第8話

「疲れたー」

 と仕事も終わり、大我と相馬の送り迎えの時間には中抜けができ、子供2人を職場の人に紹介して帰ってきた。


「よし……ご飯作るか」

 加奈子は事前に食材を切り分けあとは焼いたり煮るなりするだけでできるメニューにしておいた。

 それは本当に正解で、面接と施設説明だけなのにかなり神経を使ったのか……人一倍人見知りもあって……クタクタな状態である。


 今後も仕事を続けたらこんな感じなのか? いやそれ以上に疲れる。

 私はとあることが頭によぎった。


『仕事するなら全部の家事をちゃんとしてら僕が帰ってくる前には晩御飯しっかり一汁三菜用意できてないとダメだよ』

 という謙太の言葉。私が結婚当初にやっぱりいつかは仕事をしたいとぽろっといった時の返答がこれだった。

 当時はまだ主婦になりたてだったからそんなの無理、と思ったけどここ10年ちかくやっていたら無理じゃない、なんとかなる! と思ったんだけどもやっぱり無理……なのかな。


 一汁三菜なんて。有名料理家が一汁一菜でいいんですよ、てテレビで言ってるのに謙太はありえないとか笑ってた。


 最近太り気味だ、尿酸値高いと言われたから私に対して食事でちゃんと対策してくれよと病院でもらってきた食事指導の紙をペラッと謙太に渡された時にはもう白目になった。


 料理だけであんたの体良くなると思う? 土日はゴロゴロして家事手伝ってくれない……むむむ。


 それなのに一汁三菜を求めてくるなんて。渡してくれる生活費増やしてくれないのに? 子供たちがどんどん食欲増してきているのに? やりくりできないのは妻のせい、って……?


 ダメダメ、こんな余計なこと考えたらあっという間に時間過ぎちゃう。


 もし今日、しっかりできなかったら……謙太に……仕事やるなって言われてしまう。


 あと他にも少し凹むことがあった。あの例の現れた老女から言われた言葉。


『資格のないただの主婦を雇ってそんな奴にお金払うのは無駄だ』


 確かに普通自動車免許以外持っていない。資格はなくてもいいのよ、と坂本さんはいってくれたけどあの老女は

『会計のできる人を雇った方がいいじゃないの、人件費削減してもっと施設に還元しておくれ』

 だなんて。


 会計なんてやったことないし。簿記の資格はあるかしら、私は一級持ってるけどと流れるように坂本さんは言ったけど……簿記は何度も挫折したっけ。


 それに謙太言ってたっけ。

『女は賢すぎるとモテないぞ』

 って。それは彼の親戚の女の子が東京のトップクラスの大学に入学したという話があって彼の親戚の中でその話で盛り上がったけどどうせ結婚したら意味がないからコスパが悪い、女が賢くても婚期が遅れるからやめさせろ、結婚したら夫を尻で敷くんだろなどネガティブな話題で飛び交っていた。


 これは私たちが結婚した時の話だからもう彼女は大学を卒業していい会社に勤めて30歳くらい、親戚づたいではまだ結婚はしていないが彼女を含めた家族はもう親族会に来ていないからよくわからないそうだ。


 ……かといって賢くなかったら

『だから馬鹿な女はダメなんだ』

 と罵られる。


 女は賢すぎてもそうでなくてもなんだかんだ言われてしまう。

 あぁ、どっちなんだよ。




 なんだかんだで謙太が帰ってくるまでには晩御飯は揃えられたがモヤモヤとした気持ちや考え事をしていたら焦がしたり煮すぎてしまったけども謙太は何も文句を言わなかった。結婚当初であったら大目玉で作り直せとかどう作ったんだとか問い詰められているところだったのに。

 いつしか面倒になって健康に気を使う料理も作らなくなっても何も言わず食べている。


『男はいずれ丸くなるから今は耐えなさい』

 母に言われたっけ。丸くなるまで10年近くかかったものだ。見た目もだいぶ丸くなってしまったのだが。


 私は一番焦げてしまったハンバーグを食べる。あぁ苦い。


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