第8話 メンタルお化け

 遊園地へと向かう車内。運転席に操。助手席に琥珀という定位置という極めて安全な運転。


「操さん。夕方くらいにパレードが始まるみたいだよ」


「そうか。それは楽しみだな」


「その時間になったら、広場に移動しようか」


 特に喧嘩の禍根かこんとかもなく、車内にヒリついた空気は一切ない。倦怠期でもなければ、喧嘩中のカップルでもない。仲直りイベントでもなんでもない。ただの、お化け屋敷に行ってお互いの親密度を上げるだけのイベントになってしまった。


 遊園地に辿り着き、入園してパンフレットをもらう。それを見ながら、目的のお化け屋敷のところまで行く。既にお化け屋敷には列ができていて、かなり待つようである。


「結構並ぶな」


「そうだね。でも、それだけ人気なんだからきっとクオリティ高いと思うよ」


 行列のできるラーメン屋の方が美味い。そういう単純な心理的効果をお化け屋敷にも適応しようとする琥珀。待つこと十数分、ついに琥珀と操が中に入ることとなった。


 廃病院をモチーフにしたお化け屋敷。薄暗い灯りの中、進行方向に進んでいく2人。最初の大部屋に入った瞬間、お化け役の人が大声をあげて脅してきた。


「うわー、びっくりしたなあ」


 急に声を出されてびっくりした琥珀。操もお化け役の風体にびっくりしたというよりかは声量の大きさにびっくりした。


 役目を終えてズコズコを去っていくお化け役の人。カップルが来たから気合いを入れて脅かしたのに、まさかの塩対応。再び影に隠れたお化け役の人は、せめて、彼女が彼氏にくっつけよと心の中で悪態をつく。


 お化け屋敷。そこは確かにカップルの仲を深める効果がある。暗い空間、いつ何が襲ってくるかわからない恐怖。それはつり橋効果となり、2人の距離を縮める。しかし……中には両方、ホラーに耐性があって必要以上にドキドキしないパターンも考えられる。それがこのカップルだ。


 その後も、逆さ吊りとなった人形のオブジェとか、首以外埋まっている人が出てきたりと、色々と恐怖の演出はあった。だが、2人もメンタルが異常なまでに強い。それもそのはず。元から物怖じしない性格に加えて、クリエイターを長く続けているとホラー系統の作品に触れる機会も多くなる。ホラー作品に関わるとどうしても耐性ができてしまう。その経験が積み重なった先にあるのは……ホラーのパターンの先読みである。


「ん? もう終わりか」


「そうみたいだね」


 琥珀と操は最後の部屋に辿り着いた。明るい部屋で心を落ち着かせる場所。後はもう出口に出るだけ。その時だった。突然部屋にあるロッカーからゾンビが飛び出てきて琥珀たちの方に走って来た。


「あ、やっぱり出るんだ」


「ホラー演出が終わったと見せかけて最後にダメ押しするのは良くあるパターンだな」


 完全に予想していた琥珀と冷静に分析する操。飛び出たゾンビ役の人間はまさか本当に噛みついてガジガジするわけにはいかない。本来の想定なら客が急いで出口に向かって逃げ出すのに、ゆっくりと出口に向かう琥珀と操。つまり、襲えない制約があるゾンビは、この2人の眼前で止まって「うーうー」とゾンビの呻き続けてゾンビの演技をし続けなければならない。早く帰れとキャストに思わせたまま、お化け屋敷を攻略した迷惑カップル。


「ふう、怖いって有名のお化け屋敷だけど……まあ、及第点かな」


「ああ。だが、色々と演出的に勉強になるところもあった。ここで怖がる人がいるだろうなってポイントはわかったから、今後の作品作りの参考になるな」


 上から目線でお化け屋敷を評価する2人が次に向かったのはジェットコースターだった。やはり遊園地の定番と言えばこれ。乗らずして帰るわけにはいかない。


「操さんは、ジェットコースターは大丈夫?」


「ああ。乗り物酔いはないし、高所恐怖症でもない。別に普通に乗れる」


「いや、そうじゃなくて身長」


「琥珀君。グーで行っていいか?」


 拳を握り静かに怒る操。身長が143cmの操でも流石にジェットコースターくらいには乗れる。このジェットコースターの身長制限は100cm。未就学児レベルである。成人女性に対して恐ろしく失礼な煽り。これが賀藤家の血筋だと操は改めて実感した。



 お化け屋敷よりも行列ができていたジェットコースターに無事に乗ることができた2人。2人掛けの席に隣り合って座る。係員がしっかりとベルトを確認するとジェットコースターが発進した。


 ものすごい速さで走るジェットコースター。くるりとした回転やひねり、カーブをしながら進んでいく。


「おお、良い景色だね。操さん」


「え? なんだ? 聞こえない?」


 琥珀が話しかけるも他の乗客の絶叫にかき消されて会話が成立しない。自分視点で見るジェットコースターの景色。それをしっかり目に焼き付ける琥珀。これも、ジェットコースターのアニメーションを作る際に参考になると思ってしまう。


 ここまで来るともう職業病。日常生活の全てが勉強である。その意識の高さのお陰で、琥珀も操も若くして一線級で活躍するクリエイターとして業界から重用されているのだ。


 ガタガタと音を立てながら、ジェットコースターが上へ上へと昇っていく、無駄に急な斜面。高ければ高いほど、落ちた時の衝撃が強くなる。そして、位置エネルギーの暴力がジェットコースターを襲う。


 絶叫する乗客たち。しかし、琥珀と操は何事もなかったかのように声を発しない。無表情無反応。確かにこの2人は何事にも物怖じしない性格である。そうした胆力も時には必要である。しかし、今はいらない。ここは思い入り叫んで楽しむ場面。ジェットコースターの楽しみ方の本質をわかっていない。


 そうして、ジェットコースターが終点へと辿り着いた。


「ふう。中々楽しかったね」


「ああ。風が気持ち良かったな」


 ジェットコースターの感想を言い合う2人。しかし、途中にあるカメラが撮影した写真の2人は無表情に近かった。多少、操が微笑んではいるものの、それだけである。


「それにしたも琥珀君は意外と静かだったな」


「意外ってなに? そんなに俺はうるさいイメージあった?」


「あー……真鈴と一緒に乗るとあいつはうるさかった」


「あー……アレかー。確かにアレはうるさいな」


 真鈴の弟だけにジェットコースターではきゃっきゃと騒ぐ人種かと思ってしまった操。なぜかこの場合に限っては、アレの方が一般人の感覚に近い。


「さて、そろそろお昼の時間だな。どこかで食べていくか」


「そうだね」


 遊園地内にあるレストランに入る2人。中は当然混んでいて席に座るのも困難であった。


「琥珀君。私、楽しんでいるように見えるか?」


「ん? 見えるけどなんで?」


「そうか。それなら良かった。私はお化け屋敷やジェットコースターに乗ってもあまり顔に出ないからな。よく同行者からは本当に楽しんでいるのか? って問い詰められて喧嘩になることもあるんだ」


「ふーん。そうなんだ。操さんも大変だねえ」


 実のところ、琥珀もそこまで恐怖や絶叫系で顔に出るタイプではない。でも、なぜか周囲の人間からは「まあ、琥珀だし」で済まされてそうした衝突が起こることはなかった。ある意味で鈍感というキャラが周知されていることのメリットとも言える。


「あ、蜘蛛だ」


「く、蜘蛛!? ど、どこ!」


 操はすぐに立ち上がり表情を青ざめて周囲をキョロキョロと見回した。その表情はお化け屋敷やジェットコースターでは見せなかった恐怖に歪んだ顔であった。


「あ、違った。これ、ただの糸くずのかたまりだった」


「お、脅かすな! 琥珀君のバカ!」


 操にも苦手なものは存在する。それに対してはしっかりと恐怖の表情を見せるのであった。

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