第16話 死霊術師の登山回顧

 教室でヨサ先生と初めて会った時、エディは真っ先に忌避感と強い恐怖を覚えた。


 かなり濃密な死の匂い。自分だけの寝床を探してスラムを彷徨っている時、鼻孔に無理やり詰め込まれたあれを、よもや新天地でぶつけられることになろうとは。


 彼女がかつて戦争で名を馳せた死霊術師ネクロマンサーだと知って、あの時の忌避感と恐れがどこから来たのかを知る。


 死に付きまとわれていた自分と、死を支配するヨサ先生。上位存在に対する本能的な怯え。


 そんな相手に何度も助言を乞うなんて。良いのか悪いのか。


 ベル先輩と一緒に授業終わりのヨサ先生を訪ねたエディが、足裏が波打つような落ち着かなさを踏んづけていると、事情を聞いたヨサ先生は、怪訝そうに顎をさすった。


「二足蟲の話とは。まあ確かに、古い知己があることにはあるが……」


「一応聞くけど、それって、ミミズとかハエとかだったり……?」


「おい劣等生代表、お前の想像イメージする私を見せてやってもいいんだぞ。その場合、お前はお前の想像以上にひどい死に方をするが」


 ヨサ先生は大きく溜め息を吐く。


 人骨で出来た自動書器じどうしょきが採点を終えた解答用紙に目を通しながら、どこか懐かしむように言った。


「話を戻すが、私の知己に二足蟲は何人かいる。というより、奴らと兵役の話をしたのは他ならぬ私だ。面倒ごとを押し付けられただけだがな」


 彼女が語るには、数十年前の戦争において、ヨサ先生は国全体の防衛ラインを任されていた。


 屍による昼夜を問わない警備体制、死を恐れぬ軍団、死んだ兵を敵味方問わず戦力とする死霊術師は、過去数世紀の弾圧がいっそ妥当と思えるほどの戦果を叩き出したが、南の山脈―――二足蟲やエルフの縄張りまでは、上手く守れなかったらしい。


「というのも、その辺と隣接した国の連中が、山に火を放ってな。私の死兵は焼かれると筋肉が縮こまって使い物にならなくなるし、炭になるまで灼けた死体から骸骨兵スケルトンを作るのは恐ろしく骨が折れる。なので、利害も一致しているし、精霊たちの協力を仰いだ」


「まあ、山を燃やされたら精霊たちも怒るよな……」


「その通り。全く、この国の豊かな資源が欲しくて戦争を仕掛けたのだろうに、馬鹿な奴らだ。おかげで、私の話は精霊と妖精たちにすんなり受け入れられたよ。林業の商業契約も同時に結ぶことが出来て、今日こんにちの出版業に繋がっている」


「へぇー……それで、私の面倒見てくれてるの?」


「精霊とは仲良くしておけ。なんなら、恩を売っておけ。私が学んだことを実践したまでだ、ベル」


 集めた答案を卓に打ち付けて整えたヨサ先生は、手際よく支度する。


 次の授業の準備もあるのだろう。あまり質問に割ける時間は無いようだった。


 エディは素早く、気にかかった点を問う。


「で、二足蟲とは? あんたから精霊と妖精の話は出たけど、二足蟲の話は出なかったよな?」


「そこだよ」


 いいところに気が付いた、とばかりに指を差される。


 初めて手放しの賞賛を受けたような気がしてちょっと嬉しくなっていると、ヨサ先生は苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「二足蟲との交渉は、きわめて困難だったんだよ。奴らは、言語でのコミュニケーションをしていなかったからな」


「……そうだっけ?」


「お前が生まれる前の話だし、精霊と妖精は人と同じ言葉を使う。実感はないだろうな」


 首を傾げるベル先輩にそう言い含め、話を続ける。


 ヨサ先生が山に赴いた当時、二足蟲たちは主に身振り手振りで語らっていたという。


 こちらの言語は通じるが、返答は理解し辛い。妖精たちには彼らの言葉がわかるらしいが、依頼しようにも仕事や協力といった概念を持たない妖精たちに通訳を頼むのは、それはそれは苦労したようだ。


 努力の結果、二足蟲たちの身振り手振りを大まかに理解することこそ出来たが、戦争や共同戦線といった、必要事項を伝えることに悩まされた。


 敵の攻勢を牽制しつつ、なんとか身振り手振りを筆談に、筆談を言語に変えて、妖精も上手く誘導し、ようやく何人かがヨサの言葉に興味を示した頃、戦争は完全に膠着状態となっていた。


「それから私は、自分の死兵の管理のために一度山を離れた。知己となり、言語学に惹かれた二足蟲たちに、突貫で作った教科書を渡してな。その後何度か授業をして、山の近くの街と橋渡しをしたりして……今や、人と交流し、なんとハーフが生まれるまでになった」


「あー、つまり、二足蟲と人間のハーフが珍しくないのって、そのあたりの街ではってことか」


「そうなるな。最も、血が混じるに当たって、“二足”といえない形態の者が出てきたのは、ある種皮肉だが」


 それなら、納得が行く。


 スラム街や浮遊街、盗みのためにあちこちへ忍び込んだが、ついぞ二足蟲を見なかったことと、フランの言う二足蟲もハーフも珍しくないと言う言葉の矛盾は、単に生きる場所の違いだったというわけだ。


 ―――まあ、ディグリさんもいたし、探せば学院にも他にいるのかもな。


 探し出して、直接訪ねることが出来れば、ディグリの課題についてさらなるヒントが得られるかもしれない。


 そう思った矢先、ヨサ先生が釘を刺してきた。


「何を書きたいのか知らんが、二足蟲どもにアドバイスは期待するな。森の話が書きたいのなら、それこそベルに聞け」


「なんで?」


 ―――もしや差別ってやつか? この人、生死以外で人を区別できんだな。


 突拍子もないエディの予測に、死霊術師の目が尖る。


「お前、また失礼なこと考えただろう。富裕街のゴミ箱でも漁って、中古の礼儀作法を拾ってこい」


「品が無い。それはさておき、なんで二足蟲の人からアドバイスもらっちゃ駄目なんだよ」


「言っただろう、奴らはそもそも、言語でのコミュニケーションをとらない種族だ。出来ないことはないが、やらない、、、、。喋るのは一部の変人と血の薄い混血ぐらいだ。第一、グラインランスにいる二足蟲とそのハーフは、たったふたりだけだしな」


「それって……」


 ヨサ先生は荷物を手に教室の出口へ向かい、去り際に言い捨てていった。


「純血がフラン・ツァカロフ、混血がディグリ・リーブス。図書館にいるはずだから、気になるなら会いに行って来い」

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