突っぱねられた創設申請

「え、えっと……香月かづき、さん?」


「あっ、読み方は香月かがちだよ。それに同級生なんだから兎羽とわでいいって! それでさ。夜見よみちゃんが見てるのって、昨日行われたリンドブルムのプロ試合だよね?」


「な、名前呼び…… そ、そうだけど……」


 (距離の詰め方えぐっ!)


 予想だにしていなかった事態に、夜見は必死に頭を回転させる。なぜ話しかけられたのか、そもそもなぜ彼女に目を付けられたのかを。


 (なんで? 自己紹介も当たり障りのない内容で誤魔化した私に、どうして話しかけてくる? そもそも目を付けられるような接点なんて…… あっ……)


 そこでようやく思い至った。兎羽と名乗った少女の名字は香月、自身の名字は棋将。席順が五十音順であるのなら、席が前後で合わさることは何らおかしくないということを。


 おまけに、やっとのことで思い出したことがある。ぼけ~っと何一つ頭を回さず、全てを聞き流したクラスメイト達の自己紹介。


 必死に記憶を絞り出すと、自分の前に自己紹介を行った人物が、随分と熱心にリンドブルムについて語っていたこと光景が発掘された。


 自分は今、そんなリンドブルム大好き少女の目の前で、くだんの動画を開いてしまったのだ。


 その結果がこれだ。他人に対する極端な無頓着。そのせいで夜見は入学早々、彼女の理念の真逆を行くような、とんでもない地雷を踏み抜いてしまったのだ。


「わざわざ学校で開いたってことは、夜見ちゃんもリンドブルム好きなんだよね?」


「え、えっと、嫌いじゃ、無いかな……」


 大概こういった一つの趣味に熱心なタイプは、最初にきっぱりと好きでは無いと答えることが重要だ。普段の冷静な夜見であればそうしていたし、今後兎羽の前でリンドブルムの動画は開かぬよう徹底したことだろう。


 しかし、今の彼女は冷静さを欠いていた。入学早々下手な確執を作るのは良くないと、玉虫色の答えを選んでしまった。


 兎羽の瞳が輝いた。


 (あっ、やらかした)


 そう思っても、もう遅い。


「ほんと!? 良かったぁ~。これで最低限、部活は始められるよ!」


「えっ、ちょ、何のはな_」


「そうと決まれば善は急げ! 先生に部活の申請を出してこないとね!」


 兎羽の両手で、夜見の手ががっしりと握られた。


「ひぇっ」


 そのまま引っ張られるように、教室から連れ出される。未だに目的は分からない。けれど、目的地だけははっきりとしていた。


 (何々この子!? 今まで見た誰よりも、強引が過ぎっ…… あれっ?)


 勢いよく職員室に連れ込まれる最中、夜見は自分の手をがっしりと握る兎羽の手が、微かに震えたように感じた。



「言い出しっぺは俺だが、まさか本当に、入学初日で質問に来る奴がいるとは思わなかったぞ」


 呆れたような表情を浮かべつつ、影山かげやまは兎羽から受け取った部活設立願いと書かれた紙を、しげしげと眺める。


「それで、どうですか先生。出来れば今日から活動を始めたいんですが」


「……駄目に決まっているだろう」


「どうしてですか!? こうして部員もしっかり集まっていますよ!」


 取りつく島を感じさせない影山の宣言に、抗議の声を上げる兎羽。その隣でただ成り行きに任せるままだった夜見は、ようやく兎羽の目的が、リンドブルムレースを行う部活の設立だということを知った。


「部員しか集まってないの間違いだろう? 部室、顧問、それに大前提である、大会出場用の機体はどうするつもりだ? 作ったばかりの部活に配られる金なんぞたかが知れてるんだぞ?」


 (ど正論。百パーセント影山先生が正しい)


 兎羽の目的を知った夜見。だが同時に、それを実現するのは途方も無く難しいことも分かっていた。


 県立叢雲むらくも学園で部活を設立するために必要なのは、部員と部室、そして顧問だ。


 部員については兎羽と影山の言う通り。彼女と夜見がいれば最低条件を満たすことが出来る。だが部室と顧問については、生徒の努力だけではどうにもならない。


 まず部室だが、兎羽が設立を目指すリンドブルム部、通称憑機ひょうき部は、とにかくスペースを取る部活だ。機体そのものはもちろん、意識を移すためのダイブ装置、メンテナンス用の工具一式と、これだけで普通の教室であれば機械で埋め尽くされてしまう。


 そうなると運動部用の機材保管庫や、同じロボット関連の部活からスペースを融通して貰わなければいけなくなるが、自分達の活動スペースを削ってまで部室を提供してくれる博愛精神を、まだまだ子供である高校生達に求めるのは酷だろう。


 次に顧問であるが、これまた厳しい。叢雲学園はスポーツ科こそ無いが、部活にはそれなりに力を入れている。


 つまり、全ての教師が何らかの顧問として、すでに在籍しているのだ。そもそも部活の顧問とは時間外労働のボランティア。一つだけでも多大な負担がかかるお仕事だ。それを二つに増やしてほしいと頼んだところで、やんわりと断られるのが落ちだろう。


 最後に機体。これが一番の問題と言える。


 単純な話として、リンドブルムは多くのセンサー類を搭載した、高性能ロボットである。いくら全自動AIが仕事の多くに実装された現代と言えど、おいそれと購入出来るような物では無い。


 生徒の成長を第一に掲げる学校といえど、一々買い与えていては破産してしまうような値段なのだ。


 これら三つの問題を考えれば、影山が兎羽の申請を一息に切り捨てたことには納得がいく。むしろ説教を始めず、淡々と事実のみを語ってくれた彼の態度は、優しいとすら言えた。


 (まぁ、これだけ言われればこの子も折れるっしょ。一時はどうなることかと思ったけど、帰りの時間までの良い暇潰しにはなったかな~)


 生徒だけでは解決出来ない問題が、これだけ山積みなのだ。いくらリンドブルムが大好きと全身で表現している兎羽でもあきらめるだろうと、夜見はすでに帰った後の暇潰しについて考え始めていた。


 だが、彼女の考えは甘かった。いや、入学早々部活の創部申請を行うような人間の精神力を舐めていたのだ。


「機体は自前の物があります。顧問の先生も心当たりがあります……」


 そう言って兎羽は影山を見つめる。見つめられた彼は何か思うところがあるのか、兎羽の態度に目を細めた。


「そう考えれば後の問題は部室だけ。どこかの部のスペースを、ほんの少し借りられるだけでいいんです。その申請書は、もう少しだけ持っていてください」


 兎羽は言いたいことは言い切ったとばかりに、夜見の手を握りながらクルリと方向転換すると、職員室を後にしようとする。


「どこに行くつもりだ?」


「決まっています。今からこの学校の部活全部に、部室を分けて貰えないか二人でお願いに行くんです!」


「……まさか私も!?」


「二人でお願いに周った方が早く済むし、それだけ憑機部を早く設立出来るよ?」


「いや、私はそこまで…… でも、ここで断るとクラスでの心証が…… あぁ~、しまったぁ~……」


 夜見はこの時ようやく、自分がとんでもない泥船に乗せられていることに気が付いた。


 しかもこの船は、学校という多くの衆目がある泥船。浸水してくる水を掻きだす作業から我先に逃げ出しなどすれば、たちまち非難の的になる。


 クラス内で兎羽の質問に了承したその時から、残された選択肢は兎羽と運命を共にするか、憑機部設立というゴールまで泳ぎきる選択の二つしか残されていなかったのである。


「というわけで先生、部室を確保してからもう一度お願いに来ます!」


 うんうんと言葉にならない唸り声を上げる夜見には気付きもせず、行動力の塊である兎羽は彼女の手を引き職員室を去ろうとした。


「……待て」


 しかし、そこで影山から待ったがかかる。


「何ですか?」


「入学早々部室を分けてくれなんて、図々しいにもほどがある。全校生徒から反感を買ってしまったら、お前達の今後の学校生活に響いてくるだろう」


 (ナイス! とってもナイスな宣言だよ影山先生! その調子でこの全力ガールに急ブレーキを_)


 影山の制止の言葉に、夜見は期待の眼差しを向ける。この時ばかりは、教師の強権を発動してくれと願ってすらいた。だが、続く彼の言葉は、期待したものとは違っていた。


「……周るなら半ば廃部状態の部活からにしろ。そうすれば、恨まれこそすれ少人数。場合によってはスペースを譲ってくれるかもしれん」


「先生!」


 (違う、違うよ! そういうことじゃないんだよー!)


 協力的な姿勢を見せてくれたことに対する、二人の反応は対照的。方や振り返り様に目を輝かせ、方や頭を抱えながら身もだえていた。


「別棟一階のアイアンボクシング部、通称憑闘ひょうとう部は、部員も二人で活動も休止中だ。もし部屋を譲って貰えれば、ダイブ装置等の機材もそのまま転用出来る」


「分かりました! まずはそこから周ってみます!」


 (あぁ……仕方ない。こうなったら少しでも早く交渉が終わるように、この一回目で成功を……)


 息巻く兎羽と悲壮な覚悟を決めた夜見。ここでも二人の態度は対照的だったが、部室を得るという目的意識だけは不思議と統一されていた。


「……あぁ、言い忘れていたが」


「どうしたんですか?」


「憑闘部部長の闇堂あんどうは、他校の生徒や別部とのいさかいなどと話題に事欠かない問題児だ。目を付けられないように注意するんだぞ」


「分かりました! 仲良くなれるように努力します!」


 (言うのが遅いよ~! これから目を付けられるようなことをするってのに~!)


 押し寄せる不安に、またも夜見は頭を抱えるのだった。

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