最終ステージ 『コロシアイ』

▼▼ 回想:Y.K.(17歳)の恩人 ▲▲

 私、黒川ゆめには依存の血が流れている。

 父と母、二人を見れば明らかだった。

 私の家庭は崩壊している。発端はいつからだろう。私が高校に入学した頃からだろうか。

 きっかけは母の不倫だった。父が、母と知らない男がホテルへと向かう姿を偶然目撃したらしく、ある日問い詰めた。

 否定した母だったが、父に証拠の写真を突きつけられると、あっさりと認めた。

 私の母は、隠れて複数の年下男性と交際をしていた。若い男への依存体質。家庭を築いてからも性の欲求が収まらないようで、年の割に見た目が若いことから、何度も年下の男を渡り歩いていた。

 それから父は嫌気が差し、狂い、やがて酒に溺れるように。そしてそのままアルコール依存症になり、私が高校三年生になった頃からは毎晩言い合いが絶えなくなった。

 酒と性に底なしに、のめり込む両親。どちらも依存症。

 もう、こんな家……居たくない。

 そう思った。

 私は数枚の私服をカバンに詰め、学校へ行く振りをして家を飛び出した。案の定、父と母からは心配の連絡など無かった。

 高校生の所持金なんて、たかが知れてる。私はネットカフェに潜伏するも、すぐに底を付いた。藁をも掴む思いで、ネットサーフィンに明け暮れる日々。


 そんな中、始めたのが「パパ活」だった。

 なんてことない。母と変わらないと思った。形は違えど、私も若さと性を使って男性に会っていた。

 無情にも母譲りの容姿が功を奏し、私は「ゆめみる」の源氏名で、サイト内で多くのアクセスと予約を集めた。

 コミュニケーションは得意でなく、口下手。性格も暗い。けれどそんなダウナーな一面がかえって良く映ったのか、従順に感じられたのか、オジサンたちには割と好かれた。

 私が心掛けたことはただ、相手に合わせ、頼り切ること。

 そう、まさに依存。

 幸か不幸か。受け継いだ依存気質は、私にお金を引き寄せてくれた。


 だがある日。パパ活の客で、強引な男性とバッティングしてしまう。

 彼は鼻息を荒立て、無理やり私をホテルへと連れて行こうとした。力ない私は必死に抵抗するも、声が出せなかった。

 恐い……初めての恐怖だった。

「お巡りさん!! こっちです!!」

 その時だった。路地の先から響く、若い女性の声。

 客の男は流石に危機を感じ、私の腕を離すと走って逃げて行った。

「よかった……上手くだませたみたいね」

「大丈夫?」

「……はい」

「ありがとう、ございます」

 彼女は私を助けてくれた。そして安心させようと思ったのか、その後近くのファミレスへと食事に誘ってくれた。


「え? 家出?」

 私は彼女に、全てを話した。当然のごとく、彼女は驚いていた。

「じゃあさ、わたしのウチ来なよ」

「え? いい……ん、ですか?」

「うん。でも一つだけ条件! パパ活なんてやめて、ここでバイトを始めること。じつはあたし、ここでバイトしてるんだ」

 彼女が連れて来たその場所は、バイト先のファミレスだった。

 説得された私は、それから彼女のアパートに間借りし、共にバイトを始めることとなった。

「アイカさんは、普段は何してるんですか?」

「あたしね、じつはアイドルやってるんだ。ていっても、まだまだ無名の地下アイドルなんだけど……。バイトに充ててる時間の方が多いし。でもまだまだこれからと思って、今頑張ってる」

 苦笑いを見せながらも、彼女は懸命に夢を追いかけていた。

「ゆめっちもどう? アイドル。一緒にやって見ない?」

「いえ……私は」

「フフッ。ごめんごめん、そうだよね」

 彼女は優しかった。人の心を解きほぐす、笑顔と愛嬌ある人柄。

 だから向いていると思った。


 それからしばらくして。

 彼女は新生アイドルとして、徐々に世間から注目されていった。

 バイトも辞め、本業が忙しくなった彼女は、仕事場からより近いエリアへと引っ越すことに。けれど彼女は私のために、名義だけを残して部屋をそのままにしてくれた。

 一切の闇もけがれも無い。いつだって親切で、私を助けてくれた彼女は、真っ直ぐ、光ある人生の道をひた走っていった。


 なのに——。

 応援すべきなのに。

 目を塞いでも、焼き付いて離れない輝き。

 彼女は私にとって、眩しすぎた。


「ここまで頑張れて来れたのは、一番は家族のおかげです! 不自由なく健康に育ててくれたパパとママに感謝しています! もっともっと頑張って、早く親孝行したいです!」

 偶然目にした、彼女の出演番組。

 曇りないその言葉が、私の中に眠る黒い感情を呼び起こした。

 私だって——。

 そんな親の子どもに生まれていたら。

 きっと、違ってた。


「内緒だよ、ゆめっち」

「実は私ね、好きな人がいて」


 いつかの日に、交わした会話。

 その時の記憶を。

 私はふと思い出した。

 一度くらい……辛い目に遭ったって。

 闇に占有されていた私は、無意識にスマホを手に取っていた。

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