第3話 扉の向こうの異世界

「一体どうなってるの!?さっきまで昼だったのに扉開けたら一瞬で夜なの!」

「ゆ……夢だよ!ありえないもん!高校の屋上がこんなタイムスリップしたような事になるなんて!」


 芽愛里と京はパニック状態になっているが、意外にも普段から騒がしい剣司が落ち着いていた。


「とりあえず、あの人を探そう」

「なんでそんなに落ち着いているの!?」

「自分でもわっかんねえ。けど、なんかありそうだって勘が働いたんだよ、あの人の顔見たら」

「顔?」

「屋上の扉を開ける瞬間、すんげぇ覚悟を決めたような顔してたんだ。だからきっと何か只ならない事があるんだって。だからこの空間も彼女が関係しているはずだ……多分ね」

「多分て……とりあえず戻ろうよ!危険だよ!」


 京が屋上から出ようと扉へ戻ろうとしたが


「無い!無いよ!入口が消えてる!」


 いつの間にか公舎に戻る入り口が跡形も無く消え去っていたのだ。扉も階段室も無くなっている。


 「てことは……私たちここから出られないって事~?」

 「スマホスマホ!圏外いい!?誰かああああ助けてくださあああい!」

 「だから落ち着きなよお二人さん。俺たちができることはあの人を探して脱出する手がかりを見つけることだけだ」


 今にも泣きそうな二人を引きずるように足を進めた。

 遊郭街に変わった屋上は、奥に何があるのかが分からない位広くなっていた。風は無いが気温も少し肌寒い夜の気候だ。建物にはぼんやりとした光が見えている物の人影や物音は聞こえない。やはり道の先に黒羽燐はいるのだろう。

 先頭を堂々と剣司が進み、京は何が起こるか分からないとビクビクしながら周囲を見渡している。

 そして芽愛里はというと


 「うわあ~ほんと太秦みたい。時代劇の舞台に来たみたいだわ~」


 先ほどの恐怖は何処へやら、観光気分で周囲を楽しそうに見回ってる。


 「叶さん、何があるかわかんないのにはしゃぎすぎじゃ……」

 「いつまでもビクビクしたって仕方が無いよ、イケイケどんどんよ」

 「強いお姫様だぜ、見習わなきゃな」

 「そうだね……強くならなきゃ……ようし!」


 しばらく歩いた後だったか、遠目に誰かの人影が見えた。

 少し近づくと、それは黒羽燐であることを確認できた。


 「二人とも、あの人だ。建物を使って隠れよう」


 剣司の発言に二人は驚きの表情を見せた。

 

 「え!こんな状況でも尾行続けるの?」

 「王子様と協力してここから脱出した方が良いと思うけど!」

 「俺もここから出たいけど、あの人は目的があってここに来たんだと思うんだ」

 「目的って……何で分かるんだい!?」

 「まだ会話もしてないのに根拠は?」

 「騒ぐな騒ぐな!納得できないかも知れないけど勘だよ勘。とりあえず様子を見るぞ」


 二人は納得がいかないながらも、渋々彼の言うことを聞いた。

 根拠が勘ではあるものの、確かに不可思議な状況であることは確かだったからだ。

 黒羽燐は謎の空間にいるというのに焦る様子どころか、ピクリとも動かず佇んでいる。

 そして真っ直ぐ道の向こうを睨むかのように見つめている。まるで何かを待っているように。

 沈黙の続く状況に変化が起きた。


 「――んっ?」


 それは剣司の体に起こった。

 なんだこれはと剣司は少し困惑の表情を作りだす。

 

 「どうしたんだい樹咲君」

 「いや、なんか熱気というか……なんかが俺の顔にどんどん近づいてくる感じがあるんだよね」

 「なんかって何さ」

 「言葉にしづらいんだよ。でもどこから来るかって言うのは分かる」


 剣司は指を指す。それは黒羽燐が睨み続ける方角だ。


 「――来た」

 

 剣司の反応の後を追うように、黒羽燐が何かを察知し動いた。

 瞬間、遊郭街の空間に急激な変化が起こった。

 彼女の立つ位置の向こう側の空間が歪み始めた。バレット上にある複数の絵の具を混ぜたかのように景色は混ざり合う。

 混ざり合った景色が再び立体の形へ戻ろうとしたとき、その部分は屋上でも遊郭街では無くなっていた。


 「なんか色々と洋風になってる!」

 「月だ……さっきまで出てなかったのに」

 

 黒羽燐の立ち位置を境に、遊郭街が約300年前の欧州、近代ヨーロッパ風の町並みに変わったのだ。

 地面は石畳、レンガや石膏の建物が建ち並んでいる。宙に浮かぶ提灯はランタンに変わる。

 絵本に出てくる世界観だ。

 黒羽燐は更なる不可解な展開にも全く動じる様子は無かった。

 

 「っ!上か!」


 剣司の体がまたも何かを受信した。先ほどよりも強く強くそれを感じることができた。それは明確な位置が分かるほど。

 剣司と黒羽燐の首が上を向く。

 そこには確かに只ならぬ者がいたのだ。


 「まさか、律儀に待っていてくれたなんて嬉しいわね女子高生」


 その女は月を背にして空を飛んでいた。

 浮かぶ箒にフラつく事無く立っている。大きな三角帽子を被り、マントをはためかせていた。

 その姿はまさに魔女。

 と言いたいがどこか違和感のある出で立ちをしていた。


 「ちょうど営業回りが終わったとこなの。新規契約も幾つか取れた。つまり私は絶好調、運が悪かったわね」


 その女はビジネススーツを纏っていた。そして手にはビジネスバック。会話ぶりからOLだとわかる。魔女というには服装がミスマッチである。

 しかし、箒で空を飛んでいるのは紛れもない事実。三人組に本物の魔女だと思わせ、唖然とさせるには十分だった。むしろ、矛盾した部分が脳の混乱を引き起こし恐怖の感情まで感じさせた。


 「貴方が絶好調だとかどうとか私には関係ない」


 ここで初めて黒羽燐が喋った。

 OL魔女に対し冷淡な口調で返す。彼女とOL魔女が敵対関係だと言うことが明確だった。


 「冷たいわね。そんなんじゃ折角の美人なのにモテないわ。だ・か・ら」


 OL魔女がビジネスバックを掲げると、まばゆい光に包まれた。

 直ぐに光が収まったがそこにバックはなく、木製のステッキが握られていた。


 「キャリアウーマン流、場の暖め方を教えてあげるわ」


 ステッキの先に強烈な熱気が発生し、空気がゆらゆらと陽炎が発生した。すると、そこから炎が発生した。吹き上がる炎が意思を持ったかのように統制された動きを見せる。そしてバランスボール程の火球を作り出したのだ。

 魔女はステッキを振るい、黒羽燐に向けて火球を飛ばした。

 火球は音速にも近い早さで彼女のいる位置へ着弾。圧縮された炎が炸裂し爆発を起こした。


 「王子様!」

 「あぶねえぞ芽愛里!くっ!」


 OL魔女の魔法に固まっていた3人だが、黒羽燐の危機にとっさに出ようとする。しかし強烈な衝撃と熱波で建物から出られなかった。

 着弾位置には炎が立ち上り、黒い煙が覆われている。

 彼女の姿は見えない。いや、あの火力ならば最悪の結果だってあり得る。3人は彼女の無事を半ば絶望視した。

 

 その時、煙が一瞬のうちに切り裂かれた。


 「あら……それが貴方の前世ね」


 煙を切り裂き、姿を現したのは黒羽燐。彼女は無事だったのだ。

 しかし、その姿は先ほどと大きく違っていた。


 「王子様が……日本刀」


 彼女の手には日本刀が握られていた。

 身なりも制服から男物の袴姿、ショートカットもポニーテールに。

 まるで侍のような出立であった。


 「お手並み拝見よサムライガール」

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