第22話 悪夢2

「意味がわからないわ!」



 アンリが叫んでいるのには、理由がある。



 目の前にいる女が言うには、この世界が現実のものでは無いと言うのだ。



 そんな訳はない……



 だとしたら、この手足に感じる痛みは何?



 この服は?顔は?この空気は?



 それに、現実から離れた瞬間の記憶も無い。



 突然部屋に現れたこの女と戦ってから、なんの予兆も無かったはず……



「アッハッハッハ!呑気なものね〜!信じたくないなら別にいいのよ〜?でも、それじゃあ死ぬのを待つだけだけどね〜!」



 ビカラは自信ありげに言い放つ。



「あり得ないわ!私は治療班を呼びに行く。ニアちゃん!ケント君の様子を見ててあげて!」



 アンリはビカラの言う事が荒唐無稽な話だと判断して、左脚を引きずりながら歩き出す。



「アンリ、待って。」



「どうしたのニアちゃん?」



 ニアが何かに気付いたのか、アンリを呼び止める。



「本当に、ここは夢かも。」



「ニアちゃんまで何を言ってるの!?そんな事を言い出したら、ビカラちゃんの思う壺よ!?」



 ニアまでおかしくなってしまったのかと、アンリはニアに正気に戻るよう説得する。



 だがニアは、いたって正気だ。



「時計、見てみて。」



「時計……?え……!針が止まってるわ!?」



 ビカラがアンリの部屋に侵入してから、明らかに三十分は経過している。



 だが、時計の針は三十分前から進んでいなかった。



「それに、やっぱりおかしい。」



「まだ何かおかしい事があるの?」



 ニアは他にもおかしな点があると言う。



「その傷じゃ、どうやったって歩けないよ。」



 言われてみると確かにそうだ……



 こんなにズタボロに切り裂かれた状態で、歩く事など可能なのだろうか……?



 それに、部屋一面が血まみれになる程の出血だ。



 生きている事自体がおかしいのでは……?



 そんな事を考え出したら、今までアンリが感じていた強烈な痛みが嘘のように引きだした。



 相変わらず見た目は血まみれで、痛みを感じないというのはあり得ない状態なのにだ。



「え……?痛みが……なくなって……なにが起こってるの……?」



 アンリの頭は混乱しだした。



 何が現実で、何が幻なのか認識が出来なくなっている。



「どうやらオリヴィアより、ルナちゃんの方が冷静みたいね」



 混乱して状況を飲み込みきれず、その場にしゃがみ込むアンリ。



 対してニアは、この状況でも冷静に状況を分析する。



「あなたの血が原因、ちがう?」



 ニアがビカラに向かって問いただす。



「正解よ!さすが私のルナちゃんね!」



 血が原因……?



 一体どういうことなの……?



 アンリは頭がおかしくなりそうになりながらも、なんとかニアの分析を聞こうとする。



「あなたが手首を切った時、一瞬フラッとした。」



 フラッと……?



 特に私は感じなかったけど……



 でも、もしそれが原因なら……その時から私たちは……!



「よくわかったわねルナちゃん!ご褒美に説明してあげるわね!」



 そう言うと、ビカラは意気揚々と説明を始めた。



「私のスキル『悪夢の血判〈ブラッディナイトメア〉』はね、私が自傷行為をした時に発動するの!効果は簡単!私の血を見た子達の意識のみを異空間に移せるの!この異空間に来た子達はね、みんな私の痛みを共有してくれるお友達!だから、私が傷つけば傷つく程みんなも傷ついていっていたのよ〜!」



「そんな……じゃあ今になって痛みを感じなくなったりしたのも、私が意識だけになってるからって事……?」



「そういうこと〜!私たちは今、意識だけの存在なの〜!だからほら!この通り!」



 ビカラはとても完治は難しいであろう、自身の左脚と左手首をニアとアンリに見せつける。



 そしてその直後、自身が負っている深い傷を一瞬で綺麗に完治させた。



「そんな……じゃあ本当にここは……」



「そうよ〜!ここはまさに私達だけの世界!ちなみに私に攻撃しても無駄よ〜!この異空間では共有する事しか出来ないの〜!さぁ!一生私の痛みを共有しましょうね〜!アッハッハッハッハ!」



 ビカラは勝ち誇ったように笑ってみせる。



「アンリ、大丈夫。」



 ここが現実ではないと悟り、絶望しているアンリをニアが励ます。

 


「ニアちゃん……でも……ここから脱出が出来るのかも分からないのよ……?」



「大丈夫、わたしに任せて。」



 ニアの目はまだ諦めていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る