第36話 不安

 冒険者ギルドに行くと、何やら慌ただし気に職員が連絡版を叩いていた。

 この世界には電話などは無いが、通信用に遠くまで魔力を飛ばす魔道具がある。と言っても簡単な信号を飛ばせるだけの物の様で、いわゆるモールス信号のように信号の組み合わせで通信を行う事が出来る。


 仁那が受付のカウンターでその様子を見ていると、それに気が付いた中年の女性職員が慌てて近づいてくる。


「ごめんなさいね。ちょっとバタバタしていて、えっと。新聞だったかしら?」

「あ、はい。アニーの使いで……」

「大丈夫、届いているわよ」


 そう言いながら脇に束になっておいてある新聞から一枚取り出して仁那に渡す。ここ数日の雨のせいか、少し湿ってはいたが仁那は何も言わずそれを受け取る。

 受け取りながら、必死で信号を撃ち続ける職員に再び目をやる。


「何かあったんですか?」

「え? ああ……。マンドラゴラを取りに行っていた冒険者が山の奥にワイバーンを見かけたという話でね。領都の支部に連絡しているのよ」

「え? ワイバーンですか?」


 ずっと求めていたワイバーンの名前を聞いて思わず仁那は身を乗り出すように聞く。


「そう、一応村に被害が出るような場所じゃないから良いのだけど。一応警戒ということで連絡をしないといけないのよ」

「その、討伐するのですか?」

「討伐? ……ははは。まさか。ワイバーンは銀級パーティー推奨なのよ? 領都に行けばいるかも知れないけど、ここらへんにはね」

「でもっ。今ワイバーンの素材が手に入らなくなっていてっ」

「ワイバーン自体は、王国でも各地で目撃はされているのよ。でも、それを討伐できる冒険者が今は少ないの」

「……少ないんですか?」

「そう。今は各地で魔族との争いなどが起こっていて、そういう人たちは戦場へ駆り出されていたりするのよ」

「そんな……」

「でも、もうじき召喚された勇者たちが訓練を終えて魔族をやっつけてくれるわ。そうしたらまた冒険者達も余裕が出てくると思うわ」

「……はい」


 実際冒険者には従軍の義務はない。だが、天柱を守るということが人類を守っていくという事が教会の公式見解である以上。義憤に駆られ魔族との戦いへ赴く冒険者も多いということだった。


 それだけに召喚者への期待も強く。同じ召喚者の一人としてこの世界にやってきた仁那としては、他の人達が魔族と戦うという話に少し思うところが無いわけでは無かった。



 話を終えると、女性の職員に礼を言ってギルドを後にする。


 そのまま、食料品を扱う店で買い物をすると、ようやく仁那は家に帰った。



 薬屋の扉を開けると、店のカウンターの上にフィンが丸くなって寝ていた。


「フィン? いつ帰ってきたの?」

「にゃあ」


 フィンは仁那の問いかけに、眠そうに応えるとそのまま目を閉じる。

 しばらく姿を見なかったフィンだったが、いつの間にか家に帰っている。いつものことではあったが、仁那は嬉しそうにフィンに近づくとその存在を確かめるように頭を撫でる。


「ふふふ。貴方は自由でうらやましいわ」


 フィンは嫌がることもなくしばらく仁那のやりたいようにさせていた。



 ……


 ……


 次の日の朝、カーテンの隙間から入り込む明るさに晴天を確信した仁那がベッドから飛び降り、窓を開ける。昨日までの曇天とはうってかわり心地よい快晴に満足そうに微笑む。


「うーん。やっと洗濯物が干せるっ!」

「にゃあ」

「ん? フィンも晴れて嬉しい?」

「にゃあ」

「そうね。貴方は寝てばかりだから関係ないかな」


 いつも仁那の布団に入り込んでいるフィンは、仁那が掛布団を畳んでいるとさらにその中に入り込み、再び丸くなる。



 仁那は朝から洗濯をする。当然洗濯機など無いので手洗いになるのだが、晴れた空の下、家の裏庭に腰掛て洗濯を洗うのは気持ちがいい。鼻歌交じりに洗濯を終え、干していく。


 ようやく目を覚まし、裏口からアニーが顔を出す。


「おやまあ、朝からご機嫌だね」

「おはようございます。アニー」

「ああ、おはよう。ようやく晴れたか」

「はい。今日はお弁当を作ってちょっと出かけて来ても良いですか?」

「ん? テオかい? かまわんよ」

「アニーのお弁当も作っておきますから」

「はっはっは。今日は弓の練習はお休みかい?」

「うーん。ちょっと時間が無いので」

「そうかい。まあ、気をつけてな」

「はい」




 洗濯を終えると、仁那は弁当を作りそれをもって出かける。行き先は孤児院だ。


「テオ兄、朝からナヴァロさんのところへ行ったよ。剣とか持ってった」

「ナヴァロさんのところ? そっか……今日は剣のお稽古かあ」

「お姉ちゃんも行って来たら。テオ兄、ちゃんと練習してるか不安だからねえ」

「ははは、そうね、ちょっと顔だしてみようかな……」


 ナヴァロさんの所に行って二人だけでお弁当を食べるのは流石に気が遅れるが、テオがお腹いっぱい食べれるようにお弁当もかなり量はある。

 まあ良いかも知れない。と仁那はナヴァロの家に向かうことにした。



 ……


 ……



 ナヴァロの家では玄関の前に広がる庭で練習をしていると思っていたのだが人影は見えない。家の中にいるのだろうかと、仁那は玄関まで行く。

 突然押しかけるような形になり、少し緊張しながらナヴァロの家のドアをノックした。


 しかし応対したのはナヴァロだけだった。


「テオ? 来てないぞ?」

「え? でも孤児院で……」

「ここに来てると?」

「はい……」


 どういうことだろう。肩透かしを食らった仁那は困ったように村の方を振り向く。孤児院にもナヴァロの所にも居ないと成ると……狭い村では行く場所など限られている。


 ――まさか……でも、そんな事が……。


 ふと仁那の中に嫌な予感が持ち上がる。

 ナヴァロに別れを告げると、小走りに村の中に向かう。目当ては冒険者ギルドだ。


 ――何か仕事しているだけなら良いのだけど……。


 走りながらも仁那は、脳裏に浮かんだ事を必死で否定する。


 ――そんなの絶対ムリだからっ!

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