第20話 血痕

≪入力を確認しました≫

≪——それでは、皆様へお伺いします≫


≪『浦城』は、羨ましいですか??≫


 郁斗が出したお題。

 それは、‟自分の名前”だった。

 この中に知り合いはいない。今日この場で出会ったばかり。まともに話したのは、ゆめと玉利と数馬の三人くらい。他は挨拶程度。

 けれどこの中に、自分に対し「負の感情」を抱いている人間が、確実に一人いる。郁斗はその事実を、このゲームに投じて見せた。

 だいたいの察しはついている。理由はきっと、前回のステージで長い間とコミュニケーションをとっていたから。

 郁斗が定めたそのターゲットは、何故だか異様なまでに「黒川ゆめ」に執着していた。

 無論この場で争うつもりはない。だからこそ、このステージは有効な場であった。投票は匿名で自動投票。特定されることは一切無いのだから……。


 ≪投票が終了しました≫

 ≪開票結果を発表します。スクリーンをご覧ください≫


 結果:「羨ましい4」「恨めしい1」=1pt


 ≪おめでとうございます≫

 ≪浦城郁斗様、ステージクリアです≫


 結果は見事、読み通り。

 こうして郁斗は二番目に、ステージのクリアを果たした。


 三巡目結果:

 ①黒川ゆめ 『女』 1pt =計2pt

 ②小野前数馬 『男』 0pt =計2pt

 ③玉利紗代子 『女性』 0pt =計1pt

 ④師谷倫太郎 『秀才』 0pt =計0pt(連続0ptにより-1pt)

 ⑤水菜月蜜 『なし』 0pt =計1pt

 ⑦浦城郁斗 『浦城』 1pt =計3pt クリア



 ◆



「バタンッ」

 ポリグラフメットを外し振り返ると、ドアのロックが解除され、隙間から涼しい風が吹き込んできた。

 今回は手早くクリアへと到達し、死を免れた――はいいものの、これはこれでドッと疲れを感じる。

 その後小部屋を出た郁斗は、フロア後方の壁にもたれて立っている未来美の姿を見つけた。対して郁斗を見つけた彼女は、右手で「来て、来て」というように手招きをして見せる。

「お疲れ様、やっと話し相手が来た」

「どうも……」

 今が殺戮ゲームであることを忘れているのか。未来美はずっと退屈していた様子で声を掛けてくる。

「キミ、この中の誰かに恨まれてるの?」

 遠慮無く唐突に、彼女は言い放った。

 部屋の外は参加者の声と姿はわからないが、アナウンスの音声とスクリーンで状況を把握することができるようになっている。

 まあ、あんな出題をして、彼女が気になるのも当然だろう。

「どうやらそうみたいです、ハハハ……。試しに出して見た、だけなんですけど」

「リーチだったので、勝ち逃げする自分を憎く思う人がいたんでしょう」

 言葉を繕い、苦笑する。

「ふーん、なるほどね」

「何か嫌なゲームよね、コレ。人間性がされけ出されるっていうか」

 決して確証は無いことを強調し、郁斗は偶然を装いごまかした。それを話した所で、この先何があるかわからない。人間関係でギクシャクしたくも無いため、公言しない方が得策と判断した。 

「ところでさ、浦城くん」

「ニオイ、やばくない?」

「えっ!?」

 再び唐突な未来美のその発言に、途端に顔が赤くなるのを自覚した。

 動揺した郁斗は「あっ……すいません!」と繰り返しながら、襟や脇の箇所の服を引っ張り鼻に当てる。

「違う違う、そうじゃなくて」

「え?」

 だがすぐに彼女は否定した。郁斗の反応に対し、手を左右に振り誤解を示す。

 焦った……変な汗をかいた。ここに来て数秒で、別のカロリーを消費した気がする。

 紛らわしいなと感じながら未来美を見やると、彼女は部屋の方に指をさしていた。

「やばい、とは?」

「え、感じなかった? 部屋の中だよ」

「えっ……別に、特には」

 彼女は鼻がいいのか。郁斗は本心からそう感じた。

「じゃあ、あたしの部屋だけか」

「えっ?」

「いや、あたしがいた部屋ね。何か異常にっていうか……。だからずっと気分が悪くて」

「そう……なんですか」

 血生臭い……か。郁斗は何も感じなかった。部屋の材質の大半が鋼鉄でできていると思われるため、その影響かもしれない。そう思い、未来美に告げようとしたが、彼女は間を置かず続けて話し始める。

「でね。このゲームをしている際中に見つけたんだけど……。テーブルの足の一部と壁の角にね、不自然な赤いシミが付いててさ」

「赤いシミ?」

「うん」

 郁斗も未来美も自分たちの部屋に視線を向けるが、退室したその部屋は自動で施錠がされており、再び中に入ることは出来なくなっていた。

「これって……多分、だよね?」

 そう語る彼女の言動と表情から、郁斗は察してしまう。未来美は言葉を濁したが、言わんとしていることはただ一つ。

「血痕、ってことですか?」

「どうなんだろう」

「ッ……ゴメン、思い出したらまた気持ち悪くなってきた。自分から言い出したのにゴメン」

「い、いえ。だ……大丈夫ですか?」

 壁に手を付き、顔をしかめる未来美。

 話始めて早々に、この話題は終了せざる負えなくなった。

 どうして、血痕なんか……。


「バタッ」

「バタン」

 未来美と会話をしている間にも、進んでいた四巡目。

 そんな中で、立て続けに開いた扉の音。

 横並ぶ二つの小部屋から出てくる、黒川ゆめと小野前数馬の二名。

 血痕……血痕……。

 ——ケッコン。

 だが、ゲームの続きなど露知らず。

 近づいて来る二人に気にも止めず。

 郁斗は別の思考に全集中していた。

 話を聞く限り、それに未来美自身、確信めいた発言だった。おそらくそれは血痕と見て間違いないだろう。とすれば、考えられるのは……。

 ここに集められたオレ達とは別の、人間の血。

 それはつまり、今日集まった八人のモノではないということ。

 ここは青檜あおひの市。

 そういえば先月だったか。青檜市で起きた、両指の無い血だらけの変死体が発見されたとかいう奇妙な事件。確かメセラでも、流れていたような……。

 でもあれは、駅周辺が現場だったんだっけ。

 じゃあ……関係無い、か。


 ともかく、「血痕」の謎だ。

 要は自分たち、八人が此処に来る以前にも。

 この殺戮ゲームは行われていた……。

 ということか?



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