第10話

 日曜、午前十一時。

 愛車のN-BOXを運転して、若藤家の前へ――

「LINEでいいか」

 車を停め、外へ出てスマホで連絡する。

 すぐに若藤家のドアが開いて――

「ヒカ兄、おはゆーっ」

「おはよう、紫香」

 ドアから元気よく出てきた紫香が、車のそばまでやってくる。

 今日の紫香は、長い黒髪は両サイドで凝った編み込みに。

 服装はGジャンに白のカットソー、それに黒のミニスカート。

 まぶしい生足を惜しげもなく晒している。

「これはまた、ずいぶん気合いの入った格好だな、紫香」

「へへへー」

 紫香は見せびらかすように、胸を張ってくる。

 高一にしては立派な胸のふくらみが強調されて、大変に目の毒だ。

 俺は、さっと目を逸らしてから――

「あー……紫香、そんなGジャン、持ってたか?」

「ヒカ兄とデートだって言ったら、おばあがお金くれた」

「ばあちゃん、相変わらず紫香に甘いな」

 でも、紫香の祖母は身なりにはやかましい人だからな。

 孫がデートとなれば、資金援助の一つもしてくれるのも頷ける。

「ん? 紫香、そのスカート、ちょっと短すぎないか?」

「わたし、脚長いから。普通のスカート穿いても短く見えるんだよね。他に言うことは?」

「……よく似合ってる。可愛いぞ」

「言うべきことはしっかり言う。わたしに教えたとおりだね」

 俺は女子慣れしてないので、服装を褒めるのは照れくさいが。

 だが、いい大人が年下相手に照れるようではみっともない。

 確かに言うべきことは、しっかりと言っておくべきだ。

 言えなくなってから後悔しても意味がないのだから。

「ヒカ兄もかっこいいよ」

「俺は普通だろ」

 長袖の白シャツに、ベージュのパンツ。

 普通すぎて、可愛い紫香に申し訳ないくらいだ。

「親しき仲にも礼儀ありだから」

「それはどうも」

 これもある意味、言うべきことを言ってるな。

「まあいい、乗ってくれ」

「はーい」

 紫香は頷いて、助手席に乗り込んだ。

 肩から提げていた小さなショルダーバッグを膝に置き、シートベルトを締める。

「あ、えっち」

「本当、視線に敏感だよな、紫香……」

 俺がミニスカートから伸びる太ももを一瞬見たことに気づいたらしい。

「普段からよく見られちゃうからね。敏感にもなります」

「それはもうどうしようもないな」

 紫香は美貌に加えて長身で、どうしようもなく目立つ。

 見るな、というのは世の男どもには無理な話だろう。

「ヒカ兄、わたしを連れて歩いてたら自慢できるね」

「漫画みたいにモブ男たちが騒ぐって? 自慢するためにデートするわけじゃない」

「自慢してくれていいのに」

「そのうちな」

 俺はシフトレバーを操作し、周囲を確認してから車を発進させる。

「そういえば紫香、駅で待ち合わせとかしなくてよかったのか?」

「んー、面倒くさいかな。せっかく家近いんだし、すぐに会ったほうが長い時間一緒にいられるじゃん」

「なるほど」

 頷きつつ、若藤家の周囲の細い道を慎重に進んでいく。

 普段から荒い運転はしないが、紫香を乗せているときはいつも以上に安全運転を心がけている。

「せっかく大人カレシで機動力あるんだしね。車の中なら、信号待ちのときとか――」

「ん?」

 俺が赤信号で車を停め、シフトレバーに手を置いていると。

 そこに、紫香が手を重ねてくる。

「堂々と手も握れるしね」

「……片手運転は違反になることもあるからな」

「じゃあ、電車で手繋いだほうがよかった?」

「そ、それは……」

 まずいというほどでもない。

 どちらかというと、それこそ“照れくさい”。

「ヒカ兄も、わたしの太ももに手とか置いていいよ? すべすべだよ?」

「セクハラ親父みたいだな」

 とんでもない誘惑をしないでほしい。

「わたしがセクハラJKだから」

「おまえがセクハラしても、俺が逮捕されるんだろうなあ」

「世の中、理不尽なものだよ、ヒカ兄」

 八つも年下の子に諭されてるよ、俺。

「でも真面目な話だよ。わたしは手を繋ぎたいし、太ももくらい触ったって全然いいんだからさ。ヒカ兄、いろいろ我慢してるでしょ?」

「触るために紫香と付き合い出したんじゃないぞ」

 俺は、ちらりと太ももを見てしまう。

 黒いミニスカートから伸びる白くてなめらかそうな太ももは、あまりにも魅力的すぎる。

「ノータッチだったら、前までと変わらないじゃん。わたし、ただの近所の子じゃん。変わりたいから、告ったんだからね?」

「……運転中に興奮するとまずいだろ」

「わたしの太もも、興奮する?」

「最高だな」

「おおっ、思った以上のお褒めの言葉。実は脚も自信あるんだー、わたし」

 紫香は、ミニスカートの裾をすすっと上に引っ張って、さらに太ももを見せてくる。

 今、停まってるからいいものの……走ってるときにやられたら、ガチで事故りかねない危険な太ももだ。

「楽しそうだな、紫香」

「へへ、楽しみますよ。高校受験が終わって、ヒカ兄に告って付き合えるようになって。もうなーんも心配せずに遊び回れるもん!」

「気楽だな。水を差すようだが、テスト勉強もあるんだぞ」

「そんなもん、ほどほどでいいじゃん?」

「まあ、さすがにまだ大学受験がどうこうとは言わないけどな」

「大学受験ねぇ……」

「なんだ?」

 なんか、遠くを見るような目をしてるぞ。

「ううん、なーんでも。ま、見たいときに太もも見てもいいよ。あ、シートベルトで胸とか強調しとく?」

「おまえ、そういうのよく知ってんな……」

 本当に、紫香はシートベルトの位置を調整して、大きなふくらみを持ち上げるようにしている。これもヤバい。

「ツイーターとかイースタとかでそういう写真、流れてくるし」

「見るのはいいけど、自分では投稿すんなよ」

「もちろん。ヒカ兄には写真送るかもしんないけどね♡」

「……仕事中はやめてくれよ」

 そんな話をしつつ、車を走らせること十分ほど。

 今日はたいして遠出をするつもりはない。

 パーキングに車を滑り込ませて、エンジンを切る。

「よし、行くか」

「あ、ちょっと待って、ヒカ兄。さっき気づいたんだけど、後ろのシート、汚れてない?」

「え? マジか?」

 神経質なほうではないが、まだ買って間もない車だ。

 汚れていては困る。

 一度運転席を出て、後部座席に入る。

「ん? 紫香、どのあたりだ?」

「ほら、奥のほうの――」

 俺が後部座席に寝転ぶようにしてシートを確認し、その後ろから紫香が指示してくる。

「どこも汚れてないが……紫香、気のせいじゃ――」

「どーんっ」

「…………っ!」

 と、紫香が俺に飛びつくようにして抱きついてきた。

 ぐっ、と紫香の身体が俺にのしかかってくる。

「お、おいっ、紫香! おまえ、なにしてるんだ!?」

「汚れとか嘘! ごめん! お外に出る前にちょっとイチャついておきたくて!」

「あ、あのなあ……!」

 後部座席のシートで絡み合うようにして、紫香がぎゅっと俺に抱きついてきている。

 長い黒髪が俺の顔をくすぐってきて、豊かな二つのふくらみも強く押しつけられて――

「もしヒカ兄がわたしに手を出すのがダメでも、わたしのほうから出すのはオッケーだよね」

「そ、そういう場合も俺が悪いことになるんだって!」

「どうせなら、悪いこともっとしちゃおうか?」

「…………っ」

 すりすりと紫香が、俺に頬ずりしてくる。

 つるつるした柔らかな頬の感触が、たまらなすぎる……!

「はー……せっかく付き合い出したんだから、イチャつかないとさ」

「外でやらなくてもいいだろ!」

 車の中で、大人の男が高一の女子高生に抱きつかれ、絡み合っている。

 これはどう見ても言い逃れできない状況だ。

「ヒカ兄、家でもやってくんないでしょ。言っておきますがわたし、デートでテンション上がってます」

「……そうらしいな」

「そうです」

 紫香は可愛く頷いて、ぎゅうっとさらに強く抱きつき――

 ちゅっ、と頬にキスしてきた。

「頬にちゅーなんて子供みたい。でも、これくらいなら許してくれるよね?」

「……まったく」

 俺は体勢を立て直して、紫香の肩を軽く抱き、頭を撫でてやる。

「頭撫でられるのも子供みたい。でも、ずっと“近所の子”だったからね。まだ子供扱いはしょうがないか」

「いきなりは変われないんだよ、紫香」

 とはいえ、こんなに密着しているとヤバい。

 紫香の身体はマジで柔らかくていい匂いがしすぎてヤバい。

 もう世間の目とかどうでもいいから――

 さっさと、紫香を抱いてしまうか……?

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