懐柔

古本屋では

焼けた紙の色と

ほぐれたスピンで

罠が作られる

サラリーマンはそれを掻い潜れずに

引っかかってしまって

干した

洗濯物みたい

隙間を進む風は

生き物として

壊れた虫籠の中に住んでいる

多弁な匂いに背筋を撫でられて

たくさんの雑草を

踏み荒らしながらここへ来たことを

頻繁に思い出す

かかとで踏んで

つま先で跳ねる

距離はそうした動作で織られて

奥行を伸ばしていき

私はそれを追う

その方が人間は迷いやすいと

知っている人が

ここを作った

ようだった

よく反射する影の詰まった

床の角で

帰り道がわからなくなった人間が

うずくまる

剥がれにくくなっていく

集合写真に

足跡を捩じ込んで

自分のものにしたかった

知らない人間の笑顔なんてねちっこい

入浴剤みたいに

溶けてしまえばいいのに

写真集に閉じ込められた

花の彩度が

保存された順番に濁っていく

自分でも理解できない苦しみが

栞を伝って落ちてくる

受け止めるとき

景色を凍らせて

柔らかな癇癪で包み

誰にも見つからないように育てて

宝石みたいにできた人だけが

嬉しそうにレジへ向かっていく

なるべく誰かに邪魔をされたい

恋をしたら必ずそうやって

現在地を確かめるんだと

値札は言っていた

私は焦ってしまって

誰かが作ったページの折り目に

すでに懐柔されていた

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