第8話

 L字型に作られた二階建ての屋敷は、予想と違わぬただっぴろさだった。


 二階はほとんどが客室で、長い男性フロアは一階へ下りる大階段の西側、女性フロアは北側の短い辺に別れている。部屋にはそれぞれの名前が刻まれたプレートが掛かっていて、インテリアは瞳の色に合わせて変えてあるらしい。


 私の部屋は一番奥の西側で、向かいはハンナ、隣はエレイン、斜向かいがバーバラだ。窓を開けると庭と離れ、男性フロアにあるACDの部屋が見える。イアンの部屋は一番端の南側、私の部屋とはきっちり距離が取られていた。


 一階には食堂や応接室のほかに蔵書の詰まった図書室や武具を揃えた訓練用ホール、精製水から劇薬まで並ぶ実験室、移植手術くらいできそうな手術室や父の自己血まで完備した医務室、オーケストラの道具一式が揃った大広間まであった。もちろん屋敷での生活を支えるキッチンやパントリー、中庭の離れには洗い場やオートマタの待機室などもあり、どこでもオートマタ達が粛々と働いていた。父はおそらく、二度と本土へ戻るつもりはなかったのだろう。


「ここが武器庫ね」

 武器庫は一階の階段裏、窓のない部屋だ。そっと足を踏み入れ、分厚いドアの向こうに所狭しと並べられた武器を眺める。予想どおりできていた壁の空きは、イアンが早速狙撃銃を持って行ったのだろう。


「狙撃銃と……ここは拳銃ね」

 テーブルに並べられたケースの中にも、空きがある。同じように眺めていたギデオンが不意に笑い、視線をやった。

「これ、トカレフだろ。昔フレデリックが『エカテリーナ二世』が分からなくて、『トカレフ皇帝』って答えたのを思い出して」

 フレデリックはポロは出来たが頭が悪く、結局父がかなりの寄付をしてどうにか兄達と同じ学校へ入れたらしい。


「何歳までは仲良かった?」

「俺が寄宿学校に入る前までだね。俺はほかの兄さん達と同じように楽々入れたし、あの頃にはもうナタリーは俺を気に入ってた」


 幼なじみへのギデオンの恋は同時に、フレデリックの恋でもあった。フレデリックがいつ振られたのかは知らないが、その一件をきっかけに寄宿学校内ではギデオンに対する執拗ないじめが始まったらしい。絶対的な権力を持つ上級生達が生意気な下級生をいじめるのは珍しくない話だが、いつ聞いてもクズで卑怯だ。

 私は今も、ギデオンが家へ帰って来る度にケガをしていたことを覚えている。フレデリックと一言も口を利かなかったことも。


 最終的に、ギデオンは大学卒業後にナタリーと結婚して父の工場へ技師として就職した。一方のフレデリックは大学の授業についていけず中退し、確か今は印刷工として働いているはずだ。もちろん独身で、浮いた話は聞かない。


「もしナタリーが俺じゃなくフレデリックを選んでたら、と思うことはあるよ。でも俺なら、フレデリックみたいな真似はしない。そりゃあ悔しいだろうけど、ナタリーを泣かせたくないからね。あいつは、間接的にナタリーを傷つけ続けた。俺はそれが許せない」


 ギデオンはケースを開け、自分用に拳銃を選ぶ。父の教えた護身術にはとどめを刺す方法と射撃も含まれていて、幼い頃は何も思わなかったが、今は苦笑しか浮かばない。どう考えても過剰防衛だろう。私達は護身術の名目で、人を殺す技術を叩き込まれたのだ。まあきっちりと最後まで習得したのは私とイアンだけだから、ほかの兄妹にとっては「不完全な護身術」で終わったのだろうが。


「紳士ね、ギデオン。あ、『本当の意味』でよ」

「ありがとう。俺は皮肉が下手だから、素直に受け止めるよ」


 笑うギデオンを横目に、一番重要なナイフの棚へ向かう。といっても私が扱えるナイフは大きなものではない。刃の長さは四インチ、投げナイフは三インチで十分だ。

「まさかこんなことになると思わなかったから、投げナイフを持ってきてないの。サイ、私に合いそうなものを選んで」

 サイは応えて、壁の高いところに並べられた投げナイフのセットをいくつか選ぶ。全てが金属のもの、持ち手が樹脂や木のもの。重さや重心もあるから、投げてみないと分からない。ひとまず一本ずつ近くの柱に投げた感触で、最終的に持ち手が樹脂のものにした。


「ちょっと不格好だけど仕方ないわね」

 投げナイフを三本納めたシースを腿のホルダーにセットすると、服の上からでも膨らみが分かる。明日からは、少し裾の広がったスカートにしよう。ミニ丈は譲らないが、形は仕方ない。

「ナイフ四本提げて歩くのか。シュールだな」

 ギデオンはホルスターを身に着け、上着を羽織る。


「ホルスターから引き抜いて撃つ練習をしておいた方がいいわね。イアンだったら、その間に距離詰められて一突きで終わるから」

「そうだな、相手を頼む」

「じゃあ、オートマタを確認したあとホールでね」


 肩を竦めながら返したギデオンに答え、揃って武器庫を出た。


「屋敷の中を移動する時は、なるべく窓から離れるようにして。しばらくどこかの部屋に滞在する時はカーテンを閉めるか、日差しを跳ね返すように鏡を窓の外へ向けて」

 廊下を歩きながら、注意事項を告げる。


「オートマタに関しては門外漢だから、説明をお願いね」

「もちろん。ようやく兄の誇りを見せられる」


 ギデオンは笑いながら、父の部屋を目指す。父の部屋は一階の西側奥、書斎と作業場が一緒になっている。


 見えてきたドアへサイが先駆けて向かった時、中から開く。出てきたのは七、八体のオートマタを連れたアンドリューだった。


「屋敷のものはなんでも利用しろってあったからな」

 元々赤い頬を更に赤らめて勝ち誇ったように告げるアンドリューを、鼻で笑う。

「いい考えね」

 小さく笑みながら即座に投げナイフを引き抜き、一体のオートマタ目掛けて投げる。鈍い音を立てて頭で受け止めたオートマタは、後ろに大きく仰け反ってそのまま倒れた。オートマタ規制法で戦闘能力に関しては守備のみと定められているが、私の前ではこんなものだ。


「そんなにたくさんいたら、怖くて眠れないわ」

 肩を竦めながら確かめたアンドリューの顔が、青ざめていく。何も言い返さないまま、残りのオートマタ達に守られるようにして去って行った。


 賑やかしにはなるだろうが、アンドリューはギデオンと同じ六フィートほど、五.五フィートと定められているオートマタより半分以上頭が出ている。オートマタを倒さなくてもそこにナイフを投げれば一発アウトだし、狙撃銃ならオートマタなんて余裕で貫通できるだろう。


「お茶会を開くにはいい人数ね」

「父さんは、お姫様をどう育てたかったんだろうな」


 改めてサイが開けたドアをくぐりながら、ギデオンが溜め息交じりに言う。


「さあね。でも、『私を』じゃなくて、兄妹の中で理想的に育ったのが私だけだったって話じゃない?」

「ま、そうだな。ほかの連中は、『ほぼ』腰抜けだ」


 律儀な答えを受け止めて、がらんとした部屋を見回した。アンドリューは全てのオートマタを連れて行ったのだろう。

「全て持ち去るなんて、お行儀のいいこと」

 ギデオンに講釈を垂れて欲しかったが、これでは材料がない。大きな作業机に整然と並ぶ道具類や資料の山を眺める。


「いや、それを言うのはまだ早いかもな」

 背後の声に、メスのような道具を手にしたまま振り向く。ギデオンは、床下を確かめるように絨毯の上を歩き回っていた。


「どうしたの?」

「普通、オートマタを制作する場に絨毯は敷かない。落ちた油が染み込んで、火災の原因になることがあるからな。たとえ父さんが一流の技師でも、一流の技師だからこそ、そういったところを適当にはしないはずだ。でも、この作業場には敷いてある」


 ああ、と気づいて絨毯から下り、絨毯を大きくめくった。

「当たりだ。多分、父さんが隠しておきたかったものはここにある」

 ギデオンは、何かの確信があるのかもしれない。サイに任せることなく、そこに嵌め込まれていた地下への扉を開けた。


 サイを残し、二人で下りていく。階段を踏んだ途端点いた灯りに、思わずびくりとした。


「勝手に点いたけど、どういうこと?」

「多分、この階段だね。絨毯の下にスイッチが仕込んであるんだろう。踏めば点くようにされてるんだ。両手に荷物を抱えていたら、手では点けられないからね」


 下りる時に点けて上がる時に消す、か。


「こういう、理屈が分かりやすいものの方が尊敬できるわ。凡庸ね」

「凡庸も知っておいた方がいいから、ちょうどいいよ」


 先を行くギデオンは、やがて下り立ったあと「やっぱりね」と言った。

「何が?」

 ひょいと後ろから踏み出して、確認できたものに思わず身を引いた。そこに並んでいた十体ほどのオートマタは、まるで。


「人間みたい」


 全て裸だが、女性型も男性型も髪を持ち、私達と変わらない顔と肌の色をしている。女性型の胸は豊かに膨らみ、男性型には……ついていた。


「お父様は、第二の人間を作り出そうとしていたってこと?」

 視線を下げないように気をつけながら触れた女性型の腕は、ゴムのような冷たい感触の下に固いものがある。


「だろうね。俺はずっと、気になってたんだよ。父さんほどの技術のある職人が『制限されたオートマタ』だけで満足できるのかって。島を買ったのは、これを作るためじゃないかと思ってた。正解だったね」

 ギデオンは満足そうに、私より熱心にオートマタを確かめ始める。

「アンドリューの連れて行ったオートマタ達は、これを隠すための囮だったってわけね」

 頷いて後ろに回った時、ほかのものとは明らかに違うオートマタがあった。


「……子供型まである」

 私の発見にギデオンは前の個体を避けてそれを確かめる。幼くかわいらしい女の子だ。子供、か。

 墓地で見かけた影を思い出すが、あれはこの子だったのだろうか。瞳に嵌め込まれたのはアメジストか、仄暗い中でも美しいカットでよくきらめいた。でも、誰が動かした?


「需要がないわけじゃないからね。今でも問い合わせはある。亡くした我が子に似せたオートマタは作れないかってね」

 ああ、と納得して、私も改めてその姿を確かめる。母なら決して求めないだろうが、心の拠り所を欲しい親がいてもおかしくない。あとは。


「ねえ、このオートマタ達って動かすことってできるの?」

「父さんがトルマリンを準備していれば、だけど」


 ギデオンはしゃがみこんで女の子の後頭部を開いたあと、腰を上げて作業机に向かう。

 並べられた脳をいくつか確かめて、頷いた。


「問題なさそうだけど、連れて行く?」

「ううん、今はまだいいわ。ただ、男性型には脳を与えておいて。私を主人だと認識しておいて欲しいの」


 開かれた後頭部を一瞥して頼むと、ギデオンは早速作業に取り掛かった。

 作業は特別難しいものではないらしい。部品のくぼみにトルマリンをはめ込み、はずれないよう銅線を巻きつける。銅線の端は回りの線へ順番に絡めたあと、はんだで止めた。


「ねえ。ギデオンにはお父様が何を目指していたか、分かる?」

「単純に考えれば、誰かの悲しみに寄り添う『第二の人間』を認める社会だけどね。ただ脳の研究も続けてただろうから、『人間より優れた人間』を作り出そうとしていた可能性も否定はできない」


 確かにこれほどのものを一人で作り上げるほどの技術があるのなら、神の領域に足を踏み入れようとしていてもおかしくはない。神は、父にこれ以上の深入りをさせないために命を引き上げたのか。


 ギデオンは男性型オートマタ達の後頭部の蓋を閉じ、手際よくネジを締めていく。傍に用意してあったお仕着せを着せれば、ほぼ人間だ。ただ無表情だからか、妙に不気味ではある。私はやっぱり、機械と分かる普通のオートマタの方がいい。


「皆、お目覚めかしら。私はジョスリン・フィッツウォルター。今日からあなた達の主人よ。頼みたいことができたら呼びに来るから、それまではここに待機していて」


 オートマタ達にインプットの言葉を投げた途端、一斉に少し頭を下げる。びくりとして、一歩引いた。上で働いているオートマタ達はなんの反応もしないから、やっぱり……苦手だ。


「行きましょ。アンドリューとおんなじこと考えるやつがいないとは限らないし」

「そうだね」


 ギデオンは同意し、惜しむようでもなく階段へ向かう。


「ギデオンは、オートマタの進化に執着はないの?」

「あんまりね。悲しみや寂しさに寄り添えるのならと思う気持ちはあるけど、長持ちすれば置いていかれるし、先に壊れたら悲しみが増えるだけだ。人と同じように老いてはいけない。オートマタ規制法は、正しい法だと思ってるよ。人に近づけるべきじゃない」


 階段を上りながら淡々と語られる技師の意見は、至極まっとうなものに聞こえる。父は天才ゆえに、人らしさを失ってしまったのかもしれない。「死んで良かった」とはもちろん思わないが……難しい。


 ギデオンの手を借りて地下室を出たあと、絨毯を敷いて元通りに隠す。


「じゃあ、次は体を動かしましょう」

「着替えた方がいい?」

「そのままよ。相手が上着を脱ぐまで待ってくれるならいいけど」


 この格好で練習するからこそ意味があるのだ。しごかれそうだなあ、と笑うギデオンを連れて、訓練ホールへ向かった。

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