第4ステージ 『エンドラン』
第29話 炎土回廊
次のステージのフロアは五階か? それとも先程みたく、一段飛ばした四階か? 郁斗たちはランプを凝視した。エレベーターはスイスイと下降していく。長い……いったいどこまで。
すると想像の範疇を超えた階で、機体は静止した。
「チーン」
アナウンスも何も無く、無人の単音だけがこだまする。ランプの光は「2」でピタリ、停止した。まさかの六階から一気に二階へと下降。そして、ゆっくりと開かれる扉。
「うわ!? え、なになに?」
「あっつ!!」
蜜と郁斗が思わず声をあげる。一方正面からの突き刺さるような温度から、顔を背けるゆめ。四人の眼前には、灼熱の炎に包まれるフロアの光景が広がっていた。
止むこと無く立ち上り続ける炎。こんな場所、降りられるはずがない。
直後再び「チーン」と音が鳴り、何故か自動で扉が閉じられてしまった。
何だ? 故障か? それに何で、二階があんな炎に……。
誰かが火をつけたのか? ナゾが謎を呼び、解釈不可能な状況だった。
それから再び、エレベーターは今度は上昇していく。
3……4……と。だが五階までは上がることなく、四階で静止すると再び扉が開かれた。
視界に広がる階層。そこは二階とは異なり、炎も無く至って普通のフロア。ショッピングモールの様相と類似し、奥には上下に繋がる階段も見える。
指示も無い中、訳も分からず道なりに進んでいくと、ゲームの開始を想起させるスクリーンが中央の柱に取り付けられていた。
言われた訳でもなく、従順なまでに順応し、画面前までやってくる四人。
≪デハコレヨリ、第4ステージを開始致します≫
≪ダイヨンステージ——≫
≪ ‟エンドラン” ≫
長らく沈黙を貫いていた中、遂に発せられたアナウンス。
今度は何だ? なぜ二階は燃えていた?
一体、何をさせようと……。
≪ノコリ、ここを含めステージは2つとなりました≫
不安と焦燥の狭間で、一筋の光が流れたような気がした。
まさかの言葉。どこかで終幕無き遊戯の中だと洗脳されていた意識が、バチッと切り替わった瞬間だった。
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■第4ステージ
エンドラン ~炎土回廊~
■ゲーム内容
2階(炎上階)の奥に設置された「簡易リフト」を目指せ
※防火壁に囲まれているため、火災は2階層のみでゲーム終了まで続く
■クリア条件
2階「簡易リフト」への到達
■ルール
ステージ範囲は2~5階
管理リフトには人数制限あり
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これまでと同様、スクリーンに表示されたゲーム説明だったが。
え? たったこれだけ?
郁斗含む全員が、同じ反応を見せていた。
今回、ゲーム説明の記述が極めて少なく、最低限の記載しかされていない。けれど……このステージには不可解な点が多くみられた。郁斗たち四人は、黙ったままそれぞれに思考を巡らせる。
「炎上階」「ステージ範囲」「簡易リフト」……「人数制限」
時間が経つにつれ、うっすらと浮かび上がるゲームの趣旨。
「ああ! そっか!」
緊迫し張り詰めた静寂の中、口火を切ったのは蜜だった。
「これって、ここに残った四人で争奪戦をしろってことでしょ?」
「だって、人数制限って書いてあるし」
「まあ……おそらく。でも考えるべきは“あの炎”を消すことだと思う、けど」
蜜の視線を浴び、たじろぎながら応答する郁斗。確かに、十中八九彼女の言う通りではある。するとここで、師谷が口を開いた。
「先程の音声で、ステージは残り二つと言っていた。このステージを含めて二つだとすれば、少なくともリフトの人数制限は二から三人ということだろう」
そう。このステージでは、ルール説明の中にこれまでみたく「残り〇人となった時点でゲーム終了」や「最下位に‟死”を与える」といった決まり文言が無い。けれど目指すべき簡易リフトには「人数制限あり」との記載が残されている。つまり全員がクリアすることは不可能ということ。
「でもさ、一人だけ勝ち上がることもあり得るんじゃない?」
「それは……」
反論するように言い放つ蜜。彼女の言い分も間違いではないのかもしれない、と郁斗は思った。リフトには人数制限があるのに対し、クリアにおける人数は設けられていない。不可思議だ。
ルールを咀嚼し、ひとまず整理してみよう。
最優先のミッションは、二階の炎を消化すること。その上で……四人全員でのクリアは不可。もし二、三人がクリアとなれば、最終ステージへ。で、一人だけがクリアとなれば、そのまま勝ち残り……でいいのか?
「じゃあ、このステージ……」
「クリアできなかった場合は、どうなるんでしょうか」
郁斗に向け、恐るおそるゆめが問いかける。
「それは、確かに……。‟死を与える”っていういつもの記述も無いのは、ある意味不可解だ。考えられるのは、二階に広がっているあの炎で焼け死ぬってことくらいしか……。でもそれなら、二階に足を踏み入れなければいいだけ」
「コロシアエってことかもネ!」
「え?」
「だってだって、それしか考えられないでしょ?」
可愛らしくも不敵な笑みを浮かべながら、蜜が残酷なセリフを吐き捨てた。
だがその一言を皮切りに、全員の言葉数が無くなる。
と、同時に。四人はそれぞれ、お互いが危機を察知したかのように距離を取り始めた。
「…………」
「…………」
すなわちそれは、このゲームでは全員が敵ということ。これ以上言葉を介し、知恵を疎通してはならないという意思の表れでもあった。
緊迫と不穏とが入り乱れ、静寂が包み込む。
そんな中蜜は、柱に貼られているフロアマップへと迫っていった。
「なるほどね~」
「それじゃあアタシは、おっ先~♪」
場違いにもウィンクをして見せた彼女は奥の階段へと加速し、階段を駆け下り三階へ行ってしまった。
数十秒の時差。後に釣られるように、郁斗たちもフロアマップに目を向ける。
8階 封鎖中
7階 封鎖中
6階 封鎖中
5階 スペースパビリオン(スペースシャトルのスケール模型や天体写真などの展示フロア)
4階 ワールド・ザ・ライド(アトラクション)、カフェスペース、ギフトショップ
3階 サイエンス体験ルーム、クッキングスタジオ
2階 脱出ゲーム回廊「ラビリンス」
1階 ——
なるほど、それで彼女は三階に……。郁斗は蜜の思考を理解した。
このゲーム、まず最優先すべきは二階の炎を消し去ること。そこでパッと思い出すのは「消火器」や「水」、「薬品」といった所だろうか。消火器はフロアのどこかにあるのかもしれないが、現状特定は不可能。一方の水や薬品を候補とした場合、可能性が高いのは、クッキングスタジオと称される三階だと言える。おそらくキッズ向けのエリアとして設けられている階へ、蜜は目星をつけた。
消火……か。郁斗はその時、小骨が刺さったような違和感を覚えた。
一階層丸ごとを覆い尽くすほどのあれだけの炎を、どうやって消せというんだ? 消防士が使用するようなホースや水流ポンプでもないと、とてもじゃないが叶わない。それかやはり、消化器か? でもそれも、一本じゃ足りないはず。
「タッタッタッ……」
方法を探ろうと熟考する途中、次点で今度は師谷が動き出した。彼は三階ではなく、郁斗たちのいる四階エリア、カフェスペースへと向かって行く。
蜜と師谷それぞれが、まるで宝探しゲームでも始めるかのような行動。そうだ……。火を消すことに捉われ過ぎて、決して忘れてはいけない。ここに居るプレイヤーは「敵同士」ということを。
――それなら。
先行する二人に続くように、郁斗も遂にその足を動かし始めた。蜜が三階、師谷が四階。それなら自分はと、階段へと歩いていく。
五階は展示エリア。想像するに、最も消火に適した用具も道具の数も少ないようなイメージの場所。
それでも熟考を終えた郁斗の意思は、揺るがなかった。
消火……か。
そう、消火だ。
炎など、もしかすれば最優先ではないのかもしれない。
むしろその後だ。
炎上が解決すれば、その後はきっと……。リフトを目指し、互いの殺し合いが発生する。それか、今すぐにでも始まってしまうかもしれない。
だとすればまずは、誰もいない安全な五階へと向かうべき。ステージ範囲の広さ、そして距離として一番遠い五階は、不利に見えて、だが逆に怪しい。怪しすぎる。きっと何かあるはず。郁斗は歩調を早めた。
——と。
「あ、あのッ!」
階段に片足を掛けた直後。
後を付いてきていたのか、か弱さの中に力強さを含んだ少女の高い声が、郁斗を呼び止めた。
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