Code5「メタトロン」

「それで? 今回、君らは戦争に加担することになってしまった訳だが?」

「申し訳ありません。エイグル代表」

 厳しい形相をする中年男性、彼はエイグル・バーナビー。

『砂鴉』の元請をする『ツドリギ』の代表である。

 葉巻に火を付け、咥えて革製のチェアに腰掛ける。

「金も権力もねぇお前らが事業を続けられるように支援してやってるってのになんでそういうことに加担しちまうかねぇ……」

 そうエイグル代表は、腕組みをして私を睨む。

「申し訳ありません……」

「まぁ、謝ることはない。それで君らの戦いはどんな開幕だったんだ?」

 コトネは唇を強く噛み、話し出した。


「ユキ、上方に敵!」

 通信機からのコトネの声で攻撃を躱す。

 砂煙の隙間から鋼鉄の鎧に包んだ駆体が覗かせる。

「またか!」

 距離をとって体勢を整えようと試みる。

 しかし、細く長いレイピアが砂煙を貫いて私に迫る。

 反射的に回避するが、顔の右側に掠める。

 ポタポタと赤黒い液が落ちる。

「コトネ、この前のやつ」

 私がいつもように語りかけるが、返事がない。

 右耳辺りが異様に生暖かい。

 その感覚で全てを悟った。

 六眼の仮面を有するそれは、胸元に「METATRON」と刻印されている。

「コトネ!! コトネ!! 聞いているのか?」

 私は生暖かい液が落ちる右耳に触れて怒鳴る。

 そんな事をしているうちに間合いを詰められ、槍で腹を貫かれる。

 それに対し、反射的に背後に退がり、距離を取るが、槍を見ると黒い管が伸びている。

 それを目で追うと、メタトロンに繋がる。

 急いで槍を抜こうとするが、メタトロンは腕を縮めて私を引っ張る。

 私は勢いに身を任せてメタトロンの方へ急接近する。

 目前に迫った瞬間、メイスを造り出し頭部装甲に一撃加える。

 次の瞬間、5つの腕が現れ、私の行動を完全に抑制しながら地に叩きつけた。


「おかしいな、私はこんなところで終わるのか?」心の中で自問自答する。

 既に血飛沫で辺りの砂は、ドロのように固まる。

 落ちた血が身体や顔からたらたらと垂れる。

 その時、コトネの声が聞こえた気がした。

 瞬間、私はメタトロンに飛びつく。

 無我夢中で装甲を剥がし、砕き、喰らった。

 手も顔も脚も瞳も全てが血に染まった。

 装甲を脱がし終わり、肌色の肉が現れる。

 それに歯を突き立てると、これまで味わったことのないような味覚に興奮し絶頂する。

 ユキが夢中にメタトロンの腑を喰らう度、その無数の腕が痙攣を起こしてピクピクと跳ねる。

 ユキは、夢中に貪る。

 その時、メタトロンの腕の一本が槍を持ってユキの心臓を貫いた。

 一瞬、ユキの動きが止まったが、心臓部から長く太い2本の腕が生え、槍を更に奥に押し込む。

 もちろん槍はメタトロンをも貫いた。

 4本の腕でメタトロンを拘束し、再び腑に喰らいつく。


 血肉が飛散した砂漠で私は、メタトロンの仮面の外れた首を握る。

 はじめは硬かったが、ゴキっという快感的な音と共に軽く体から離れた。

 ふと側に落ちている肉に気づく。

 一瞬でそれが自分の右耳だと分かる。

 通信機を左耳に付け直してコトネに通信を送る。

「コトネ……?」

「ユキ!」

 コトネは、怯えたような声で通信に出る。

「どう、したの? あへ? あぁ、ちょっと待って。ぺっ」

 歯に挟まった骨のカケラを吐き出し、指で筋を抜く。

「ごめん。食べたものが口の中にあった」

「そう……」

「それでどうしたの?」

「いや、なんとなく分かってたから……。なんでもない」

「そっか。じゃあ、そろそろ戻るね。今回は報酬沢山貰えるし、これで少し生活が楽になるね」

「そう……だね」

「じゃあ回収ポイントに向かうね」

 そう言って通信を切った。

「コトネ、とっても喜んでたなぁ」



 夕立路地の裏。

 肉を喰らう獣を見る私は双眸に恐怖を浮かべる。

「どう、したの? ぺっ」

 口の中を指でグリグリといじるユキを見て何か絞り出そうと頭の回転数をあげる。

 その結果辿り着いたのは、無理矢理な笑顔と「これで報酬が貰えるし、嬉しいなぁ」そんな思ってもない言葉だった。

「そっか。そうなんだ。私が目標を殺せば、コトネは嬉しいんだ」

「そう、だね」

(そんなのウソ。私の見てないところでユキはこんな事をしてしまっているのかと思うと、親友として止めたい)

 ユキは、私を横切って言う。

「ねぇ、次は何を壊せばいい?」

 その言葉に私は恐怖した表情で振り返る。

「待って」小声に言う。

「次は」ユキが二言目を言うことに私の言葉は届いていないのだと分かる。

「誰を殺せばいい? 何人?」

 その言葉に言おうとした私の言葉をゴクっと留める。

「まだまだ、沢山」

 私は涙を浮かべながらに続ける。

「私達の幸せの為には、まだまだ必要」

 そう言うと、ユキは私に振り向く。

 その表情は悦に達したような艶な表情をしていた。

 そのまま私の背中に腕を回し、肩に顎を乗せて耳元で囁いく。

「そうだね。私もコトネともっと一緒にいたいな。もっとコトネとこうしていたいな」

 私の心臓は、鼓動を跳ね上げる。

 彼女の冷たい囁きに私は蛇に睨まれたカエルのように凍り付く。

「だからさ。私達の幸せの為にさ。全部壊してやろうよ。コトネが指示して私はコトネがしてほしいように全部を壊すからさ」

 そうだった。

 きっと私が指示して彼女はいつも殺してきたのだと。

「ねぇ、コトネ」

 ユキが私の顔を優しく両手で包む。

「好き」

 その言葉と共に私の唇は、奪われた。

 血生臭いファーストキスは、それでもとても甘かった。



 砂漠に打ち捨てられた甲冑傭兵エンド・コマンドの肉片から名刺が見つかる。

「そんな……レミエルさんに続いてメタトロンさんまで……」

「こんな残忍な……」

「ウル、ナキ」

 ミカが呼ぶ。

「殺してやろう。コイツらを」

 名刺には大樹のロゴと鴉のロゴが入っている。

「とりあえず、報酬は送るとするか」

 GPSの情報を見てミカは、1人呟いた。


『今回の任務達成ありがとうございました。この偵察のGPS情報から必ず見つけます。またお世話になると思いますのでこれからもよろしくお願いします。』

「だってさ〜。ユキ。こんな風に報酬と一緒にお便りを貰うのは初めてで新鮮だね」

「そうね」

 今日もユキは、ガトーショコラをフォークで切り崩して口に運ぶ。

「この前の鎧のやつ美味しかったなぁ」小声で呟くユキ。

「この前のケーキ屋のこと?」私は咄嗟に話を逸らす。

「ん? あ〜確かにあのケーキ美味しかった」

「じゃあ、また食べに行こうね」

 私がテーブルの上に載っているユキの手に自分の手を重ねる。

 すると、私の手をユキは、握り直す。

 この動きにはもう慣れている。

 彼女がしたいように私は身を任せた。

「今度は、甘くて美味しかった?」

「うん、とっても甘くて美味しかった」

「そっか良かった」


「半分くらい惚気話だった気がするが、それでこの戦争が始まったのか」

「恐らくですが」

「もうオオワシ、ハクチョウの2機の衝突は避けられない。どうする?」

「ユキは、全面戦争をすると言ってました」

「そうか」

 エイグルさんは、テレビを点ける。

 その画面には、戦争で戦うものの宣誓が行われている。

 1人また1人と宣誓したのち、1人見覚えのある影が現れる。

『私は、私達の幸せを邪魔するもの全てと命を賭け、血で血を洗う戦いをします。ここに私は宣言するハクチョウに乗る全ての命を奪い去り、その首をこの舞台に持ち帰ると』

 そう言って、ユキは台上を降りた。

「戦争のはじまりだな」

「私は、どうしたら……」

「もう戦うしかないよ」

 振り返ると、ユキがいた。

「ね、おじさん」

「そうだな」

 そう吐いたユキは、遠い存在になったような気がした。

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