▼▼ 回想:S.T.(39歳)の手記 ▲▲

 十月十五日。

 夫と離婚して、今日で二年が経つ。

 ワタシは一人暮らし。でも実は、子どもが一人いた。

 今は一緒に住んではいないけれど……。

 高齢出産で生まれた息子を、生活に不便の無いよう当時の主人が引き取った。彼は会社勤めで、最近管理職に就いたらしい。だから尚更、後悔はしてない。

 だって、それが息子のためだもの。


 そして今日。

 半年ぶりに再会した四歳の息子と、遊園地へ遊びに行った。

 夕方に元夫が迎えに来ることになり、それまで二人きりの時間。

「ソフトクリームを買ってくるから、そこで座って待ってて」

 そう言った矢先、事件は起きてしまった。

 ホント、迂闊だった。

 まさかの事態。

 戻ってみると、そこに息子の姿は無かった。

 息子とはぐれ、ワタシは死に物狂いで園内を駆け回った。

 だが三十分ぐらい探し回ったのちようやく、その焦燥から解放される。

 噴水広場。そこで若い女の子が、息子と手を繋いで立っていたのだ。彼女によれば、つい五分ほど前、一人泣いている息子を見かけたらしく、ちょうどインフォメーションセンターに連れて行こうとしていたとのこと。

 彼女はこの後用事があるみたいで少しそわそわしていたが、母親のワタシと合流しホッと安堵していた。そんな彼女を見てワタシは、「あれ? どこかで……」と思ったけれど、その時は思い出せなかった。

 話では泣いていたと言っていたが、息子はケロッとしていた。

 ワタシは彼女に、理由を尋ねた。

「ママの代わりに私が付いてるから、ダイジョウブ!」

「そう言ったら泣き止んだんです」

 彼女はそう言っていた。

 話をしている最中、息子はその子にすっかり懐いていて、手をパタパタしてくっついていた。ワタシではなく……彼女に。

「ねえねえ」

「うん?」

「あたら・しい・ママ」

「なって」

 彼女の手を握り、息子は言った。

 目の前に、ワタシがいるのに。

 彼女はワタシよりも、だいぶ年下。

 子どもって、素直。

 良く言えば素直。悪く言えば残酷。

 だって……平然と言って見せるんだから。

 でも、物事の是非の区別がまだつかない年頃。それにワタシが生んだ命。だからそれでもかわいい。

 だって。私と唯一、血の繋がった子だもの。


 だがその後だった。

 彼女は息子の言葉に対し、こう返した。

「わーい! ほら」

「ママちゃんでちゅよ~」

「フフッ、なんちゃってね」

「コラコラ、もう……」

 彼女は息子のほっぺを押し軽くツッコむ。

 もちろん冗談だった。

 そんなのわかってる。

 でも、許せなかった。

 母親という立場になってから、最たる屈辱だった。


 その後。息子と別れ、家に帰ったワタシは。偶々たまたま目にしたニュースのエンタメコーナーで。ようやく思い出した。

 と、同時に。

 数時間前の感情が再び蘇った。


 ……許せない。


 ワタシにとって、この日は。

 忘れられない一日となった。





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