雛祭さんは憑かれている 3

 バイブが震えた。雛祭さんのラインかと急いで確認するが、差出人を見て、自然とため息が出てしまった。

 みくりからだ。アプリを開くと、サンリ〇の絵文字に彩られた、あいかわらずのカラフルなチャットが届いている。


『やっほほ~☆ ねえねえ、明日さあ! 海野と肝試しやらないか、って話してるんだけど、大知も来ない!?』


 まったく返す気分じゃないのに、既読をつけてしまったことに軽く後悔する。読んだにも関わらず返信しないでいると、こいつはスタンプ爆撃をしてくるのだ。

 仕方なく、届いた内容に返事を書いて送る。


『今、秋だぞ。なんで、夏じゃないのに肝試しなんてやるんだよ』

『知らないの? セ〇ンイレブンの交差点を通りすぎたところにさ、潰れた喫茶店があるでしょ。あそこ今、出るってネットで評判なんだよ』

『セブ〇って、雛祭さんちのほうの、セブ〇か』

『そうそう! 先月くらいから、ユーチューブで流れはじめたらしいんだよ。あ! 雛祭さんも、誘おう! 家の近くのことだしさ、なんかのひょうしに、記憶を思い出すかも知れないじゃん!?』

『それ、ショック療法だろ』


 だが、なかなかいいアイデアなのかも知れない。

 記憶をなくす前の雛祭さんが、ホラー小説を読んでいるところを何度か見かけたことがある。だから、ホラー耐性はあるはずだし、誘っても問題はないかもしれない。

 あるいは、記憶を思い出すことはなくても、記憶を思い出すきっかけは作れるかもしれない。

 今日の、デイキャンプは最後の最後に、嫌な思いをさせてしまった。

 しかし、ここで諦めるなんて、なしだろ。

 雛祭さんが、記憶喪失で不安な思いをしていることを、知ったばかりじゃないか。

 おれのせいで、彼女の芋ようかんの思い出を台無しにしてしまったのなら、おれは彼女のために、いい思い出を作り直す責任がある。


『わかった。雛祭さんを誘おう』

『いいじゃん、いいじゃん! なら、あたしから誘っておくよ~☆』

『いや、おれが誘うから、いい』

『え!? なんで!? 大知が誰かを誘うなんて、珍しいじゃん』

『どういう意味だよ』

『自分のこと、陰キャだからっていって、誰かと遊ぶ約束なんてめったにしないじゃんかー』


 こいつはいつもおれのことをあーだこーだいうが、悔しいことにほとんど図星なのが、むかつく。

 知ったかぶりでなく、真実をついてくる。最悪なことに。

 情けないおれを、いい当ててくるんじゃない。くそう。


『とにかく、おれが誘うから。シンフォニー・オブ・ザ・シーズに乗ったつもりでまかせておけ』

『トゥインクルシンフォニー? ふ、ふーん……あっ、そうですか。下手に誘って、玉砕しても知らないかんね』

『お前だったら、うまく誘えんのかよ。たいした自信だな』

『あ、あたりまえ! 大知の友達が何人いんのか知らないけど、その百倍はいるからね、あたし。あたしのほうが、約束取り付けるのうまいからね? ま……まあ、せいぜいがんばりなー』


 ポケ〇ンの『応援してます』スタンプを三回連続で送られ、みくりとのチャットが終わった。

 なんか、最後煽られてた気がするのは、気のせいか? くそう、友達いるアピールかよ。羨ましくなんかないからな!?

 よし。ラインだ。雛祭さんにライン……するぞ。

 だけど、何て送ればいいんだ。

 まずは、「さっきはごめん」からだよな。

 次に、「とつぜんだけど明日、ひま?」って、送るのは……ナシだよな。

 でも、長々と謝ってから、明日の誘いをするのは、違う気がする。

 でもそれじゃあ、なんて送ればいいんだ。

 考えれば考えるほど、どれもこれも、違う気がする。


「……あー、もうわからん」


 おれは、いきおいにまかせて、ラインアプリの通話アイコンをタップした。

 文章での謝罪では、おれの語彙力では何も伝わらない気がする。

 さっきのことを謝りたい。

 それから、明日も会いたい。

 何もかも、都合がよすぎるだろ。

 こんな図々しい感情は、どう伝えたらいいのか、さっぱりわからん。

 やっぱり、みくりに頼むべきだったのかもしれない。

 でも、こうでもしないと、おれはこの先、雛祭さんに顔向けなんてできない。

 しかし、かけはじめて、もう何コール目なのか、わからなくなってきた。ライン通話って、何コールで自動的に切れるんだっけ。

 おれからの電話なんて、取りたくないのかもな……。


『……はい』


 いよいよ呼び出しが自動的に切れるんじゃないかと思いはじめたころ、雛祭さんの声が、スピーカーから聞こえた。

 出てくれたが、やっぱり、声の調子がいつもよりも暗い。

 怒ってるんだろうな。


「ごめん。さっきは」

『……そのことで、電話したんですか?』

「あー。えっと、正直にいう。半分そうで、半分ちがう」

『何ですか、それ……』


 いかん。また、嫌な思いさせてしまう。

 なんで、おれは、何もかも正直にいっちゃうんだよ。くそ。


「雛祭さんと仲直りしたいんだ。そんで、また明日もいっしょに……遊びたい、っていうか」

『次の約束が……もうあるんですか?』

「みくりと海野と、おれと雛祭さんで、肝試ししないかって話になってて……」

『キモダメシって、何ですか?』


 マシュかわの世界観にないものは、あいかわらず知らないのか。

 何て説明すればいいんだ、これ。


「モンスターに会いに行って、度胸試しする、みたいなことだよ」

『なるほど。精神の修業ですね』

「ま、まあ……そんなとこかな」

『いいじゃないですか。行きたいです、わたし』


 一気に、機嫌がよくなった、雛祭さん。心の底から、安堵するおれ。


「いいのか? おれも行くんだけど……」

『また、そういうことをいう。それが、嫌なんです、わたし』

「……え?」

『鯉幟くんは、優しくて思いやりがある、すてきなかたなのに、どうして自分を卑下するようなことをいうんですか? それがわたし、非常に不愉快なんです』

「ひ、ひじょーに……フユカイ……」


 ここまでストレートにいわれたのは、初めてで、さすがに心にダメージを負った。デイキャンプでは、おれの態度のせいで、雛祭さんにもフユカイな思いをさせてたんだから、これでおあいこみたいなものか。


「フユカイな思いをさせて……ごめん」

『いいえ。ふふ、嬉しいです! ケンカをしたのに、あっというまに仲直りできるなんて、思ってませんでした』

「おれも……。雛祭さんに帰られたときは、どうなることかと思ったよ」

『あのう、鯉幟くん。仲直りの儀式、やりませんか?』


 仲直りの儀式、といわれ、おれはすぐに思い出した。

 マシュかわの主人公と、深窓の令嬢が、仲違いをしたときのエピソードだ。令嬢の部屋の窓から、朝焼けの金色の光が射しこむなか、ふたりが仲直りの儀式をする。

 古くからエーデルリリィに伝わる、おまじないみたいなものだ。おれたちが知ってるもので例えると、「ゆびきりげんまん」みたいなものか。

 それでも、ふたりの仲直りのシーンは、まるで祈るように、その儀式が行われ、これからもいっしょにいようという、誓いそのもののように思えて、とても印象深いシーンだったんだ。

 でも、おれたちは今、電話している。

 儀式はふたりが同じ場所にいないとできないはずだけど……どうするんだ?


「……それじゃあ、やり方、教えてくれる?」

『はい。それじゃあ、右手を顔の前まで出してください』


 マシュかわの主人公は、マシュマロのようなオバケだ。だから、小さな短い腕のようなものを、前に出しただけだったけれど。


「はい、出したよ」

『わたしも出しました。エーデルリリィでは、ここで、ふたりの手の甲と甲をあわせるんです』

「うん、じゃあおれたちは、どうする?」

『やってるつもりで、お互いのぬくもりを想像してください』

「わかった」

『では、儀式の口上をいいます。わたしがいった言葉を、鯉幟くんもくり返してください』

「うん」


 すう、という雛祭さんの呼吸音が聞こえる。おれは静かに、雛祭さんの言葉に耳を傾けた。


『おいとのりーさまつむいだあしたあわせ』


 エーデルリリィの、仲直りの儀式。

 意味はわからないが、「ゆびきりげんまん」のような、子どもが考えたあどけない言葉の羅列だ。

 マシュかわの作者からも、まだ説明はなされていない。


「どういう意味の言葉なんだ?」

『んー。わかりませんけど、手の甲と甲をあわせたら、明日は幸せ……みたいに聞こえません?』

「それ、雛祭さんが考えたのか」

『今、考えました。無理がありますかね?』

「いや、いいと思う」


 おれも、明日はいい日になってほしいと、思っていたところだったから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る