第4話 ずぼらと決めるのは早計かな、彼女さん
「えーと、水瀬さん?」
「……」
俺は学校で一番可愛いとされている女の子の部屋にいた。
部屋の掃除を手伝うということを口実に連れこまれ、退路である玄関口は水瀬によって絶たれていた。
足元には服が散乱されており、とてもじゃないが足の踏み場はない。まるで、空き巣でも入ったかのようなありさまだ。
ん? 空き巣?
そこまで考えたところで、ようやく現状が理解できて来た。
そうだ。本来なら部屋の片づけなど同性に頼むはずだ。これだけ服が散乱しているのなら、なおさらだ。
男子でなくてはならない理由。なるほど、そういうことか。
「ようやく理解したぜ、水瀬さん」
「え? 理解?」
「ああ。このあまりにも惨過ぎる現状。そして、空き巣でも入ったかのようなありさま」
「空き巣?」
「普通、着た服は片付ければこうはならない。これは、あえて散らかしたような痕跡だ」
「ち、ちがっ」
「空き巣でもこんな酷い状態にはしない。つまり、これはストーカーの仕業! あえて自分が家にいつでも入れることを証明するために、あえて荒らしたんだ! そして、そのストーカーがこの家の中にまだいるかもしれない、だから俺を呼んだんだ! 野球部やサッカー部を呼ばなかったのは、ことが公になる可能性があるから。大きな部活とかの組織に属していない俺だったら、口止めできるから! つまり、そういうことなんでしょう!」
そうだ。この状態はただ部屋を荒らしているだけだ。何かを見つけようとする空き巣だったら、必要以上に荒らしたりはしない。
このやり方は、自分はここにいるということを証明するマーキングのような物。故意的に荒らさない限り、こうはならない。
一瞬でも、水瀬の部屋が汚部屋なのかと勘違いをしてしまった。
みんなの憧れの的である純情無垢な水瀬さんの部屋が汚い訳がーー
「……がう」
「え?」
「ちがう……違うっ! 空き巣も入ってないし、ストーカーの被害でもないの!」
玄関の扉に立っている水瀬は、どこか意気消沈したかのようにだらりと腕を垂らしていた。
それどころか、水瀬の耳は見たこともないほどに真っ赤になっている。羞恥の色に染められた頬に、潤いを増した瞳。
キッとこちらを睨んだような瞳は怒っているというよりも、ただどうしようもないことに対して抗議をするかのようだった。
「え? だ、だって、めちゃ荒らされてるじゃん」
「片付けられないだけ! 洗濯した後の服とかその辺に置いちゃって、そのままになってるの!」
「え、えーと」
「それなのにっ、惨いとか酷いとかっ」
つまり、ただ片づけができなくて、自分で散らかしただけということか?
え? いやいやいや、故意的に散らかしたとしてもここまでならんぞ? え?
俺にボロカスに言われて、水瀬は顔を真っ赤にして今にも泣きだしそうにしていた。そんな瞳で睨まれて、先程までの言葉の数々を思い出す。
「……なんかすんません」
そんな俺の謝罪を聞き入れてくれたのは、水瀬の顔の赤みが引いてしばらくしてからだった。
「適当に座っていいからね」
「てきとう、えーと」
俺は廊下で水瀬に謝罪を10分ほどした後、ようやくリビングに足を踏み入れることができた。
まぁ、踏み入れることができても、踏み場があるかは別の話だったりするわけで。
水瀬の住んでいるマンションは2Kの広さがあり、一つ一つの部屋も10畳ほどある住みやすい物だった。
この地域でこの間取りに住んでいるのだから、家賃だって安くはないだろう。
まぁ、部屋が広くてもその部屋に足場があるという訳ではないんだけど。
「……寝室の扉も開けっ放しだし」
せっかく寝室ともう一部屋を分けられる仕切りがあるというのに、その仕切ってある引き戸を全開にして一つの部屋にしていた。
というか、服が散らかり過ぎて扉を閉めることができないのか。
「私飲み物持ってくるね。コーヒーをブラックでいいかしら?」
「え、ああ。いや、その前に話をしたいかな」
とてもじゃないが、この状態の部屋でくつろぐのは至難の業だ。一旦、色々と状況を整理したい。
「そう? それならそうしましょうか。あ、クッション使って」
水瀬はそう言うと、こちらにふっくらと膨らんでいるクッションを一つ渡してきた。
水瀬はどうするのかと、視線を向けてみる、すると、水瀬は何を思ったのか、俺の正面に積まれた服を両端にどかし始めた。それから少しして、水瀬は服の山から座椅子を発掘していた。
どうやら、服の下に座椅子が埋まっていたらしい。
水瀬はその座椅子を調整すると、ローテーブルを挟んで俺の正面にどかッと座った。
もちろん、その座椅子の下には服が敷かれている。
どうやら、この家では服の上に座ることに対して抵抗がないらしい。郷に入っては郷に従えということか。
ええい、ままよ。
俺は学校で一番可愛い女の子の私服の上に座布団を置いて、腰を下ろした。
「それで、えーと、この家を片付ける手伝いをすればいいんだっけ?」
「うん。できればお願いしたいなって」
「まぁ、乗り掛かった舟だから引き受けるけど……どうした?」
水瀬は俺の返答に対して驚くように目を丸くしていた。
「ううん。正直、断られると思ってたから少し驚いて」
「そりゃあ、このありさまを見ると断りたくもなる。でも、こんな現状を見て放置をすることもできないだろ」
「……三月君って優しいんだね」
静かに笑みを浮かべる水瀬の顔に見惚れそうになるが、水瀬のバックに映る散乱した服がその笑顔を台無しにしていた。
そして、そんな俺の視線に気づいたのだろう。次の瞬間には、悪だくみをするような笑みに変わっていた。
「断られたら、『三月君が私にありもしない疑いをかけてきて、何も言い返せなくて泣きそうになっちゃった!』ってみんなに相談しようかと思ってたのに」
「それだけはやめてください。本当にお願いします、何卒!」
おそらく、さっき俺がこの部屋の現状をぼろくそに言ったことを根に持っているのだろう。まさか、さっきのやり取りが被害者目線だとそう映るとは。
「ふふっ、必死だぁ。三月君ってやっぱり面白いね」
「俺は学生生活の危機に直面しそうで、非常に笑えない」
「大丈夫だって、そんなこと言わないから。……三月君が裏切らなければね」
「生涯の忠誠を誓います」
「生涯っていう割には、秒で決めなかった?」
「一目会った時から、決めていましたので」
「っ~~。な、なんでそんなさらさら言葉が出るかなぁ」
忠誠を誓うべく下げていた頭を上げて、少しだけ水瀬の方に視線を向けるとぱちりと目が合った。
さっきまで余裕があって冗談を言っていたはずなのに、水瀬の視線は微かにたじろぐようだった。
その視線の意味が分からずに自然と首を傾げると、水瀬は微かに目に力を込めてこちらを見た。
微かに怒気のような感情が混じったような視線。でも、不思議と嫌なものではなく、怒気よりも多い割合で別の感情が混ざっているようだった。
「……ジゴロ」
小さく呟いた水瀬の声は聞き取れず、俺は少しだけぷりぷりとした水瀬が落ち着くのを待ったのだった。
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