第6話 部屋を一掃できるのか、彼女さん

「とりあえず、全部洗濯し直そう」


「えー、大丈夫だって。一回洗濯してるんだよ?」


「それは聞いたけど、どのみち服がこんな状態じゃ着れないだろ?」


「ぐっ」


 俺はすぐ近くにあったクリーム色のシャツを手に取った。


 肌感は心地よいはずなのに、ぐちゃぐちゃの状態のシャツは皺がそこら中に入っており、とてもじゃないが外に着ていくことはできない。


 水瀬もその事実は受け入れているようで、反論をしてこようとはしてこなかった。


「とりあえず、ここに出ている服は全部洗濯すること」


「うー、でも、全部洗濯すると水道代が結構かかるよ?」


「こんな状態で放置しなければ、その水道代だってかかることなかったんだけどな」


「それ言われると弱るなぁ」


 正直、ここまで散らかした水瀬の肩は持ちたくはないが、水瀬の言い分も分からないこともない。


 というか、ここは水瀬の家だ。水瀬に『面倒だからやらない!』と言われてしまうと、俺に強制する権限はない。


 何か他の方法を教えた方が良さそうだな。


「分かった。それなら、服を一軍と二軍に分けよう。二軍の服はタンスなりにしまってしまえ」


「え? それでいいの? ていうか、一軍とか二軍って?」


「どうせ洗濯しろって言ってもしないだろ。それなら、捨てはしないけど、半永久的にタンスにしまった方がいい」


「半永久的? え、でも、この部屋にある服は全部着ると思うよ?」


「安心しろ。タンスにしまったものはほぼ着なくなる」


 俺はテレビとかでやっている収納技なんてのは知らない。多分、テレビでやってる方法の方がいいのだろうけども、収納に対する知識などないのだ。


 段ボールを使って綺麗に畳む方法とか、お店に置かれている服みたいな畳み方とか、そんな方法が知りたければググってくれ。


「教えてやろうじゃないか。一人暮らし式服の収納術を」


 そう、家事の経験から生み出された綺麗の追求を捨てた、楽さを選んだことによって生まれた収納術を。


「一人暮らし式収納術……うーん、あんまりかっこよくないネーミングだね」


「う、うるさいな。俺が普段やってる収納術だよ」


「それなら知りたいかも。やっぱり、実用性のある収納術が知りたいもん」


 俺に片づけを頼んだ理由を聞いた時、水瀬は一人暮らをしている人に家事を教わりたいと言っていた。つまり、俺の普段やってる収納法を知りたいということなのだろう。


 何も大それた収納方法をしているわけではない。一人暮らしをしている大人なら、普通に行っている収納術だと思う。


 それでも、それをあえて好んで知りたいというのだ。それなら、教えるのもやぶさかではない。


「とりあえず、日常的にタンスを使うのをやめるんだ」


「あ。それなら、もうできてるよ」


「誰が乾いた洗濯物をその辺に放り投げろと言った」


「放り投げてないよ! えっと、ほら、それとかしっかり畳んであるでしょ?!」


「それ、畳んでいるのか?」


 俺に抗議をするかのような口調で、水瀬は少し遠くにある服を指さした。


 その先に合った服は他の服と比べると、比較的表面積が小さい。おそらく、初めは畳んで置いていたけど、他の服にもまれてぐちゃぐちゃになったのだろう。


 折りたたまれてはいるから、畳んでいるという認識らしい。


 水瀬がこちらに向けているどや顔から、そんなことが察せられた。


 ……スルーしとくか。


「タンスを使うなと言ったのは、収納するなって意味じゃない。洗濯後は、ハンガーラックにかけてそれをそのまま着るんだよ。どうせ、一旦ハンバーから外して、後で畳もうとして畳まなかったんだろ?」


「な、何で分かったの?!」


「安心しろ。大多数が一度は通る道だ」


 汚れた服は当然洗濯はする。もちろん、乾かしもする。乾いた服をそのままハンガーにかけておく。次の洗濯物がくるから、一旦ハンガーから乾いた洗濯物を外しておく。後で畳もうと思って、そこらへんに置いておく。そしてまた、乾いた洗濯物を放置する。このループから抜け出せないと、水瀬のような末路を辿ることになるのだ。


 まぁ、普通はこうなる前に片づけるんだけどな


「いいか、できないことはできないと切り捨てることも大事だ。洗濯物を畳むことができないんだよ、水瀬さんも俺も」


「で、できないわけじゃないよ! ただ、しないだけっていうか……」


「畳めるなら、俺がこれ以上教えられえることはないな」


 水瀬は『うぐっ』と小さく唸るような声を上げて、こちらに恨むような視線を向けてきた。それでも、ここで折れるわけにはいかない。


 クラスのカーストで言えば天と地以上の差がある俺達だが、今この瞬間だけは俺の方が立場が上であるのだから。


 というか、正直なところその片づけに対する考え方から変えないと片づけるのは無理だろうし。


「うー。分かりました。私は洗濯物を畳むことができません」


「よっし、認めたな」


「……三月君に、私がふしだらなことを無理やり分からせられた」


「絶対に外でそんなこと言わないでくださいよほんとお願いします何卒」


「ふふっ。三月君が必死だから、言わないであげる」


 またしてもからかわれてしまった。はやり、慣れないことはすべきではないな。にやにやと笑みを浮かべている水瀬は、こちらに少し挑発的な視線を向けていた。


 ちくしょう、いつか分からせてやる。


「とにかくっ、できないこと無理にしないでいいんだよ。洗濯したら外に干す。干したのはハンガーラックに掛ける。ハンガーから外すときは服を着る時だけ。これなら、部屋を汚すこともないだろ」


「確かに、それなら楽かも。でも、さすがにこの部屋の服全部をハンガーにかけて収納するのは難しいかも」


「そうだろうな。多分畳まないと入らないだろ。そこで、一軍と二軍に服を分けるんだ」


「一張羅と部屋着とかに分けるってこと?」


「いや、服を着る頻度で分ける感じだ。二週間着なかった服は二軍落ちくらいの気持ちでいい。あとは、ハンガーラックに余りがあるなら二軍から何着か一軍に上げる感じだな」


 片づける前はたまに着ると思っていた服も、タンスにしまって視界から消してしまうと案外着なくなるものなのだ。そして、視界から消しても案外しまった服は覚えていたりする。だから、本当に着るときだけタンスから引っ張ってくればいい。


「とりあえず、俺は水瀬さんが普段どんな服を着ているのか分からない。だから、一軍だと思う服だけピックアップしてくれ。残りの服を畳むくらいなら俺も手伝えるから」


「うん、分かった! 普段着てる服だけハンガーにかけて、後で洗濯しとく!」


 どうやら、水瀬も乗り気になったようで大きく頷いていた。さっそく、近くに放置されていた服を手に取り、一軍と二軍の仕分けを行っている。


 さて、俺はすることがなくなった。


 水瀬の仕分けが終わるまでは暇だが、束の間の休憩だと思ってゆっくりしているのもーー


「あ、三月君的にはこの服ってどうかな?」


 水瀬はそう言うと、水色のフリルが拵えてあるシャツを胸の前に当ててこちらを向いた。


 鏡の前で服を合わせるような仕草に釣られるように、俺の方も素直な感想がポロリと漏れてしまった。


「え……まぁ、可愛いと思うけど」


「へへっ、そうかな? じゃあ、こっちとこっちならどっちが可愛い?」


「うーん、右かな?」


「そっかそっか。こっちが好みなんだ。ふーん」


「えっと、水瀬さん?」


 水瀬はまるで一緒にウインドウショッピングでもしているかのように、次々と服をこちらに見せてくる。


 可笑しい。今は服の頻度によって一軍か二軍かに分けているはずなのに、俺の意見で分けているかのように服が仕分けられていく。


「じゃあ、これとこれだったらどっちが好き?」


「えーと、両方可愛いかな?」


「そっか、両方可愛いか。へへっ」


「えっと、水瀬さん? あの、服を着る頻度で分けて欲しいんであってーー」


「じゃあ、じゃあーー」


 こうして、一軍に分けられた服の大半が俺の意見を採用した物となってしまった。


 これでは、分けた意味がないのではないか。その考えを伝えるよりも早く、水瀬さんが矢継ぎ早に服を見せてきて意見を聞いてくるので、その指摘を最後まですることができなかった。


 クローズドクエスチョン。その恐ろしさを目の当たりにしたのだった。




「お、終わった」


「三月君っ、本当にありがとうね!」


 服の整理の後に、冷蔵庫周りの掃除、その他部屋の掃除を行って一日が終了した。


 正直、水回りも掃除をしなくてならないと思っていたが、水回りはすでに水瀬が掃除していたようだった。


『水回りは掃除しないと臭くなっちゃうから、しっかり掃除してるの』


 だそうだ。臭くならないからって、他の掃除を放置していいわけではないんだけどもな。


 そうして、掃除を終えた頃にはすでに夜になってしまっていた。これだけ時間がかかった原因は、水瀬の家で行われたウインドウショッピングが原因だろう。


 中々の重労働だった。それだというのに、なぜ水瀬はどこかツヤツヤとしているのだろうか。


「とりあえず、これなら一週間は持つだろ。あとはそうだな、一週間おきくらいに誰か人を呼ぶといいかもな。人を呼ぶとなれば、自分の部屋を掃除せざる負えないだろ?」


 人が来ないなら誰にも迷惑かけない。それなら片づけないでいいだろうと思ってしまう。だから、少し荒療治かもしれないが『人が来るから仕方がない、片づけよう』といった考えを持ってもらう必要がある。


 水瀬は今日のお礼にご飯を奢ってくれると言ってくれたが、今日は疲れたのでお開きとなった。


 後日奢ってくれるということもあって連絡先を交換したのは、他のクラスメイトには内緒にした方がいいだろう。


 俺が持っているには恐れ多いことこの上ないしな。


 お礼はそうだな、学食の定食の食券でも貰うことにするか。


「それじゃあ、一人暮らしが続けられることを祈ってるよ」


 俺は水瀬のマンションの玄関の扉に手をかけ、水瀬とお別れの挨拶をした。


 きっと、もう俺が水瀬の家に来ることもないだろう。それどころか、多分学校でも話すことはないと思う。


 水瀬の新たな一面を知った驚きの数日間だったが、そこまで悪い数日じゃなかったな。


 少しだけ名残惜しい。そう思ってしまうは、自然なことなのだろう。


 学校一の美少女。そんな子と休みの日に会いでもしたら、そう思ってしまうものだ。


「うん、ありがと」


「それじゃあ、また学校で」


「うんっ、来週は料理とか教えてね!」


「おう、任せーーえ?」


 玄関の扉が閉まる寸前、水瀬は満面の笑みでそんなことを口にした。楽しそうに手を振っていた姿が瞼の裏にしっかりと残っている。


 ……来週? 一体、何の事を言っているんだ?


『とりあえず、これなら一週間は持つだろ。あとはそうだな、一週間おきくらいに誰か人を呼ぶといいかもな。人を呼ぶとなれば、自分の部屋を掃除せざる負えないだろ?』


「あっ」 


 もしかして、一週間おきに水瀬の家に呼ばれる人って、俺?


 どうやら、まだまだ俺と水瀬の関係は終われないみたいだった。

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