第6話 では!役所へGO!

「あー……早かったなぁ……終わるの……」


 夕暮れに、薄闇がかかり始め茜と紺が混じり合う。

 ぎりぎりと締め付けられそうな独特な色合いは、まるで今のあたしの心境を表しているかのようだ。


 走って走って、そうして辿り着いたのは、何処ともわからない場所の廃れた公園だった。


 ブランコも鉄棒も、錆だらけだから手入れされていないのは間違いないだろう。雑草すごいし、滑り台もペンキが剥がれまくってるし。


 ブランコの腰掛け部分は、かなり朽ちかけていたけれど、かまわず座り込む。

 たぶん、スカートに剥がれた木片がくっつくだろうけど気にしない。


 ……結婚して三ヶ月。

 まあよくあるっちゃよくある話だよね。今時は。

 

 元々が電撃スピード婚だったし。

 別れるのも電撃スピードってのは、ちょっと勘弁して欲しかったけど。


 ギィ、と耳障りな音を立てるブランコの鎖をぐっと握りしめながら、内心でそう自嘲した。

 ここまで落ち込んでしまうと、たぶんまた『彼ら』を惹き付けてしまうかもしれない。

 だけど、今は正直構っていられなかった。


 短かろうが何だろうが、好きだった……いや、悲しいことに今も好きだから仕方ない。

 惚れた弱みって言うもんね。

 あんだけ綺麗な人だもの。祥太郎さんがあたしに嫌気が差すのもわかる。


 まあ、せめてちゃんと別れてからにして欲しかったけど……。


 ずず、と鼻水を啜った途端、顔の横に慣れた気配がふわりと漂うのを感じた。


 あー…寄ってきちゃったか。

 今のあたし結構凹んでるからなぁ……。


 いつの間にか自分の周りをふわふわと囲んでいた黒い靄を視界に移すと、彼らは喜ぶみたいにしてあたしの身体にそっと触れてきた。

 

 それを、壊さないように優しく押し離す。


「ごめんねー……凹んでるけど、君達の側には行ってあげられないんだ」


 物心ついた時から見えていた「彼ら」は、あたしにとっては最早慣れ親しんだ存在だけど、他の―――普通の人達には、そうじゃない。


 彼らの事を、幽霊だとか、妖怪だとか、色々と呼んだりするみたいだけど、私が知っているのはもっと違う名称だった。


 母方の祖母から教わった、彼らの存在を差す名前。


 それは「化生(けしょう)」という。


 今あたしの横でふわふわ飛んでいる黒い靄のようなのもいれば、はっきりとした生き物の形を持っているものまで、その種類は様々らしい。


 あたし自身、物心ついた頃から獣の様なものや、テレビに出てくるみたいな妖怪の形をとったものなど、色々なのを見てきた。


 見えない人間には、人生においてさほど影響は無いのかも知れない。たとえあったとしても、知らず過ごしていることだろう。


 彼らは人間に害を加える事もあれば、手助けをする事もある。

 

 人と同じで、良いものも悪いものもいるのだ。

 そして、その善し悪しを決めるのは、やっぱり人間の心だったりする。

 健康で誠実な心を持つ人には良き化生が、歪曲した悪しき心を持つ人には悪い化生が、それぞれ寄りつき影響を及ぼす。


 自我を持っている化生は自ら人間に関わろうとするものは少ないみたいだけど、意思を持たないこの黒い靄みたいな子達は、大抵がそうやって人の心に引っ張られる事によって力を発揮するらしい。


 人生を良くするも悪くするも、心持ち次第というのは、恐らく真理なんだろう。


 今現在、黒い靄達を引き寄せているあたしの心が良いか悪いかは……まあ考えなくともわかるというものである。


「君たちを寄せている場合じゃ無いねっ。とにもかくにも! こうなったらちゃんと整理しないと! 何といってもまずは離婚届! 立つ鳥後を濁さず!あの綺麗なお姉さんの為にも、ちゃんと祥太郎さんとはバイバイせねばっ!」


 ふわりふわり、と顔の横で漂っている黒い靄達を振り払うように、あたしはブランコから立ち上がり、その足で再び駆け出した。


 まさか、こんな知識が役に立つ日がくるなんて。

 昔友達が離婚した時に、延々話を聞いておいてホントに良かった。


 今は再婚して幸せに暮らしている友達に、心の中でぐっじょぶポーズを送る。


 『時間外でも離婚届は貰える』なんて、調べなきゃわかんない事だもんね。


 がむしゃらに走ったせいでちょっとだけ迷ったけれど、あたしはなんとか大通りまで辿り着き、その足で区役所へと向かった。


 用紙を祥太郎さんに渡したら、次は住む場所を探さないとな、なんて事を考えながら。


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