雛祭さんは肝を試したい 2

 雛祭さんとみくりを追って、喫茶店の駐車場を抜けた。店の裏は、田んぼが広がっていて、街灯の灯りも届いていない。刈りこまれたばかりの田んぼに、濃い闇がたゆたっている。

 快人が後ろから、おれの服のすそを握り、びくびくと着いてくる。


「なあ、あのふたり……どこ行った?」

「あれ、店の裏口っぽいな。少しドアも開いてるし、ふたりでなかに入ったのかもしれん」

「うっそだろ。っつーことは、何? おれらも、なかに入るの?」

「お前、そんなに怖いなら、なんで来たんだよ……」

「天野川が、雛祭さんも呼ぶっていったから」


 そんな不純な動機で、よく肝を試す気になったな。こいつ、幽霊が出たらまっさきに自分ひとりで逃げ出しそうな気がするんだが、気のせいか?

 裏口のドアノブを回し押すと、いかにも不気味な、きしんだ音を立てたので、快人が「ぴいっ」と鳴いた。泣くな、ばか。

 なかをうかがうと、ガスコンロや大きな冷蔵庫が見える。キッチンのようだ。

 雛祭さんとみくりのすがたは、見当たらない。奥のフロアのほうだろうか。そういえば、雛祭さんは黒猫を追いかけて、走りだしたんだったか。


「ここが出るって噂になってるのは、たんに黒猫のすがたを、幽霊に見間違えたとか、そういうオチなのかもな」

「あー、さっき雛祭さんが見たっていってたやつな。なるほど、あるあるだよな」

「そもそも、だれが噂を流しだしたんだよ。ネットでいわれてるってことは、オカルト掲示板みたいなところで、ここが晒されてるってことか?」

「天野川の同中の女子が、ここで撮った動画をユーチューブにあげて、けっこうバズったのがきっかけだったらしい」


 みくりの同級生が、発端なのか。

 恐らく、たまたま猫が幽霊っぽく撮れただけのことだと思うが、いちおう検索してみるか。

 アプリのユーチューブを開いて、喫茶店『のーぶる』と検索してみる。すると、すぐに見慣れた外観がヒットした。

 本当に、ここの喫茶店がアップされている。それも、一万三千回再生と、結構な再生数がついてるぞ。

 内容は、夜に通りかかった潰れた喫茶店の窓に、おかしな影が映っている、というものだ。コメントは「映ってはいけないものが映っている」、「これは、気のせいだろ」、「映像は作りものっぽくないけどな。たしかに不可解な影だ」など、さまざまな受け取り方をしていた。

 快人は、顔を真っ青にさせて、声を震わせている。


「これは……早くふたりを見つけたほうがいいんじゃないか?」

「そうだな……」

「あっちのテーブルとか、イスがあるほうにいるじゃないか? 呼んでみようぜ」


 もはや、あっちに行くことすらしたくないようで、快人はおれにしがみつくようにしながら、かすれた声で叫んだ。


「雛祭さーん……天野川……いるんだろ……?」


 そんなボリュームじゃ、聞こえないだろと、思った矢先、キッチンの棚から、放置されていたらしいフォークが、床にカシャン、と落ちた。

 快人が「ひいいいいいいいいッ」と、叫ぶ。


「大知……おれ、もうダメかも」

「ったく、そんなにいちいち大声でビビられたら、こっちの心臓ももたんわ」


 おれだって、ホラー苦手なのをがんばってガマンしてんだよ。でも、女子ふたりを見捨てて、外で待ってるなんてできないし。


「快人。そんなにむりなら、帰っていいって」

「……帰らない。だって、今帰ったらめっちゃかっこわるいじゃん」

「そこは、わかってるんだな」


 ユーチューブの動画の不可解な影を、おれはジッと観察する。本物だったら、まじの心霊スポットということになるが、おれはどうも、そう感じることができなかった。

 何もかもわからないまま、おれたちは落ちたフォークを見下ろす。


「ねずみでも走ったひょうしに落ちたんだろう」

「ねずみが走った音、したか!?」

「おれは聞いてないけど……」

「おれもー!」


 怖いなら、霊の存在なんて信じずに、いないものと思いこめばいいんだ、とはよく聞くが。

 おれだって、実際そうしたい。そう思えたほうがラクだろう。でも、できないから怖いんだよなあ。

 スマホのバイブが、鳴った。ラインの通知だ。

 画面を見ると、おれは思わず息を飲んだ。

 あわてて、相手に電話をかける。しかし、つながらない。

 快人が、焦ったようにいった。


「どうしたんだよ、大知」

「これ……」


 おれが見せたラインの画面に、快人は固まった。


「雛祭さんから……? なあ、おい……どういうことだよ、これ」


『たすけて』

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