ドメスティックプロフェッショナルー専業主婦は経歴に書けますか?ー

麻木香豆

プロローグ

「見て、ばーちゃん!」

 小学3年生の加奈子は祖母に作文を見せる。当時祖母は花屋を経営していて加奈子の母が他所で仕事をしている際に迎えに来るまで花屋の一部のスペースで宿題をしていた。


「あらまぁ、漢字たくさん。上手に書くし構成も上手ね」

 いつも褒めてくれるから加奈子は嬉しかった。


「加奈子ちゃんもたくさん勉強してお仕事してお金じゃんじゃん稼がないとね」

「うん!」

 加奈子の母も働いているから自分も結婚して子供を持ってからも働くと思っている。


 一代で築き上げた祖母の花屋。とくに加奈子は花が好きではなかったが花が大好きな祖母は好きなことを仕事にしていてとても満足げにしている姿をすぐそばで見ていた。


 家に帰っても母は家事もして家族が寝た後もリビングで仕事の調べ物をしているのを見ていた。


「お母さん、眠くないの?」

 少し眠そうな母。

「眠いけどね、たくさん勉強してお仕事してお金を稼がなきゃ」

「お父さんも金稼いでるよ」

 父も銀行員、家も母の実家で以前二世帯で住んでいてローンはないはずだと小さいながらも知っていた。

 加奈子が小学2年生の時に働き始めた。それまで専業主婦だったのにいきなり仕事を始めたときはびっくりしたものだった。


「お母さんだって稼ぎたいわよ」

 と微笑みながらいう母の顔を今でも加奈子は覚えていた。


 その後パートで働いていた母は独立して得意なアートの技術を活かすためにフリーのデザイナー事務所を立ち上げた。


 自分もそうなる! そうなるものだと思っていた加奈子。


 だというのに現実は……。




「不採用ですか……はい……ありがとうございました」

 加奈子は父の部下である銀行員、乾謙太いぬいけんたと結婚して小学3年生の大我たいが、幼稚園年小の相馬そうまという二人の息子がいる。

 結婚してすぐ専業主婦になり相馬が幼稚園に入ったのをきっかけに仕事を探すものの条件に合った仕事が見つからない。


 仕事に忙しい謙太の条件として

『土日祝休み、扶養内、シフトに融通がきく、家事は手を抜かない、自分が帰ってくるまでにご飯はしっかり用意していること』

 を掲げられた以上、その中で仕事を探すのは容易ではなかった。


 ほとんどが子持ち、土日祝休み、そして10年近くの仕事ブランクがあったことが一番難所であった。


 加奈子はもう何件電話やネット応募したことか。面接に辿り着ければ奇跡、応募し電話の時点で何件か断られた。


 悔しい。

 同じママ友たちはどんどん仕事をし始めている。祖母や母はもう大我と同じ歳の頃には仕事をしていた。


 お金にはさほど困っていないわけでもない。ローンも謙太の父からもらった家で返済しなくても良い。(彼女は運がよく二代もローン地獄にあったことがない)

 食事の物価高が乾家に大打撃を与えている。

 謙太は節約すればいいだろ、何年主婦をしているんだといわれ食費をなかなか上げてくれない。

 息子二人はよく食べる……食べなくても食費高騰にはもう耐えられない。独身時代から乗り継いでる車も12年目。


 お金だけではない、ただの母親だけでは終わりたくない、でも自分は何ができる? 祖母や母の姿を見て自分の好きなことをしたい!


 そして祖母も母も口を揃えて言っていた。


「主婦というスキルもね、武器になるのよ」


 なのになんで採用されないのよ……と二人の子供達が暴れ回り、洗濯物やおもちゃが散乱する中で落ち込む加奈子。


 そこに一本の電話の着信が。

 それが加奈子の人生を変えるものだとは思っていなかったのであった。

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