第23話 どうか答えて

 結局、新しい本を探す気にはなれず、マナは自室に戻ると夕方までベッドの上で寝転んでいた。

 先に戻って来たローゼの報告では、アイリーンは王宮から離れた裏路地に馬車を停めており、手荒く連行された後、そのまま馬車に押し込まれて屋敷に戻ったらしい。


 その後教えられた城内の侵入方法については、簡単に言うと魔法によるものだ。

 なんでも【火】の魔法で陽炎を生み出し、周囲の風景だけでなく自分自身の姿を歪ませていた。


 しかし強力な結界で守られている王宮では、魔法による侵入は不可能。

 城門前で魔法を解き、登城する人の流れに従ってそのまま侵入を果たしたというわけだ。

 まさかアイリーンがそんな方法で侵入するなんて、マナだけでなく他の者にとって予想外だったのだろう。


(だって、アイリーンは魔法よりドレスやアクセサリーが好きだから)


 口では魔術師であることを誇っていたが、貴族としての嗜みとして学ぶ程度の魔法しか教わっていない。

 それにアイリーンは稽古や魔法の勉強よりも、典型的な貴族の令嬢らしく流行りのドレスや新作アクセサリーに夢中になっていた。

 だからこそ、彼女が魔法をこんな風に使ったことは正直驚いた。


「…………少しお疲れみたいね」

「ええ……そうかもしれないわ……」

「今日は早めに休むことを勧めるわ。私は少し精霊界に戻るから、何かあった時は呼んでちょうだい」


 今のマナの様子を見て気を遣ったイーリスが、人の姿になるとそのまま姿を消す。

 精霊は契約者に呼び出されない時は、己の住処である精霊界にいる。イーリスや大精霊は己の魔力のみで現界できる存在は、仮の姿になって現界に使う魔力消費を抑えている。

 その代表格であるイーリスが精霊界に戻るということは、マナに一人で考える時間を与えてくれたと同義だ。


(……確かに、これは一人で考えた方がいいのかもしれない)


 予言によって伴侶に選ばれたこと。

 エレンが自分のことを知っていること。

 〝前王殺し〟のこと。


 そして、自分を『好き』だと言ってくれたこと。

 たった半月で積もった疑問を、一からちゃんと整理した方がいい。


 最初の疑問は、予言によって伴侶に選ばれたことだ。

 この国は歴代王妃の予言によって災害や戦争を回避しており、誰もが王妃が授けた予言についてなんの疑問を抱かず、その恩恵にあやかっている。

 天恵姫の伴侶の予言も、前王妃が授けたことでよっぽどのことでなければ反故にすることはできない。


 だからこそ、エレンがこの予言を素直に受け入れていることが信じられないのだ。

 ジャクソンの話を聞いて、彼がこの予言によって父親から命を狙われていたことを知った以上、彼の中にこんな予言に従いたくないという反抗心が芽生えてもおかしくない。

 なのに、本人はそんな過去を微塵も感じさせない態度で、素直に受け入れている。


(これなら多分、今の私でもすぐに訊ける内容だわ)


 二番目の疑問は、自分のことを知っていたことだ。

 最初に出会った時から、エレンはマナを知っている素振りを見せていた。

 自分が欲しい言葉をすらすらと出し、王宮の案内や温室などでは周囲の目を気にしないよう、他愛のない話で気を紛らわせてくれた。


 でも、マナはエレンのことを知らない。

 知っているのは、彼が【黄金】の王宮魔術師であること、【闇】と【氷】のダブルエレメンツの精霊のドラゴン・ローウェンと契約していることだけ。

 それ以外は何も知らない。……いいや、知らされていない。


(これは……あまり深掘りしないで訊いたほうがいいかもしれないわ)


 三番目の疑問は、〝前王殺し〟のことだ。

 こちらは正直、眉唾物だ。いくら屋敷の敷地内のみで十数年過ごしたマナだって、前王の逝去とその原因は知っている。

 しかしエドワードがそのことについて否定しなかったところを見るに、もしかしたらそんな噂が流れることになった経緯があるかもしれない。


(これも訊いていいのかしら……? でも、本人の口からちゃんと答えて欲しいわ)


 少々躊躇ってしまうが、本人の口から否定の言葉が出ればマナは安心する。


(そして、最後は……)


 最後の質問は、『好き』だと言ってくれたことだ。

 さっきも思った通り、マナはエレンと出会ったのは半月前。

 あの日出会うまで彼のことは知らなかったし、こんな素敵な人が伴侶であることすら信じられなかった。


 恥ずかしい思いをするかもしれないが、どうしてエレンが自分に『好き』だと言ったのか知りたい。

 そこに本当に予言関係なく、母の愛とは全く別の感情があるのなら。


(――ちゃんと言って欲しい。そうしたら、私も返事ができる)


 まだ彼に対して、はっきりとした感情を伝えることは難しい。

 それでも、今の気持ちを伝えることはできる。

 どれほど拙く、曖昧な物言いしかできなくても、それだけは伝わるように。


 そう思っていた時、ちょうど部屋の扉がノックされる。

 ノックの主は、きっと彼だ。

 少し緊張した面持ちをしながら、「どうぞ」と入室を許可する。


「――失礼します」


 入ってきたのは、予想通りエレンだった。

 でも彼の息はやや荒く、白磁のような滑らかな頬には汗の筋が静かに流れている。

 きっと急いで駆けつけてくれたのだろう。今の彼の姿を見た周囲は、きっと大切な婚約者を心配していると思うかもしれない。


 だけど、ここ十数年で人の態度にも表裏あることを思い知らされているマナにとって、その態度すら本当に心配したからなのか? と、疑ってしまう。

 こんなことじゃ駄目だと思っていても、何度も期待しては裏切られた過去は、自分が思ったより深い傷として心に刻まれていると嫌なほど痛感する。


「エドワードから事情を全て聞きました。……すみません、僕の対策が甘かったようです」

「いいえ、エレン様はあの日から色々と手を尽くしてくれて……むしろ感謝しかありません。今回のことは、私も油断したことです。だから気にしないでください」


 にこっと笑う。心配をかけないように、責任を感じさせないように、今の自分にできる笑顔を作る。

 その顔を見て、エレンは何か言いたげな表情をするとぐっと言葉を飲み込む。


「…………あの、こんな時に言うのもなんですが……」

「どうしました?」

「初めてお会いした時、エレン様は仰いましたよね? 『あなたが知りたいことは全部答えます』と」

「? ええ、言いましたが……」


 何故このタイミングでその話をしたのか理解できないのか、エレンは小首を傾げる。

 それが不思議と年相応に見えて、微笑ましく思いながらも意を決して言った。


「でしたら……お答えください。私が知りたいことを、全てを」


 天恵姫からの言葉に、伴侶は息を呑むも小さく頷いた。

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