第40話 ルビー

 仁那の冷たい声にテオがビクリとする。


「テオ……と言ったな」

「え? あ、ああ……」

「こんな所で何をしている」

「え? いや……ワイバーンを」

「出来ると思ったのか?」

「……わ、分からないけど……」

「心配するものは居ないのか?」

「そ、それは……」


 いくら世話になっている院長の為とはいえ、自分の命を粗末にするテオの行動は決して褒められたものじゃない。それはテオにも分かってはいた。

 痛いところを付かれて、テオは返答に窮する。


 ……?


 テオと話しながら仁那は、自分の体に異変を感じていた。

 今まで短時間の変身しかしていなかったが、変身をしている事そのもので自分の中のエネルギーのようなものが少なくなっている。、変身を維持するのに使われる魔力のようだ。


 ――どうしよう……。


 テオの前で変身を解くわけには行かなかった。

 どうしようかと逡巡し、黙り込む仁那に、テオは目の前の少女が怒っているのかと焦っていた。


「こ、こんな所に来たんだ。ワイバーンが傷を負って逃げて来ていたりするんじゃないか……と思ったんだ」

「傷を?」


 魔物の生息地等の事は分からない仁那は、テオの言うことがよく分からなかった。じっとテオを見つめていると、足元のワイバーンが身じろぎをする。


 ――魔物を倒すとその力が受けれられるのだったっけ。


 日本でよくあるRPGゲームのレベルアップの様なものなのか。テオは冒険者を目指しているという。ワイバーンが強い魔物であれば、その恩恵はそれなりに大きいのかも。そんな事が頭をよぎる。


「それでは、こいつにトドメをさせるのか?」

「え?」

「出来るのなら、その剣でワイバーンの首を落としてみろ」

「だ、だけど……これは君の獲物じゃないか。売れば金にもなるし」

「そんなものには興味はない。急げ。意識がもどるぞ」


 そう言うと、ワイバーンの上から飛び降り、テオから離れる。


「あ、ああ……」


 テオは剣を拾い、ワイバーンの方を向く。だが倒れているとはいえ、その存在感が薄れるわけではない。ゴクリとつばを飲み込み近づくのに躊躇する。


「どうした。傷を負ったワイバーンなら倒せるのではなかったか?」

「で、出来るさ!」


 仁那の言葉に煽られたテオは強く言い返すとその剣をグッと握る。そしてワイバーンに近づくとその剣を振り上げ力いっぱいに振る。

 テオの剣はワイバーンの首にさほど深くない傷を与える。腐ってもワイバーンだ。強い魔力がその皮膚にもまとわれ、それなりの頑強さを維持していた。


 朦朧としながらも、痛みを感じたワイバーンが身を捩り逃げようとする。


「それでは死なない」

「わ、分かってる!」


 テオは意識を集中させ、ナヴァロから指導を受けた身体強化を丁寧に発揮させる。そして再び剣を振り下ろす。一撃、二撃、三撃……なかなか刃は深くは入らない。

 仁那に見られているプレッシャーも感じ、焦りながらも夢中にテオは斬りつける。こうして繰り返すことでようやくワイバーンの命の炎が消えていく。



「それと、私のことは誰にも言ってはいけない」

「え? あ、ああ……」


 それを伝えると仁那はその場を立ち去ろうとする。息を切らし、返り血で汚れたままのテオが慌てて叫ぶ。


「な、名前を教えてくれ!」

「名前?」

「そ、そう」

「……ルビー」

「ルビー?」

「な、なんでも無い!」

「え?」

「わ、忘れろっ」

 

 仁那は反射的に名乗った自分の名前に恥ずかしさを覚え、逃げるように走り出す。あっという間にその姿が見えなくなる。呆然と見送ったテオはつぶやいた。


「ルビー……」


 ……


 やがて我に返ったテオは改めてワイバーンを見つめる。

 ワイバーンの素材はその皮も高く売れ、肉も最高級の食材として人気がある。持てるものならすべてを持ち帰りたかったが、一人ではそれはかなわない。

 しかし大事なのはワイバーンの第二心臓だ。


 ワイバーンの第二心臓は、その巨体にくまなく血液を送るために補助的にしっぽの付け根あたりにある器官だ。ワイバーンの体によじ登り、必死にナイフを突き立て探し始めた。



 ◇◇◇



 それからしばらくしてようやく冒険者の一団がワイバーンが居たと思われる場所までたどり着いた。


「ここらへんか?」

「ああ、峰のこっちから見えたからこの先だな」


 相手はワイバーンだ。当然緊張はする。だがギルドから強力な武器も借り、十人ほどの集団になる事で少し気も大きくなる。


 一人の冒険者が跪いて地面を確認する。地面には新しい足跡が残っている。


「この先に行ってるな」

「他の魔物も出ないな。やはりワイバーンはいるのか」

「ああ、いつでも打てるように弓は手にしていろ」

「分かってる」


 なるべく音がたたないようにと慎重に進んでいく。やがて、遠くに魔物の上によじ登り必死に解体しようとするテオの姿が見えてきた。


「……は?」

「おい、嘘だろ……」


 魔物はまさしくワイバーンだった。

 予想外の光景に冒険者たちは唖然とする。


 冒険者たちに気が付いたテオは「おーい」と無邪気に手を振っていた。


 ……。


「なるほどな……確かにひでえ傷を負ってる」


 ワイバーンは体中を爪の様な物で引き裂かれていた。テオがそれを見せるとようやく他の冒険者たちもテオがワイバーンを倒せたことに納得をした。


「だがな……それとこれとは話が違うんだ」

「へ?」


 そういうと一人の冒険者が拳骨を握りテオの頬を殴りつける。とっさに身体強化で体を守るが体の軽さは如何ともしがたい。テオは吹き飛びワイバーンの体にぶつかる。


「な、なんだよっ!」

「心配させるようなことしやがって。俺からも一発殴らせろ」

「は? で、でもっ!」


 テオの抗議も虚しくまたもや殴られる。身体強化をしていない冒険者たちの拳骨など、体に魔力を纏わせるテオにはそこまで効くわけでは無い。

 テオも心配してきてくれた大人たちの気持ちを察し順々に前に出てくる大人たちの拳を受けていった。


「よし。これでまあ、終わりだ」


 最後の一人が殴り終わると、皆の顔に笑顔が浮かぶ。


「あ、ああ。俺は第二心臓が手に入れば良いんだ。後は皆で分けてくれよ」

「そのつもりだが?」

「ははは……」

「ニナと言ったか。あのお嬢ちゃんにもちゃんと謝れよ」

「へ? ニ、ニナ?」

「すげえ心配してたぞ。あんな子を心配させちゃいかん」

「う、うん……」

「よし。とりあえず鋸を。適当に切り分けて運ぶぞ!」


 一連の儀式が終わり、冒険者たちは待っていたとばかりにワイバーンに群がった。

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