第15話 ステージ終了

「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ」

「ピッ、ピッ、ピ、ピ、ピ」

「たのむ、たのむよ」

「……たのむから」

「ピ、ピ、ピ、ピピピピピピピ……」

「ちょっとちょっと! 嘘でしょ」

「あの人、こっちに向かってくるわよ! もしかして、あたしたちを巻き込もうとしてるんじゃ……」

 柵越しから見ていた未来美が、声をあげる。

 事態を察知した郁斗たちは、すぐさま鉄格子から距離を取った。

「の、む」

「た……たすけてくれ」

「す、け」

「て」

「ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ……」

 一瞬、まさに一瞬の出来事だった。

 熱くて……眩しくて……轟いて。

 空の青さなど、引けを取らないほどの光が。

 瞼を冷たく焦がす。

 その瞬間。

 大きな爆発音が、場内を激しく揺らした。

 聴覚と視覚の両方に強烈な痛みが走る。けれど、ブレることのない数多の瞳。

 まばたきと同時に、明るくも濁った灼熱の爆炎が、半場の頭上から滝登っていた。

「ボト、ボト……」

「ガシャン、ザァァァァ」

 そして。

 気味の悪い鈍さと、不吉な金属音を交えて。

 何かが近くへと転がって来た。

 数秒後だった。

 蜜や未来美、玉利からの発せられる恐怖に染まった奇声。ドロドロとした紅蓮の肉塊。高熱により、その一部は金属と同化していた。

「……いや」

 ゆめの声。皆、見るべきじゃない。なのに、集まっては捉えて離れない視線。そこには胴体から切り離された半場の両手が、黒めく血溜まりと共に散乱していた。

「うっ」

 その、すぐ。今度は嗅覚にきた。初めて嗅いだニオイ。その正体は、血であり汗であり、焼けた髪の毛であり……そして、燃える人体の——。

 郁斗は吐き気を催し、鼻と口を塞いだ。たまらず顔を背ける。未来美やゆめも同じ格好をしていた。絶えず燃え盛る炎。数メートル先には、火だるまと化した半場が膝を立てた状態で獄炎を浴び続けていた。

 奴は動かなかった。何も言わなかった。ただ永遠と、炙られ続けていた。

 だが間もなくして。それはまるで、斜塔が崩れ落ちるがごとく「バタッ」と音を立て、灼熱のまま肉体は倒れ伏していく。

 これは免れ得る悪夢ではない。リアルなんだ。

 信じたくない。だから信じたかった。

 きっと度が過ぎた夢中の、ワンシーンなんだって。

 でも……違う。

 これが、‟セイイキナキセイイキ生息無き聖域”の所以なのか。

 郁斗は改めて、その現実を自覚した。

 ……いや、させられた。


≪オメデトウゴザイマス≫

≪ミナサマハココヲクダリ、エレベーターへお急ぎください≫


 反論する余裕など皆無だった。強烈なニオイとグロテスクな視界。すぐにでもここから逃れたい。一同は解放されたドアを抜け、下層へ続く階段を駆け下りて行った。



■第1ステージ

 ミステラス ~身捨ノ庭~


■クリア 

 浦城郁斗、師谷倫太郎

 小野前数馬、玉利紗代子

 黒川ゆめ、水菜月蜜、桃野未来美  

 以上 七名


■失格

 半場勤 一名(死亡)



 ◆



 ヒトが生々しく命を落とす光景を目の当たりにし、放心状態の郁斗たち。屋上の扉を抜けると、目が回りそうな螺旋階段が続いている。見下ろした先には、入場時に見たモノと同じ仕様のエレベーターがスタンバイされていた。

 なるほど。だいたいわかってきた。

 このふざけたゲームは、おそらく上層から下層へと進んでいくシステムだろう。エレベーターまで続く階段を降りていく七人。熟考しながら最後尾を歩いていた郁斗に、顔色が戻った様子の数馬が声を掛けてきた。

「あ、ありがとうございました。ホントに、浦城さんのおかげです」

「いや、いいよ」

 事実、数馬が半場の気を引いてくれていたために、郁斗の計画がスムーズに遂行できた。数馬を半ば利用した形で罪悪感も残っていたため、共にクリア出来たことに、郁斗は心底ホッとしていた。

「あの半場って人。集合場所で会った時から、じつは警戒してたんです。前にもあんな感じで、悪態ついて乱暴してたから」

「あんなヤツ、死んで当然だって……。今はそう思います」

「ま、まあ……」

「正直あれだけ卑劣な事されたら、そう思うのもわかるよ」

「……て」

「今、なんて言った?」

「え? ああ、死んで当然だって」

「いや違う、その前だ。って、今そう言ったよな? もしかしてアイツのこと、以前から知ってたのか?」

「え、ええ……。でも会話はしてませんけど」

「じ、じつは、前に見かけたことがあるんです。‟湾岸展示場前”の駅で」

「湾岸展示場前?」

「はい。そこで知らない人と揉み合ってるのを見かけて」

「湾岸展示場前」は駅名の一つ。都心からは随分と離れた場所に位置し、駅周辺はオフィスビルやホテルが建ち並ぶエリアだ。

 でもそれだけ。あと、有るとすればその名の通り、湾岸展示場くらい。ちょうど先月は「モーターショー」が開催されて、その前は確か「世界宝石展」ってのがやってたっけか。ショッピングやアミューズメント施設など、とりわけ若者が娯楽を興じるための建物はほぼ無いと言っていい。

「で、数馬は何しにそこへ?」

「え? えっと……それは……」

「すいません。ちょっと恥ずかしいので、言いたくないです」

「えっ……そうなのか」

 何だろう。再び湧き立ち始める違和感。

 そもそもだ。公式インフルエンサーというのが、そもそもの集められた趣旨。その中で、メセラのフォロワー数にバラつきがある八人。半場のフォロワー数は不明だが、数馬は一万と、参加者の中で極端に少ない。

 では魅力ある発信活動をしているのか、と想像すれば……どうにも納得しがたい。それに加え、半場を以前から知っていただと? 何だよそれ。まるで奇跡のような怪異じゃないか。  

 そこで郁斗は、数馬にメセラの活動について聞いてみようと思い立った。

「なあ数馬、あのさ……」

『ブーーッ、ブーーッ!!』


≪エレベーターへ、お急ぎください≫


 声を発した、次の瞬間。

 遅れをとっていた郁斗と数馬に向け、桐島のネズミ音とブザー音が同時に流れ出し、二人は急かされてしまう。屋上からの不快なニオイは中まで漏れ出しており、蜜や未来美から「早く乗って」と手招きをされる。

 止むを得ず郁斗は話を中断し、先を急ぐ形となってしまった。

 七人が乗るには、少々手狭なエレベーター内。全員が無言だった。その異様な沈黙が、「次は一体、何をされるのか」という不安と恐怖を表しているかのよう。全自動で作動するエレベーター。その内部を隈なく見渡してみる。


【1 2 3 4 5 6 7 8 R】


 並んだ数字を見て、郁斗の考えを改めた。

 いや。ここに居る全員が、きっとそうだろう。

 不安や恐怖よりも……何より、絶望したのではないか、と。

 その階層の数を見て、自然とゲームステージの数が予想されてしまう。

 エレベーターは現在「R」の所で光っている。ってことは……あと‟八回”もこんな事をさせられるのか? 

 郁斗は無意識に「……ウソだろ」と呟いた。

「チッ」

 すると、直後。

 郁斗の右耳から成人男性の舌打ちが響いてきた。

 え? 今の、オレにか? それとも桐島? なぜ? 声を発したから? たったそれだけで? 

 郁斗はチラッと顔を向けると、隣にはこちらと目線を合わさず、真っ直ぐ前を見つめる師谷の姿があった。その横顔はどこか冷めた無表情に見える。最初に見た頃の誠実さと穏やかさは、一ミリも感じられなかった。

 桐島のゲームにすっかり洗脳され、勝ち上がるために他人を敵対視している、のか……?

 いや、違う。

 そうじゃない。

 この人は、きっと。

 そう思っていると、下降していたエレベーターが停止した。


≪トウチャクデス、お降りください≫


 表示ランプが「8」の所で止まる。ここは8階。たった一つ、階が下がっただけ。だが扉は開かれ、郁斗たちは八階で強制的に降りることを余儀なくされた。

「なに……これ」

「今度は、何をさせようっての」

 広々としたフロア。

 そこには、縦長方形の小部屋が扇状に並んでいた。

 数は七つ。そして全ての部屋から、数メートル離れた先の中央部分。そこには一台の演台があり、さらにその上にはマイクではなく、大きな液晶パネルが置かれている。一見すると、まるで衆参議院の議場のようなレイアウトとなっていた。

 部屋の構造は一部屋あたり、電話ボックスを四つ分ほどのスペースしかない。液晶画面が見える正面側のみ厚いガラス張りで、その他全方面は鋼鉄のような堅固な壁で覆われていた。

 そして、再び……。

 狂乱の始まりを告げる、合図が。


≪デハコレヨリ、第2ステージを開始致します≫

≪ダイニステージ——≫



≪ ‟ウラメシア” ≫








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