようだったが、心なしか余裕が見えた。フレデリックのように馬鹿ではないから、考えがあるのだろう。


「大丈夫よ、その気になれば全員殺せる場所で威張り散らすほど馬鹿じゃないわ。あちらから吹っ掛けてこない限りは」

「俺が心配してるのは、その付け足された部分だよ」


 眉尻を下げて苦笑するギデオンに笑った時、誰かがドアを叩く。すぐにナイフを手をやった私の傍から、サイが向かう。開いたドアから姿を現したのは、件のアンドリューだった。


「くつろぎの一時に見たい顔じゃないわね」

「取り引きがしたい」


 オートマタ達と壁際へ控えさせ、アンドリューはソファ近くまで歩を進める。

「俺は、イアンの秘密を握ってる。俺を組むなら、その秘密を流す」

 要件を切り出したアンドリューに、傾けかけたぶどうジュースのグラスを起こした。


「『息を吸って吐いてる』『一人で歩ける』くらいなら、間に合ってるわよ」

「違う! 父さんの机から見つけた、この殺し合いを根底からひっくり返すような秘密だ!」


 叩きつけるように返したアンドリューに、全員の表情が引き締まる。


「どんな?」

「それは、俺と組むと約束してからだ。ここで騙したって、なんの得にもならないだろ」


 必死の形相は、騙そうとしているようには見えなかった。オートマタを連れ出しに行ったついでに、書斎の方も漁ったのだろう。もし騙されたのなら蹴り出せばいいだけのことだ。頷いた私にアンドリューが安堵した表情を浮かべる一方で、ギデオンはグラスをテーブルに置いて腰を上げた。


「俺は反対だ。アンドリューとは組まない」

「ギデオン。確かにアンドリューは工場の金に手をつけたけど」

「違う、それが理由じゃない……アンドリューは分かってるはずだ。とにかく俺は、Jがアンドリューと組むつもりなら外れる」


 不機嫌そうにアンドリューを睨んで、決裂を口にする。ギデオンがアンドリューに敵意を剥き出しにするのを見るのは、当然だが初めてだ。工場の金に手を付けたのが理由でないなら、なんなのか。


「ちょっと待って、極端すぎるわ」

 戸惑いながらひとまず怒りを宥めてみるが、ギデオンは固く口を結んで揺るぎそうにない。かと言って、聞いてから決めるような真似をアンドリューが許すはずはない。イアンの情報を手に入れるには、飲むしかない話だ。


 イアンはああ見えて慎重な上に秘密主義で、他人を嘲笑うばかりで自分のことを話さない。探るために部屋へ近づきたくても、私達の部屋は「ちゃんと」離れた場所にある。顔には出せないが、アンドリューの訪問は待ち兼ねた朗報だった。


「アンドリュー、ギデオンに何をしたの?」

「俺にじゃない」


 返事はアンドリューではなく、ギデオンからあった。……まさか。


「あなた、まさかナタリーにまで」

「『にまで』?」


 思わず滑り落ちてしまった失言に口を押さえる。まずいのはすぐに分かったが、これはごまかしようがないだろう。ただ、ハンナを犠牲にするわけにはいかない。


「……幼い頃、この変態に性的な接触をされたことがあったの。当時は分からなかったけど」

「ふざけるな!」

「待って、だめよ!」


 慌てて立ち上がり、アンドリューへ向かって行くギデオンの前に立ち塞がる。

「落ち着いて。ここで殺したら条件に外れるわ」

 宥めた声に、ギデオンは表情を歪めた。

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