第52話 深奥の決戦・下
その水が間髪入れずこっちに鉄砲水のように突進してきた。横に避けるのは無理か。
「くそったれ!」
床を力一杯蹴って飛び上がるが水流に足を取られた。
足に痛みが走って天井と床が視界の中で回転する。
一瞬の間の後に床にたたきつけられた。背中が痛んで息がつまる。
これは攻撃パターンがわかっても攻撃範囲が広すぎて完全には躱しきれない。
足とか背中とかあちこち痛むが寝転がってる暇はない。気合を入れて立ち上がった。
ミッドガルドではダウン中に無敵時間があるが、この世界にはそんなものはない。
「アトリ!「【遠き野に独り立つ者にも、神の家を訪れる者と隔てなく慈悲を与えよ。
白い光がマリーの方から飛んできて俺に吸い込まれた。
体中の痛みが引いていく。
「大丈夫?」
「助かった!」
一息入れたいが、すぐ傍で水流が渦を巻いて空中に舞い上がる。
ガンナーはこの距離では不利だ。
「アニキ!下がってくれ!」
「アトリ!速く後退しなさい」
「それが出来ればそうしてるんだよ!」
銃を構えて下がりながら撃ちまくる。向こうからアストンとロンドが走ってくるのが見えた。
突然引き金が突然軽くなる。弾切れか。
一瞬緊張したが、左からカイエンの矢が飛んで、同時に爆発音とともに炎がさく裂した。
熱い蒸気と水滴が飛び散る。
水の塊には感情も何もないが、何となく怯んだような感じがした。心なしかすこしサイズが小さくなった気がする。
アストンとロンドと入れ替わるように下がって距離を取った。
「オードリー!火炎系で攻撃してくれ。多分そっちの方が効く」
「はい!」
水の球の中心でまた変化があった。白く泡立つような動き。
「水弾!」
「おう!」
「分かりました!」
いち早くアストンとロンドが
水の表面が蠢いて水弾がはじき出されて、床に無数の穴が次々と開く。だが、さっきよりも水弾の弾幕の密度が下がっていた。
「【始まりに命ず。焔の理よ、槌を
オードリーの頭上で巨大な火球が形成された。火球が飛んで
爆音が響いて水飛沫が飛んだ。
サイズがまた小さくなった気がするが……また中心で水が渦を巻いた。水流の方か
「水流来るぞ!」
そう言うと、ロンドたちが回避のために身構えた。
レーザーのように飛ぶ水流が床と壁を抉っていく。水流の一本がオードリーに向けて飛んだ。
マリーがオードリーを守るように射線に割り込む。
「【盾よ来たれ!】」
詠唱とヒットエフェクトのような白い光と炸裂音が同時にして、マリーの小柄な体が壁際まで吹き飛んだ。
「マリー!」
「大丈夫か?」
肝が冷えたがマリーが軽やかに立ち上がった。
「この位、平気だよ!」
「しかし……しぶといにもほどがありますよ」
ロンドがうんざりしたように言う。
弱点が不明だから正攻法で削ってるとは言え、これほど長引く闘いは中々ない。相当HPが高く設定されてるらしいな。
ただ、段々サイズが小さくなってきているから効いてはいるらしい。
水の球が震えてふわりと高く浮いた。そのまま地面に落ちる。
何処に突っ込んでくるのかと思ったが、地面に落ちた水が飛沫を上げるようにそのまま全方位に飛び散った。
「なに?」
「これは!」
「きゃあ!」
大波が全員を飲み込んだ。
水に体を取られて壁に叩きつけられる……こんな攻撃パターンももってやがるのか。
全員がよろめくように立ち上がった。
「【ここは神の家なり!集う者すべてに等しく恵みを与えよ!
マリーの手から飛び上がった白い光が空中で弧を描いて全員に降り注いだ。
全体回復は回復量は単体回復に劣る……あちこちに痛みが残っている。
元の通りに空中に浮かんだ水の塊がまた大きく震えた。
同じことをしてくる気だ。あれを連発されるのはヤバい。
「全員攻撃!ここで仕留める!」
「了解だぜ、アニキ!」
「【始まりに命ず。焔の理よ、槌を
「行くぞ!」
「いい加減に死になさい!」
アストンとロンドが突進してレイピアとサーベルで
立て続けに飛んだ矢と俺の銃弾、それにオードリーの火球が
「撃ちまくれ!」
「分かってる!」
もう一度切り込んだアストンとロンドが斬撃を浴びせかける。
「そろそろ落ちろ!」
残弾11発。
引き金を引き続ける。焦げ臭い火薬のにおいがして、目の前を空薬莢が次々ととんだ。
もう一度、オードリーの魔法が発動して炎が吹き上がる。
最後の一発を撃ち込んだ時、
◆
空中に衝撃波が走るようなエフェクトが浮かんで水の球が形を失った。
床に音を立てて水が落ちる。
「まだやる気かよ!」
アストンが言うが、水が力なく床に広がっていって、そのまま崩れていった。
どうやら倒せたらしい……が、なんせ正体不明の敵だ。油断はできない。
30秒ほど全員で見ていたが、何事も起こらなかった。
カイエンが安堵のため息をついて弓を下す。
「やりましたね、アトリさん……でもこの前のあれより随分強くありませんでした?」
「まあダンジョンマスターも色々あるからな」
オードリーが疲れたように言う。
「マリー、本当にいい仕事だったぞ」
「えへへ……ありがと。もっと褒めてくれていいよ、アトリ」
嬉しそうにマリーが言って顔を近づけるように背伸びしてくる。
少しかがんで頬を触れ合わせた。
「こうやって散開して戦うのがセオリーか……しかし離れすぎると意思疎通が難しいな」
カイエンが独り言のように言う。
ミッドガルドではボイチャで意思疎通できたが、こっちではそうはいかないからこっちなりの難しさがありそうだ。
「追加のダンジョンマスターとはいえ、いくら何でも強くし過ぎですね。せめて耐久は下方して貰わないと困ります」
ロンドが言う。
これに関しては全く同感だ。もしくは、なにか重大な弱点とかでもあるんだろうか……今の戦いでは分からなかったが。
前にダンジョンマスターを倒した時と同じ、そして帰還のスクロールを使った時と同じだ。
ようやく倒せたな……一体どれだけ戦っていたのか分からない。
クリアタイムもどれだけになったんだろうか。
白い光が消えて、目の前には水没都市フレグレイ・ヴァイアの入り口が見えた。
戻ってこれたな。
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