第7話 冒険者ギルドへ

「な、なんだ……?」


 遠巻きに無言でジッとこちらを見つめてくる視線に、たまらず二歩うしろへ下がる。その様子を見たソフィアが、遅れて思い出したかのように言った。


「……あ、すみません。伝え忘れてました」


「伝え忘れてた?」


「はい。マーリン様はご自身の容姿に関してはなにも知りませんか?」


「? どういう意味?」


 いまいち要領を得ない遠まわしな言い方に首を傾げる。するとソフィアは、自らの髪を指差してジェスチャーとともに説明してくれた。


「マーリン様の髪色は銀。そして瞳は金色です。この特徴は、昔この世界に降臨なさったという神さまと同じ特徴でして……だから、皆さんマーリン様が気になるのかと。私も最初さいしょ見た時はびっくりしました」


「…………」




 え、えぇええええ————!?




 辛うじて激情が口から漏れるのを防ぐことはできたが、内心でさまざまな疑問と複雑な感情が爆発する。


 僕の髪色と瞳が神さまと同じ特徴? それって……ぜったい確信犯だ……。


 ここにきてやはり僕を異世界に転生させたのが神様だとわかる。恐らく容姿を決める際に見慣れた? 自分の姿を参考にしたのだろう。そう考えれば状況ともに納得できる。納得できるが……えぇ……。


 受け入れられてもこの状況はどうしようもない。しかもこれからこの世界で暮らす以上、自分の容姿が面倒事の火種になりかねないことが確定した。どうにかしないと、外を歩くのも大変になる。


 なにか妙案はないものかと頭を悩ませていると、僕の苦悩を察してくれたのか、ソフィアが首の後ろをとんとん叩いた。


「ローブに付いてるフードを被ってください。それで髪色はだいぶ隠せると思います」


「——そ、そっか! ありがとうソフィア!」


 言われるがままに勢いよくフードを被る。視界がやや狭まり窮屈だが、おかげで周りからの視線が気にならなくなった。遠巻きに見ていた住民たちも、残念そうに瞳を伏せてからどこかへ流れていく。


 さすがに突撃してくることはなかったか……民度いいねこの世界。


 ひとまず危機? が去ったことに安堵する。隣でソフィアが申し訳なさそうに謝罪した。


「本当にすみませんでした……私がもっと早く教えていれば……」


「そんなことないよ。この顔は神さま……じゃなくて僕のせいだし、教えてくれるだけでもすごい助かった。重ね重ねありがとう、ソフィア」


 そう言うと、金色髪の少女は瞳を慌しく左右へ動かしてからまたこちらを見上げる。そして、最後に頬を朱色に染めて「えへへ……」と短く笑う。


 ちょう可愛い。


「それじゃあ、僕の問題も解決したことだし! ソフィアが摘んだ薬草を冒険者ギルドに届けようか」


「……え? そ、それくらいなら私ひとりでも……」


「ここまで来てなに言ってるんだい。ちょうどいいし、僕も冒険者登録しようかなって。一緒に行っちゃダメ?」


「うっ……だ、ダメじゃない……です」


 大の大人がやると非常に気持ち悪い泣き脅し……のようなもので、ソフィアはあっさりと陥落した。神さま補正が入ってたのかな? これはこれで便利だな……。


 頬を赤く染めたままのソフィアが、向かって左側の道へ進む。その背中を追いかけて、胸中ではそんな邪なことを考えていた。




 ▼




 舗装された石畳の上を歩く。人混みを西に抜けると、勾配の緩い坂へ向かって道が伸びていた。徐々に横を通りすぎる住民たちの雰囲気が変わっていく。やがて、坂の一番上に大きな建物が見えた。


 三階建ての建造物。圧倒的に見上げないと屋根は窺えず、その周辺にはいかつい男や屈強なおじさん、剣やら槍やら持った複数の集団がちらほらと確認できる。血気盛んそうな彼ら彼女らの表情を見れば、そこがどこなのかすぐにわかった。答え合わせのために呟く。


「あれが冒険者ギルドか」


 返事はすぐに前方から返ってきた。


「そのとおりです。この時間は町に戻る人が多いので、結構いますね。登録に時間がかかるかもしれません」


「それくらい構わないよ。明日でもいいんだけど、面倒事は手早く済ませるにかぎる」


「ふふ、たしかにそうですね」


 くすくすと笑ってソフィアは真っ直ぐに冒険者ギルドの入り口まで歩を進める。両開きの扉を手前にひいて、中から漏れだす騒音を無視して室内へと入った。僕も彼女のあとに続くと、鼻を突くほどのアルコールの臭いに顔をしかめる。


 見ると、冒険者ギルドの一階には酒場が設けられていた。だいたい左半分ほどを横長のテーブルや椅子が占領し、そこでガハガハと冒険者らしき男たちがコップを片手に騒いでいる。


 ここは飲み屋かよ! と突っ込みながらも冷静にソフィアの背中を追う。僕はまだ冒険者ですらないのだ、へたに喧嘩など売って出入り禁止になったらまずい。ソフィアにも呆れられる。


 相変わらず横からうるさい声を極力きょくりょく気にしないようにスルーして、右半分の受付の列へソフィアとともに並ぶ。


 タイミングがよかったのか、少しして列が流れて僕たちの番がやってくる。「先にどうぞ」とのことなので、ソフィアより一歩まえに出て受付の女性の正面に立つ。すると、笑顔が可愛らしい桃色髪の少女が優しい声で話しかけてきた。


「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「冒険者登録をお願いします」


 美少女を相手にどうにかつっかえず言い切った。


 不思議な満足感を抱く僕に、しかし受付の女性は無慈悲に言い放つ。




「冒険者登録ですね。ありがとうございます。ではこちらの紙に必要な個人情報を記入してください。あと、念のためフードをとって素顔を確認させてください。犯罪者の登録を防止する意味がありますのでご協力を」


「…………え?」

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