勘違いと一つの提案

「いきなり現れたと思ったら、部屋を明け渡せなんてどういう了見だ?」


 先ほどみさおに見せていた顔はどこへ行ったのやら、直美なおみ兎羽とわに近付くと、その恵まれた体格を使って彼女を見下ろした。


 見るからに不機嫌な表情でにらみを利かせる直美の顔は、それだけで相手を震えあがらせるだけの迫力がある。実際に夜見よみはとっくの昔に戦意を喪失し、間に立つ兎羽がいなければ逃げ出していただろう。


 だが、そんな顔に至近距離からにらみつけられようと、兎羽は表情一つ崩さなかった。


「あっ、すみません! 説明不足でしたよね! 影山かげやま先生から、この部活は部員数も少なく、活動も小規模だとお聞きしました。そのため、私達が憑機ひょうき部を設立するためのスペースを分けてもらえないか、相談に来たんです!」


「んだと?」


 明るい表情で、はきはきと了見を言い切る兎羽。その態度に、思わず直美も困惑してしまう。


 目の前の後輩が言ったことは理解出来る。実際、直美の発病後の憑闘ひょうとう部は、散発的な練習とリハビリ目的のダイブくらいしか活動していない。そんな場所に二人ほど部室に居座る人間が増えた所で、窮屈に感じることは無いだろう。


 しかし、それを考慮に入れたとしても、悪名が響き渡りつつある自分が半分占拠している憑闘部に、わざわざ持ち掛ける提案なのかと直美は思ったのだ。


 闘病生活が始まってからの直美の評判は最悪だった。遊び半分で部活動を行っている者に喧嘩を売る、身体の調子によっては丸一日学校を休む。


 これでも退学になっていないのは、今まで積み上げた功績のおかげだ。プロ入り確実と言われたその才能。下手に学校側から排除に動いてしまえば、叢雲むらくも学園は才能が枯れた人間は、平気で切り捨てると噂が立ちかねない。


 そのため致命的な問題行動を起こすまでは、学園側も見捨てない。けれども安易な助け舟も出さない。いわば腫れもの扱いだったはずなのだ。


 だというのに、今回学園側は希望に満ちた新入生を、あえて自分の下に送り込んできた。おまけに提案者は、最近めっきり顔を見なくなった憑闘部顧問の影山だ。


 (この新入生をスケープゴートに、私に喧嘩を売りやがったか)


 そうなると考えられるのは直美に首輪を付けようとしている可能性だ。彼女が今まで横暴な振る舞いを出来たのは、もちろん病気の発症による憐みもあるが、一番はそれでも強かったからだ。


 優秀だから教師陣も文句が付けられない。勝てないから負けた生徒達も黙って歯を食いしばるしかない。直美の横暴は、常に勝利によって支えられてきたのだ。


 (ってことは、こいつはそんだけ優秀ってことか?)


 直美の推測が正しいのであれば、目の前の彼女は学園側の尖兵。この場限りの全権代理だ。


 彼女を疎ましく思っている学園側であるが、同時にその強さも重々に承知している。そんな中で、今更中途半端な才能を直美にぶつけてきたりはしないだろう。もしぶつけてくるのなら、その相手は綺羅星の如く輝く、本物の才能を持っているということ。


 (おもしれぇ!)


 直美の目が、獲物を見つけた肉食獣のように輝く。


 彼女がこの部室で腐っていたのは、大きく分けて二つの理由があった。


 一つはもちろん病気のため。そしてもう一つは、ライバルを失ったためだ。今の自分に、かつてのライバル達と同じ舞台に立つだけの力は無い。かといって、難癖を付けて喧嘩をした相手には、これっぽっちも実力は感じられなかった。


 だが、目の前の相手は学園のお墨付きだ。久しぶりに負けを想起させる相手だ。くすぶっていた心のエンジンに、炎が灯っていくのを感じる。


「……なるほどな。今の学園に、新しくダイブ系の部活を開くだけの空き教室はねぇ。それで部室を分けて欲しいってことか」


「はい! そうなんです! 私はどうしてもこの学校で、リンドブルムを走らせたいんです!」


 真偽は定かではないし、学園側の思惑を知った上で語っているかは分からないが、兎羽の声には願いを実現したいという力が籠っていた。純粋な瞳。かつての自分が重なった。


「可愛い後輩の頼みだ。こっちとしても叶えてやりてぇとは思う」


「本当ですか!」

 

「だけどなぁ。私は昔から馴れ合いって奴が嫌いでよぉ。実力も足りない奴らが、キャッキャウフフで時間や備品を消費していくのが耐えられねぇんだ」


「えぇっと、どういう」


「入学早々、新部設立を目指すくらいだ。操縦に相当自信があるんだろ? なら、せっかくだからゲームをしようじゃねぇか。この部室の使用権をかけたゲームをよ!」


 自分の提案に少々面を食らっていたようだが、すぐに目の前の少女は笑顔を作った。自分の負けを微塵も疑っていない、攻撃性を秘めた笑顔に。


 直美は相手が実力者であると確信した。

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