第4話

 顔を上げれば、水瀬はにこりともしていない。それが今は恐ろしい。

 ここまで決定的な証拠となれば、どこに出しても満場一致で有罪だ。

 ここから俺がとることのできる選択肢が、いくつか浮かぶ。あくまで自分ではないと否定し続けること。ただ、水瀬は俺を指定してきた。それも名前も知らないまま、容姿だけで気づいた。確信しての言葉だろう。後ろ姿だけとはいえ、監視カメラの録画を調べられてしまえば、直ぐに分かる。

 次に、いまここで、水瀬のスマホを奪う手もある。水瀬の手元にあるそれを、奪い取って破壊するのだ。ただ、防水だった場合は水に浸した位では壊れないし。データを他に残していれば意味がない。そもそもの話、俺はそんな大仰に動ける人間ではない。仮定は無意味だった。

「私、あなたに捜し物の手伝いをして欲しいの。手伝ってくれるのなら、この動画は消してあげる。勿論、断っても構わない。ねえ、手伝ってくれる?」

 脅しだ。拒否権なんてないだろう。

「一言、言わせて欲しい……俺はやった覚えはない」

「そうなの」

 やった覚えもないことで、命令されるだけというのも癪だ。些細な反骨心が顔を出して、よせばいいのに言い返す。

「それと、頼み事がアルなら別に……俺じゃなくて、他のやつらに頼めばよくない、かな?」

「私は鳩羽くんに頼んでいるんだけど」

 水瀬が頼めば、二つ返事でついていく人間だっているのも本当だ。対して水瀬は、あくまで会話してくれる気はないらしい。俺に許されている返事は「はい」か「いいえ」。ただし、前者を選ばなければ進行不能な一本道。

 やった覚えのないことで、俺が捕まることは最悪、仕方ない。

 ただ、姉さんに迷惑がかかるのは避けたかった。

 ここで肝心なのは、何を捜すことになるかだ。

「それで、俺は、何を見つけたらいいんだ?」

 慎重に俺は問う。水瀬は、口を開く。

「五年前に消えた、私の妹を探して欲しいの」

 聞かなければ良かったかも知れない。と、すぐに後悔させられた。

「……誘拐とかなら、あてにされても困るぞ。警察とか、探偵とかにでも頼んでくれよ」

 流石に口出しする。いくらなんでも、そういうのを頼むのは、違うのではないか。

 せめて実現可能なことならともかく、失踪事件の解決となると、無茶振りにもほどがある。

 水瀬は首を横に振ってから、続ける。

「私の妹は、海で消えたの。だから、帰ってくるなら海の近くだと、私は思ってる……そうね、攫われた、という点では同じかもしれないわね」

 一呼吸置いて、水瀬は語る。

「私の妹は海に攫われた」

 その言葉に、俺は、何も答えない。

 黙る俺に、水瀬は構わず話し続ける。

「五年前、この近くに海に遊びにきたとき……私が目を離した間に妹は消えたの。それ以来、死体の一つも見つかってない。だったら、ある日突然、波に乗って現れるかもしれないって思わない?」

 水瀬の言葉に、俺は否定も肯定も控える。

 海に攫われた、という言葉の意味を素直に捉えるならば、水難で死んだと考えるのが普通だ。たぶん、その推測は間違っていない。間違っていないとすると、海で死んだ妹が、海から帰ってくるという意図で話している。

 どう答えればいいのか。言葉をかけるのを躊躇うのは、脅されている身としては当然。

 それ以上に、俺は余計な同情もしてやる気はなかった。

 水瀬が妙なことを言っているからではない。肉親を失った相手に、同情それは一番向けてはいけない感情だと、俺は知っていたからだ。

 身の回りの人間がいなくなったときの気持ちを、俺は知っている。

「ねえ、私の言ってること、おかしいと思う?」

「いや、思わない」

 口走ってから、しまったと自分の口を塞いだ。他人のことを分かった気になるのは最悪だ。

 吐いたものは戻らない。戻らないなりに、理由をとってつける。

「……つまり、いつまで経っても帰ってこない家出娘の妹が、その辺にいるかもしれないから探すのを手伝えってことだろ」

 それに、これからやるべきことが単純だったのが幸いだった。

「妹の写真はないのか? 探すにも、せめて手がかりをくれよ」

「……一緒に探してくれるの?」

 俺の言葉に対して、水瀬といえばそのいいよう。自分で聞いたくせに、というか脅しているくせに、まるで意外なモノを見る目をされる。

「そりゃあ、まあ、脅されてるし……そうするしかないだろ」

 俺が水瀬をどう思おうとも、いくら理由を述べられようとも、その時点で既に決まっている。

 水瀬は口を開いて閉じてを繰り返し、結局、出てきたのは、

「そう。なら、遠慮なくこき使わせてもらうかしら」

 と、かわいげのない言葉。少なくとも、猫なで声なんかよりはいい。

 なにせ目の前にいるのは、孤高でクールな美人のクラスメイト、水瀬いさなだ。

「写真は見なくても大丈夫。私の妹は双子なの、美人だから、きっとすぐに目につくわ」

「……いや、自分で美人とか言うのかよ」

「だってそうでしょう?」

 ……クールは撤回してもいいのかもしれない。

 とりあえず、水瀬の発言に、俺は否定も肯定もしないでおいた。

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