第5話 罠

 郁斗たちに向け声を掛ける、見知らぬ二人の女性。だがもう二人の男性は、少し様子が違っていた。

 男性の内の一人は、チェック柄のネルシャツにベージュのチノパンと、大学生のような風貌の少年。終始無口でどうも人付き合いが苦手に見える。参加者の中で唯一メガネをかけており、メガネ越しに見えるその瞳はオドオドと泳いでいた。

 そして、もう一人。

「ったく、待ちくたびれたな」

「ここの社員、いつになったら現れるんだ」

 ザラついた図太い声を巻き散らす、中年の男。腹周りには脂肪、顔には無精髭を蓄えており、余所よそ行きとは思えない上下よれきったグレーの作業着のような服装。清潔感からは程遠いその外見に、郁斗のみならず、その場にいる女性陣全員が嫌悪感を示しているのが一目で感知できた。

「どうもみなさん、はじめまして」

 律儀に口火を切るシヤを皮切りに、遅れてやって来た郁斗たちは全員に対し、一言ずつ挨拶を交わしてゆく。

「アタシ、‟美月ハニー”。ヨロシクね~」

「わたしは、‟みっく”って名乗ってます。どうも」

 人当たりの良い「美月」という名の女性。だが郁斗は、つい視線を逸らしてしまう。理由は明らか。彼女は白地に黒いラインの入ったタイトなニットワンピースで肩を満遍なく出し、小柄な身長とは相反するボディラインを際立たせていた。そして赤のインナーカラーが入った長い巻き髪に、少々厚めの化粧。本能を刺激するそのシルエットと高い露出度から覗く妖艶さが、どこか夜の雰囲気を主張しているかのように見えた。

 一方のもう一人の女性。「みっく」という名のイメージとは異なり、彼女は薄ピンクのトップスに白いレース素材のロングスカート。春めかしい雰囲気にどこか大人びてもいて、現代のオフィスカジュアルのような装いをしている。そして一番印象的だったのが、スラッとした高身長であることだった。郁斗の身長は百七十センチだが、彼女はおそらく百六十センチ後半はあると思われる。

「ボ、ボクは……‟カズ”って言います」

「……だ、大学生です」

 女性陣に続く形で、無口だった彼がよくやく口を開いた。やはり学生か。だが終始吃音口調の彼は、相変わらずの挙動不審ぷりを見せていた。

「で、あそこにいるオジサンが——」

「確か、‟ツトム”って呼ばれてたっけ」

 郁斗たちから離れた席に座り、会話の輪に加わろうとしない例の中年男に対し、美月が顎で促しながらドライバーの吉永がそう言っていたと話す。


 よって第一陣で先に到着していたのは、美月、みっく、カズ、ツトムの四名。


「はぁ、やっぱり若いばっか……」

「ワタシが一番年上じゃない」

 初対面の挨拶を経て早々に、郁斗の傍で溜息と共にボソッと呟くタマリ。おそらくこのメンバーの中では、ツトムという名の中年男が最年長に見える。だがタマリには既にもう彼は眼中に無いのか、女性陣を見ては密かに愚痴をこぼしていた。

「みんな、‟公式インフルエンサー”ってことで呼ばれたんだよね?」

「そうですね。って言っても……僕はフォロワー十万人で、そんなに多くはないんですが」

「へぇー、アタシは百十万!」

「ひゃっ、ひゃくじゅうまん!? あらそう。ワタシなんて二万ばかしよ」

「あたしは四十万そこそこってとこかな」

「ボ、ボクは……一万です」

 シヤ、美月、タマリ、みっく、カズが言葉を交わす中、郁斗はふと疑問に思った。シヤのフォロワー数が十万。美月が七十万と高く、みっくも四十万とそれなり。一方タマリが二万で、カズが一万……と。

 郁斗の現フォロワーは約五十万人。少なくはない数だが、インフルエンサーの視点で言えば決して多くも無いと思っている。

 今回「個人向けの特別招待」として集められた八人だが、こうも数にバラつきがあるなんて……。数は関係なく、それより発信内容に企業側は惹かれたということか? だとしても、だ。

 こんなことを思うのもアレだが……タマリやカズが、メセラで人を引き付けるほどの発信を日頃しているのか? とてもイメージできない。郁斗の中に微かなモヤモヤが残った。


「それで、ユメちゃんは?」

「えっ……」

「ユメちゃん見るからに可愛いし、JKだからフォロワー多そう」

「私、ですか?」

「私は……百万、くらいです」

「わお! すごいね!」

「でもでも、アタシの方が勝ってるぅ~! フフーンッ」

 美月が笑顔でドヤって見せる。

「でもまあ。じつはアタシ夜職やってて、バンバン客引きとかに使ったりしてるから、フォロワーが多いのは当然かもッ」

 ペロっと舌を出しつつ、堂々と語る美月。やはり、そんな気はしていた。郁斗は自身の観察眼を心中しんちゅうで小さく称賛する。一方他のメンバーは、彼女があまりにもサラッと話したことで驚く間も無いまま虚無な表情をしていた。ただ一人、ユメだけを覗いて——。

 一瞬だが彼女は、美月の言葉に体をビクつかせていたように、郁斗には映った。

「それで、ウラキくんは?」

 順番的にラスト。

 最後に残った自分に皆の視線が集まる。

「え、ええと……自分は」

「ん、あれ? ちょっと待って」


「そう言えばさっきから」

「何か煙たくない?」


 話の途中で美月が会話を遮断し、辺りを見回した。

「言われてみれば確かに。でも焦げ臭いニオイはないし、むしろ甘くていい香りがするって言うか……」

「きっとアレじゃないですか? アロマディフューザー的な」

「な、何だかボク……ウトウトして……」

 そう言って、突如テーブルの上に顔をうずめるカズに、全員の視線が集まった——が、その直後。

「がああああ、がああああああ」

「え、何の音?」

「ねえちょっと、あれ見て」

 その音の正体は、先程まであれほど苛立ちを見せていたツトムの、けたたましいイビキだった。まるで呪文にでもかかったように眠りこけている。

 だが、そう思った矢先。

「あれ? 何だろう、ワタシも……」

「み、皆さん……大丈夫です、かっ……」

「…………」

「バサッ」

 ツトムの後を追うようにして。カズ、タマリ、みっく、美月、シヤも気を失ったように瞳を閉じ、雪崩の如く次々に倒れ込んでいった。


「何だよ、コレ」

「っ、どうして」

 残った郁斗とユメが、思わず互いに目を合わせる。けれどその視界が徐々にかずみ始めていくのがわかった。

「……ッ、バタッ」

 そうして、ユメまでも。恐怖に震えていた彼女の黒服が、力なく落ちていくのが霧越しに見えた。

 これはおかしい。どうすれば。

 この部屋には窓が一切見当たらない。

 とにかく、煙を何とかしないと。

 窓が無いならドアだ。だったらドアを。

 とにかくドアを開けて、換気を……。 

 そう思い動き出したのも束の間。

 無抵抗に塞がっていってしまう、瞼。

「ま……て……」

 重力に吸い寄せられるように、崩れ落ちていく身体。それでも、地を這う爬虫類のように。どうにか手足を動かし藻掻もがこうとする。

 だが、時すでに遅し。

 結果。

 郁斗はドアまで辿り着くことなく、そのまま夢の世界へと堕ちて行った。




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