イケメンだが己のフラグをへし折り恋のキューピッドがしたい

有賀ぁと

第1話 プロローグ:物語とは突然始まるものだ

頭が回る。視界が回る。風景が崩れて行く。


いや、違う。


これは、頭の中がひっかきまわされているような、そんな強烈な不快感に整った顔が歪む。


健康的な褐色肌をした黒髪の青年、ザイードは強烈な眩暈に堪えきれず地面に崩れ落ちた。程よく鍛えられた体は、重力に従ってそのまま洞窟の地面へ叩きつけられる。頭から卒倒しなくてよかった。そんなことを考える余裕は今の彼にはきっと無いだろう。


何故なら彼は今、自身の頭の中を目の前の見たことも無い怪物にかき混ぜられているからだ。


かき混ぜられている、というとグロテスクな語弊が生じかねないので補足しよう。


まず彼は、仲間たちと肝試しと称し立ち入り禁止エリアとされる洞窟へと足を踏み入れた。その後、色々あった後に仲間たちとはぐれ、挙句の果てには洞窟の最深部で怪物と遭遇した彼は、ひるんだ一瞬の隙にその怪物に触れられてしまった。その瞬間、彼の脳か胸かわからない箇所にその化け物の見えざる腕で触れた感覚が走る。当然、ザイードは抵抗を試みたが人外的な力にかなうはずもない。


ぐ、ちり。


嫌な音が体内からした。


「な、」


なんだよ。そう困惑の言葉を発する余裕もなく、ただ視線を自身の胸元に向ける。特段出血をしているわけでも無く、痛みも無い。


困惑しているザイードをよそに、怪物はするりと彼から手を放した。


「(…!?なんだこいつ…俺をころす気じゃなかったのか…?)」


拘束から解放されたザイードは怪物から距離を取ろうと後ろへ飛びずさる。怪物は微動だにもせず、ただ視線を黙って彼へとひたすらに浴びせていた。


「(よくわかんねぇけど今のうち──)」


怪物から逃げようと踵を返そうとしたその時だった。激しい眩暈と不快感が突如として彼を襲い、冒頭へと至る。


「あ、あ…!」


あまりの不快感と体の奥底から噴き出す恐怖心に、声がこぼれる。頭がかき混ぜられているような、開いてはいけない何かがこじ開けられてしまったような。


そう、自身が歪んで溶けて行くような。


全身から脂汗が噴き出る。体を動かすたびに地面に体が擦れてわずかな痛みが走った。


溶ける。


溶けてしまう。


意識が遠のいていく。


…遠くに、見たことがあるような、なんとなく切ない思いになるような。そんな景色が見えた。あれはなんだろう。淡い色と綺麗な空色が見える。


『お姉ちゃん、起きて』


誰かの声が、聞こえた。



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