第12話 狂気

「止まった……?」



 馬車が止まると同時に、兵士が強い口調で俺に命令する。



「おい、おりろ」



 全く……偉そうに命令するな。



 すぐに撃破しようと思えば簡単なのだが、まだコイツの目的がわかっていない。



 俺は素直に馬車を降りる。



 ん?何だコイツらは?



 馬車を降りると、目の前に黒いローブを羽織った男女が数名待ち構えていた。



 得体のわからない集団に警戒を強めていると、中央に立っている小太りで恵比寿顔の男がニヤニヤしながら口を開いた。



「こんばんはァ、ラルフ=ユーフレッド君。気分はどうですゥ?」



 なんだコイツは……



 ニヤニヤと腹の立つ顔だ……



 この男の表情から察するに、ここで焦った様子を見せるのは悪手だな。



「そうだなぁ〜コイツの雑な運転のせいでまた尻が痛くなってしまったよ〜」



 俺は自分の尻を押さえつつ、チラチラと兵士の男の方を見ながら煽った。



 兵士の男は露骨にイラつきの表情を見せる。



 すると俺の余裕を悟ったのか、少しムッとした表情で男がまた口を開く。



「ふふふ、ずいぶんと余裕ですねェ?この状況が分からない君ではないと思うのですがァ?」



「これくらいなら何の事もない。それで?お前らは何者なんだ?」



 明らかに怪しい見た目と、謁見へ向かうタイミングを狙っての襲撃。



 答えは一つしかないだろうな。



「おやおやァ、ずいぶんと勇敢なものですなァ。私はゲネシス教十二司将が一人『ハイラ』と申しますゥ。以後、お見知りおきをォ」


 

 そう言ってハイラは右手を胸に当て、見た目に似合わない紳士的な礼をした。



 やはりゲネシス教絡みか……



 どうやら俺がナイジェルと謁見する事は、奴らにとってだいぶ不利益を被るみたいだな。

 


 そして『十二司将』という言葉。



 恐らく、教団の中でも幹部に値する者なのだろう。



 あとでスティーブンスに聞いてみるか。



「ご丁寧にどうも。それでだが、俺をこんな所に連れてきてどうする気だ?」



 どうせ奴らは俺のことを殺すつもりだろうが、一応尋ねてみる。



 するとハイラは、不細工な恵比寿顔をニタニタさせながら答えた。



「それなんですがねェ〜、頭のいいラルフ君には選択肢をお二つ用意しておりましてェ〜」



 ハイラは得意げに両手を合わせて続ける。



「一つ目は私の配下に加わる事ですゥ〜、これはおすすめですよォ〜?ラルフ君ほどの実力者であれば、多くの財産を民から毟り取る事ができるでしょうからねェ〜!」



 こいつら、他人の財産も奪ってまわってるのか……



 お布施などもあるのだろうが、この調子だと正当な経路で受け取っている物の方が少ないだろう……



「続いて二つ目ですがァ〜」



 どうせロクでもない選択肢なんだろ。



 俺がそんな事を思っていると、ハイラはその糸よりも細い目を見開きながら、二つ目の選択肢を言い放った。



「ここで死ぬ事ですゥ〜」



 ほらな。



 こういう奴の提案はロクでもないんだ。



「さァ〜ラルフ君、いいかがされますかァ〜?」



 ハイラは、勝ち誇ったかの様な顔でこちらを見つめている。


 

 これだからこういう奴は嫌いなんだ。



「選択肢はもう一つある」



「えェ?」



 俺の発言が想定外だったのか、キョトンとした顔で俺を見つめるハイラ。



 まったく、なんで自分の方が優勢だと錯覚しているんだかこいつは。 



「お前らは全滅、俺は無事に謁見を済ますという選択肢だ」



 誰が強者なのか分からせてやらないとな。



「時間加速〈アクセルブースト〉」



 俺は自分の体感時間を10秒に伸ばし、ゲネシス教の集団に向かって走り出す。



「なァッ!?皆さん!ラルフ君を見つけ次第、殺しなさァい!」



 突然俺の姿が消えた様に見えて驚いたのか、すぐさまハイラは配下達に指示を出す。



 教徒たちは、慌てて魔法の詠唱に始めた。



 だが、それでは遅いな。



 俺を本気で殺したいのであれば、少なくともこの1秒が10秒の世界に到達してもらわないと話にならない。



 俺はハイラ以外、全てのゲネシス教徒の顎に拳を入れ、脳震盪を発生させた。



 意識外からの拳に耐えられる人間などいるはずもなく、この場にいるハイラ以外、全てのゲネシス教徒が一瞬で地面に倒れた。



「な……何をしたんですあなたは……」



 俺の能力の一端を見て、ここまでとは想像していなかったのか、ハイラは腰を抜かして俺を見上げる。



「何をしたかも分からないのに、俺を殺す気だったのか?」



 ハイラはつい先ほどまでのニタニタとした表情とは打って変わって、戦慄の表情を浮かべている。



「わ……私は頼まれただけなんです!決してあなた様の生命を狙おうなどとは……!どうかお許し下さいィィ!」



 15歳の子供に必死に許しを乞うおじさん……



 哀れなものだ……



「で、誰に頼まれたんだ?」



 俺はハイラに今回の黒幕が誰なのか問いただす。



「そ……それは言えません!それだけは言えないのですゥ!」



「ハイラ君、君に選択肢をあげよう」



「はひ?」



 ハイラは見た目通りのアホな声をあげる。



「一つ目は俺にゲネシス教の情報を渡して、無事にお家に帰る事だ」



「は……はひぃ……」



「二つ目は……」



 ハイラは緊張の面持ちで、ごくりと唾を飲み込む。



「ここで消滅する事だ」



 そう言って俺は乗ってきた馬車を、無属性魔法『範囲消滅〈リージョンダウン〉』で消滅させてみせた。



 それを見てハイラは、恐怖の感情が頂点に達したのか、歯をガチガチと鳴らしながら震え出した。



「さぁ、どうするんだ?」



「しゃ……しゃべっ……喋りますゥ!知っている事は全てお話ししますゥ!どうか命だけはァ……」



 どうやら情報を話す気になったようだ。



「では教えろ。まずは各国上層部に侵入しているゲネシス教徒の情報からだ」



「は……はいィ!まずはグランハイム王国ですが……ウゥッ!!」



 ハイラが情報を話そうとした瞬間、突然胸を押さえて苦しみ出した。



 更に気絶していた教徒たちも、苦しみの声をあげながら地面で痙攣している。



 俺は突然の事に、流石に動揺してしまった。



「おい!どうした!?おい!!」



 ハイラの目から徐々に生気が失われていく。



 そしてそのままゆっくりと地面に倒れていき



「アァ……カールマン様……申し訳ありません……」



 最後にそう言ってハイラは息を引き取った。



 周りで倒れている教徒達も、ハイラ同様に息を引き取っていた。



「口封じって事かよ……」



 やり場のない感情が襲う。



 しかも情報も引き出せずに終わってしまった。



「命っていうのは、こんなに軽いもんじゃないはずだろ……」



 こうして俺は、ゲネシス教という教団の恐ろしさを垣間見たのであった。

 

 


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