21話 雫の召喚
ーー視点 雫ーー
手を振ってユナを見送ったあと。わたしはそっとその場に腰を下ろしました。
頼ってもらえるのは嬉しい。とても嬉しいのだけれど。久しぶりに会ったのだからもっと、事務的な話ばかりでなくて雑談とかでゆっくりお喋りしたかったと思いました。
わたしはこんなにも、ユナに会いたかったというのに。
ユナには大切な人がいて、それ以外はあまり興味が持てないのだと言っていたのは覚えているけれど、もう少し構って欲しいと思うのは傲慢なのでしょうか。
そんなことを考えながら、わたしはここに来たばかりの頃のことを思い出していました。
そう、召喚された直後の、なにも分からなくて不安に思っていたあの頃のことを。
ー---------
「なに、ここ……」
気がつくと、そこは石造りの部屋。見覚えはもちろんありません。
そもそも……、
「わたしは、だれ……?」
そう呟いた声は、石に吸い込まれていきました。
ばたん、と背後で扉の開く音がしました。
振り向くと人が数人立っています。
「ようこそ、勇者様。召喚に応じて頂きありがとうございます」
1番前に立っていた女性が……まだ少女の年齢かな、話しかけてきました。
「勇者?召喚?」
わたしは言われた単語で気になった一言を繰り返しました。
心当たりは、ありません。忘れているだけなのかもしれないですけれど。
「はい。ここはセレスティスという国で、あなたを勇者としてお呼び致しました。
……失礼、名乗っていませんでしたね。私はセレスティスの王女、フィオニア・セレスティスといいます。以後、よろしくお願いします」
王女様でしたか。言われてみれば気品が漂っているようにも見えますし、背後の武装している人々は護衛でしょうか。
そんなことを考えていると、王女様がなにか言いたげな顔をこちらに向けていることに気がつきました。
そうですね、先に名乗られたということは、わたしの事が知りたいのでしょう。
でも、それはこの場の誰よりも、わたしが知りたい事です。
そう伝えると、王女様や後ろの人々は困ったような顔をしました。当然といえば当然でしょう。
その後、わたしは部屋に通されました。
色々話をする前に、まずは休息を、との事です。
なにかあれば扉のベルを鳴らせば人が来てくれるということです。
わたしは部屋を見回します。正面には窓があり、この部屋が結構高所にあること、外は雨が降っている事がわかりました。
そこから外を眺めながら、わたしはわたしの事について考えます。
あれから少し時間は経ちましたが、何も思い出せません。
それでも気を遣われていることはわかって、とても申し訳ないと思ってしまいます。そう思うのはやっぱり日本人の性なのでしょうか……
「日本人?」
考えている時にふと浮かんだ言葉がありました。
そう、日本人。わたしは日本という国に住んでいました。
思考を巡らせるうちにそれだけは記憶の底から拾い上げられました。
改めて前を見ると、視界にうつるのは窓に滴る雨雫。
「しずく……。そう、わたしは、雫」
それに引っ張られるように、名前も思い出すことが出来ました。
自分のことが少しだけでも思い出せたとほっとしたことで、結構疲れていたということに気がつきました。
少し、休みましょうか。
休息をとるように、と言われたのでした。
一休みしたら、あの王女様に。周りの目を気にしてか事務的な話し方でしたけれど、心配の気持ちが伝わってきていたあの王女様に、改めて自己紹介をしましょう。
きっと、もう少しだけでも、思い出せるかもしれませんから。
一眠りして、目覚めたけれど。
名前以上のことは思い出せていませんでした。
残念です。
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