第5話 悪魔族来りて、なんとやら

 黒い雲に覆われて、まったく星が見えませんが、村人たちは陽気でした。

 広場の炎はゆらめきながら辺りを照らして、みな至福の時間を過ごしました。



「――見つけたあぞぉっ! 小動物らめぇっ!!」


 宴もそろそろ終わりをむかえ、村人たちが片付けをし始めた頃合いで、闇夜の上空から怒鳴り声が響いてきました。やたらとデカい”バッサバッサ”という羽根の音も聞こえています。


 村人たちは、なにごとかと夜空を見上げ、その存在を確認すると悲鳴を上げて一目散に逃げ出しました。


 ウサは、まだ出された料理を食べ続けています。メェはその隣りで、鼻提灯をだして眠っていました。シルバートォクも地面に転がって、口を閉じ、すっかりと寝ています。


”もぐもぐもぐ”と、ウサはまわりの状況などおかまいなしに、料理を堪能しています。咀嚼するたびにゆれる長い耳がとてつもなく可愛いのですが、上空のは、ウサに無視されていることが気に入らないらしく、さらに苛立った様子です。


「やいっやいっやいっ! 黒うさぎぃっ! 闇夜で真っ暗けっけでどこにいるかもわからないような、そこの黒うさぎぃっ! ついでに寝てる白ヒツジぃっ!

 探したぜっ、探しまくったぜっ! おまえら絶対にゆるさねぇって、いっただろっがぁっ!!」


 蝙蝠の羽のような翼をバサバサさせて、とんがった二本角と鋭い牙をもった魔族が、黒光りする三つ矛を片手にウサのもとへと降りてきました。


 ウサは、まだ食べ続けています。

 メェは一向に起きません。シルバートォクも同じです。


「やいっ、黒うさぎっ! いつまで無視してんだよっ!」


 鼻輪をつけた魔族が、イラつきを抑えきれず、三つ矛の柄を地面に何回も叩きつけました。


 村長さんは大きな木の陰から、ウサたちに逃げるようにと合図を送っていますが、ウサは食べることに夢中で見ていません。

 メェは可愛らしく眠っています。鼻提灯がアクセサリーのようです。

 シルバートォクもまったく反応しません。さんざんメェにこき使われたのと、村人たちをおしゃべりで楽しませたとで、そうとう疲れてしまったようです。


「ちっ、小動物の分際で、生意気なっ! ぶっ飛ばしてやるっぜっ!!」


 三つ矛をかまえた魔族の大声に、食事中のウサはやっと気づいたのか、彼に向かって次のようにいいました。


「おまえ、うるさい。ウサ、食べてる。邪魔すると、痛い目みるぞ。

 あっちいけ。お願いします」


 ウサが、かわいらしく頭をさげると、長い耳が”ぴょこりん”とゆれ動きました。

 めちゃくちゃ可愛いです。


「ががっが! 獣のくせにっ俺様に命令しやがってっ!!

 こうしてやるっ!!!」


 魔族は持っていた三つ矛を振りまわして、ウサのテーブルの料理をすべて地面に落としました。皿が勢いよく割れる音で、ようやくメェは起きました。

 目を”むにゅむにゅ”とこするしぐさが、たまらなく可愛いです。

 シルバートォクは、まだ寝ています。


 ウサは、”ばっ”と勢いよく立ち上がりました。

 魔族は三つ矛をかまえて、いつでも飛びかかってきそうなウサに戦闘態勢です。

 ウサは脚を曲げると、一気に大きくジャンプしました。

 魔族はとっさに三つ矛でガードします。


「もったいない。ウサ、食べるし」


 ウサは地面に落ちたオークの肉を拾いながら、もぐもぐしはじめました。

 落ちたものでも、腹ペコのウサには関係ないようです。


「ウサ、はしたない。やめれ。メェ、そうゆうのばっちいと思う」


 メェはシルバートォクを拾って、呪文を唱えました。

 眠っていたシルバートォクは無理やり口を全開にされて、なにか文句を言っていますが、メェは無視しています。


 そしてメェの魔法がまき散った料理にかかると、それは光りに包まれ、やがてその光りは消えました。


「ウサ、料理がキレイになった。たんと食べろ。

 メェ、キレイ好き。これでウサばっちくない」


「ありがとう、メェ。ウサ、すべてちゃんと食べる」


 ウサは落ちている料理を、ふたたびもぐもぐと食べはじめました。

 メェはそれに満足したようで、シルバートォクを抱きかかえたまま、また眠ってしまいました。シルバートォクは、いまだ文句を言っています。


「ば、ばかかっ!! その料理落ちたままだしっ! じかに地面にあるままだしっ、なんだったらずっとっ底はばっちぃっままだしっ!!」


 魔族は、ウサを指さして、狂ったようにわめきだしました。

 ウサは、少し顔を上げて、ジト目で魔族をちら見しました。


「うるさい、だまれ。ウサ、メェのおかげで、また食事楽しんでいる。

 さわぐな。お願いします」


 ウサは青い瞳のジト目をぱちくりさせると、魔族におじぎをしました。

 長い耳が踊っているかのように上下にゆれて、最強に可愛いです。

 魔族は開いた口がふさがらない様子で、目を丸くしています。


「…さ、さすが…そこらの小動物なだけはあるな。まったくもって野蛮もいいとこだ。どおりでうちの畑を平気で荒らすわけだな。


 こんなやつら野放しにしておくとろくなことがない。退治してやるっ」


 魔族は地面に落ちた料理を食べ続けるウサの前までやってきて、足で料理に砂をかけると、憎々し気にそのまま踏みつけました。


 そして魔族は三つ矛の先をウサの鼻先に向け、睨みながら、「クズがっ」とウサを見下しました。


 ウサはぶつぶつとつぶやいて、向けられた矛先を払うと、そのまま勢いよく高く宙へと飛び跳ねました。


 広場の中央の炎はそろそろ終わりそうです。だいぶ明かりがおちてきました。

 村人たちは家の窓や、木の陰から、ふたりの様子を遠巻きにうかがっています。


”さっ”と、ウサが手を伸ばすと、愛用の大鎌杖がウサの手元に現れました。


 ウサは空中で柄にしまっていた刃をだして、杖を三日月刃の大鎌に変形させました。


「ブラッククレセント、ウサが約束する。あいつ、ぶっとばすっ」


 ウサは急降下しながら体を大きくそらし、ブラッククレセントを振りかざしました。


 意表を突かれた魔族は、びっくり顔で夜空を見上げています。

 厚い黒雲が晴れて、大きな月が出ました。

 

 その光景を家の窓から見ていたミミは、”昔読んでもらった絵本みたい”と、思いました。それは月の中で黒いウサギがおもちつきをしているお話です。


「…あぁすごくキレイ」


 ミミは、ウサのシルエットがとても美しいと感じました。

 それは、村人たち全員が思ったようで、みな空中のウサに釘付けです。


 ただひとり、魔族の彼は呆気にとられたままでした。


 

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