第3話 火曜日

火曜日


 死ぬ。冗談じゃなくて本当に死んでしまう。体中が痛くてたまらない。


 今日のバレーの朝練はストレッチとランニングからはじまり、腹筋腕立てスクワットと いった筋トレが主体だった。決して口には出さなかったけど「何で筋トレ?」と練習中ずっと疑問に思っていた。阿部さんに言わせると、


「あんたたちは基礎体力がないから、バレーの技術よりまずそれを身に着けさせる」


ということらしい。


「たかが一週間でそんなに体力がつくわけないだろ」とか反論したかったが、面倒なことは嫌なので、言われる通り筋トレをした。他の B チームメンバーもそう思っているらしく、 阿部さんの言うことを素直に聞いて、黙々とトレーニングを続けていた。


 そういうわけで私は、朝から筋肉痛で、死にそうになりながらなんとか授業を受けてい た。やっと今最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


 


 それと今日、ずっと気になっていることがある。奥城さんのことだ。

 

 今日一度も、彼女と話していない。昨日は結局あれ以上何も話さず、続きは明日と言う ことになった。朝練中はそんな暇無かったし。


「スポーツ大会中止作戦かあ」


 今までそんな妄想なら何度かしたことがあるけど、実際に行動に移したことはない、あ るはずがない。


「奥城さんも冗談をいってるってわけじゃなさそうだったなあ」


「わたし、してみたいです」と言った時の奥城さんの目は真剣だった。でも気持ちは分か らないでもない。自分も運動神経ゼロだから、スポーツ系イベントは大嫌いだからぶっ潰してやりたいという気持ちはある。


「でも実際にやるとなるとな」


 たぶん、無理だろうな。私みたいなただの高校生にできるわけがない。




「高橋さん」


 後ろから小声で私を呼んだのは奥城さんだった。


「ど、どうしたの奥城さん」


「あの、実は、作戦を考えてきたんですけど」


奥城さん、結構マジに考えてるんだな。


「なので、少し話をしたいんですが……」


奥城さんは周りをキョロキョロ見回す。流石に教室でそういう話はできないよね。


「じゃあ今日はうちに来る?」


 まあ、話を聞くだけならいいか。ついでにうちにも来てもらうことにしよう。


 バスに乗り、家に着いて、2階の私の部屋に入ると、早速奥城さんは、昨日考えてきたという作戦を話し始めた。


「まずはこれ見てください」


 奥城さんはパソコンで印刷した、1枚の紙を取り出した。図のようなものが書いてある。


「なにこれ」


「爆弾の設計図です」


「え、どうしたのこれ!」


「ネットで見つけました。これ、普通に買えるものできる簡単な爆弾らしいんです」


 こんなものがネットに転がってるなんて恐ろしい時代だ。


「例の爆弾魔みたいに、この爆弾を作って当日に爆発させればパニックになって中止にな りませんか?」


「確かにそうだ。けど……」


「けど?」


「まず、この爆弾、奥城さん作ったことある?」


「いえ、それはないですけど」


「それに、この設計図にのってる材料だけど、結構高いものもあるよ」


「そ、それは私の貯金で何とか」


「爆弾を作る技術を私達は持っていない。作ったとしても、本当にうまく爆発するのかの 実験が必須。そうすると複数作らないといけないし、時間もお金も全然足りないよ」


「うう、ごめんなさい」


 奥城さんは申し訳なさそうにうつむく。しまった、ずけずけと言いすぎた。また奥城さんが泣きそうだ。


「いや、ごめん。せっかく考えてきてくれたのに。あ、私お茶入れてくる。適当にくつろいでて」


 私は、逃げるように部屋を出て一階のキッチンへと向かった。 お茶の準備をしながら、私は爆弾のことを考えた。 なんだか、奥城さんの意見を否定してばっかりだったような。私が冗談半分で提案したスポーツ大会中止大作戦を真に受けて、色々と考えてくれたのに。でも、実際にやるとなると流石に無理か。



 ポットの電子音が鳴って、入れた水が沸いたことを知らせた。何かお茶菓子でもあった っけ。そう言えば、冷凍のたい焼きが冷蔵庫にあったような、奥城さんあんこ嫌いじゃな いといいけど。


「えーっと、たい焼き1個なら500Wで50秒、3個なら500Wで1分50秒。2個 だと何秒だろう。ま、適当でいいか」


 電子レンジの中で回るたい焼きを眺めながら、私はまた爆弾のことを考える。


「材料が安くて簡単に手に入るもので、手間なく楽に作れて、爆発音もある程度大きい爆 弾ってないかな」


 そんな都合のいいことを考えてみる。そんなものあるわけないのに。じゃあ、そんな爆弾があればスポーツ大会中止作戦を決行するのか、とも考えてみる。


「やってみたい」


  もちろん、そんな爆弾あるわけないのだけど、仮にあるとするならスポーツ大会当日に

爆発させて、全てをめちゃくちゃにしてやりたいという願望はあった。スポーツ大会や運 動会、昔から大嫌いだった。やりたくもないのに無理やりやらされた挙句、馬鹿にされる だけで、いいことはひとつもない。いつも中止になれと思っていた。雨が降ったり、体育 館が壊れたりすればいいといつも願っていた。


 さらに言えば、スポーツ大会に命を懸けているBチームキャプテン、阿部さんに一泡吹かせてやりたいという気持ちもあった。今日も散々私達をしごきやがって。あれだけ熱心にやってきて、大会当日に謎の爆発で大会が中止になったら阿部さんはどんな顔するだろうという意地の悪いことも考えてしまう。 そんな妄想をしているうちにたい焼きが出来上がっていた。


「たい焼き出来上がり。といっても温めただけだけど」


 後はお茶を入れて、あとお盆も用意しないと。


「あーあ、爆弾もこのたい焼きぐらい簡単にできたらいいのに。材料を電子レンジに入れ てスイッチ入れて待ったら出来上がり……」


 そんな独り言をつぶやいていると、頭の中で何かがピカッと光るような感覚がした。


「爆弾を、電子レンジで作る......」


あれ、もしかしたらできるんじゃないの、これ。


「できる、爆弾ができる。あれを使ったら」


 私はお茶の準備もそっちのけで、さっそく爆弾作成に取り掛かった。材料はすぐ見つか った。それを電子レンジに入れて、時間は長めにセットしてスイッチオンだ。電子レンジ 内部の温度がどんどん高くなる、くるくると材料が回る。オレンジ色の光に照らされたそれを緊張しながら見守る。


「もうすぐだ」


 ゆっくりくるくるそれは回る。私の心臓もバクバク鳴る。電子レンジのボタンを押してから約五十秒後、ついにソレは爆発した。予想していたよりもすごい音。私は耳をふさいでいたけど、それでも破裂音が頭にじんじん響いた。


 ドンドンと階段を急いで降りる音が聞こえた。たぶん音に驚いて、二階の私の部屋から 奥城さんが下りてきたのだろう。ドアを勢いよく開いた。


「高橋さん! 何があったんですか! 大丈夫ですか!」


 ハァハァと息を切らせてキッチンに入ってきた奥城さんに向かって、私は笑顔で報告する。


「爆弾の材料が見つかったよ」


「え?」


「これ」


 私はついさっき見つけた爆弾の材料を冷蔵庫から取り出して奥城さんに見せた。


「爆弾の材料って卵ですか!?」


「爆発卵って聞いたことない?」


「えーと確か、電子レンジであたためた、食べた瞬間爆発する卵ですよね」


 普通、生卵をそのまま電子レンジであたためると、内部の膨張に殻が耐えられなくなっ て破裂してしまう。破裂する直前のところで電子レンジから出すと、かじった瞬間爆発す

る卵が完成する、それが爆発卵。昔ネットの記事を見て、それを知った。


「まあ今回は初めてだったから、こうして電子レンジの中で爆発しちゃったけど何度か実 験すれば爆発卵ができる時間や温度も分かるだろうし、これ立派な爆弾になるんじゃない かな。すごい音だったでしょ?」


私は、卵でべちゃべちゃになった電子レンジの中を拭きながらながら得意げに続けた。


「当日にたまごを学校に持ち込んで、家庭科室の電子レンジであっためて、窓から地面に 向かって投げて爆発でみんな大パニック、という作戦はどう」


 レンジの中の掃除が終わって、奥城さんの方を向いた。彼女は何も言わない。あ、この 作戦あんまりよくなかったかな。


「ど、どうだろう」


 また、聞いてみた。ていうか爆弾の材料が卵って冷静に考えるとおかしいかな、いや冷 静に考えなくてもおかしい。ふざけてるって思われたのかな。しかし、奥城さんの反応は 予想と真逆だった。


「すごい!」


 あ、この作戦ありだったのか?


「すごい、すごいです。これなら私達でも簡単に作れるし、しかもお金もそんなにかかり ませんね」


「あ、ありがとう」


「食べ物を爆弾にするなんて発想、なかなかできませんよ」


「そ、それほどでも」


 普段あまり人から褒められることがないので、照れてしまった。なんだか恥ずかしい。


「でも、冷静に考えるとちょっと問題があります」


「え」


なんだろう。


「さっきの卵の爆発音。私が二階にいても聞こえるくらいの大きさはあったわけですけど」


「うん」


「もし、学校中をパニックにさせようと思うならもっと大きな爆発じゃないといけないと 思うんですよ」


「そうかな、結構な大きさの音だったけど」


「仮にここで爆発させたとして、近所の人が心配して見に来たり、警察を呼んだりするぐ らいの音を出さないと。この卵では威力不足です」


じゃあどうすればいいんだろう。


「それじゃあ、もっと大きい卵を用意するってこと?」


「いえ、電子レンジで作るという発想はいいんです。ただ卵にこだわる必要はないんです よ」


 奥城さんはケータイを取り出し、爆発卵について書かれたネット記事探して、私に見せ た。


「爆発卵は中身が膨張して殻を破って破裂する、というのが爆発の原理です。つまり卵じ ゃなくても皮と中身があれば爆発するんです。ほら、ここ読んでくださいソーセージや果物でも爆発することが有るって書いてありますよ。」


 そう語る奥城さんの口調は早口で、いつもの三倍くらい声の大きさがあった。


「一発でも大きな音を出せるような、そんな素材を探さなくちゃならないということか」


「そういう作戦がいいかと。爆弾卵を大量に作ってばらまくというのも作戦の一つですが、 それは予備案と言うことで。じゃあ、作戦開始ですね!」


「そうだね、やろう!」


 結構大変なことを軽く決めてしまった。もう、ノリと勢いだった。先生に見つかったら、親にばれたら、事故でも起こったらとかいう不安要素を置き去りにして、私たちの「スポーツ大会大爆破作戦」はスタートした。


「それでさっそくですが」


「うんうん」


「一度解散しませんか、もういい時間ですし」


「あ」


 そういえば奥城さんが家に来てからもうだいぶ時間がたっていた。もうそろそろ私の親 も帰ってくるし、一度解散したほうがいいかもしれない。


「明日、放課後材料探しだね」


「では放課後買いものですね」


「そうしようか。じゃあ、また明日ね」


「はい、また明日」


 奥城さんは帰って行った。


 キッチンに一人残された私は、食べ損ねていたたい焼きを掴んだ。ほったらかしにして いたせいで固くなっている。


「それにしても、とんでもないことになったな」


 確かにとんでもないことなんだけど、別に後悔もしていない。それどころかわくわくしている。


「とにかくやってみよう。後のことなんて知るもんか」


そう言って、私はたい焼きに噛り付く。冷えたたい焼きは不味かった。

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