第49話 深奥へ・上

 もんどりうってロンドが倒れた。誰かが小さく悲鳴を上げる。

 見ているこっちの空気が一転して張り詰めた。


『この私に当てるとは……やるじゃないですか』

 

 ロンドが傷口を押さえながら立ち上がってポーションを飲む。

 ロンドに動揺した様子はないが……もしかしたら勝ってしまうんじゃないか、とかいう緩い期待感は消えた。

 ギルドの責任者らしき男がこっちを見る。


「アトリさん、水没都市フレグレイ・ヴァイアのMAPは分かりますか?」

「分かる」


 親の顔より見たダンジョンだ。


「あなたより速くあそこまでたどり着けるアタッカーはいない……救援に行ってもらえますか?」


 恐る恐るって感じでその男が聞いてくるが。


「ああ、勿論」 

「えっ?」


 係員が意外そうに声を上げた


「なんだ?」

「……いいんですか?だって……なんというか、ロンドは、その」


 戸惑ったように係員が聞いてくる。

 言わんとしていることは分かった。


 ここ数か月、あいつに記録を破られ続けた。勿論抜き返しもしたがいくつかは抜き返せていない。

 あいつは客観的に見れば俺達の目の上のたん瘤……敵だろう。


 だがそうじゃない。あいつは敵じゃない。

 無名のRTA走者だったことはそんなことは言えなかったが、今なら言える。

 あいつは俺のライバルだ。


「……こんなところで死なせはしない」


 あいつが死んだあとに全部の記録を独占しても何の意味もない。

 あいつを超えるのはこんな形じゃない。 


「ではお願いします」


 今からどれだけ速く行けても1時間はかかる。

 あいつがいくら強くても正体不明のダンジョンマスター相手に独りで勝つのは無理だろう。


 ただ、どう考えてもあきらめて潔く殺されるってタイプじゃない。

 俺が行くまで生き延びているはずだ。


「当然だが、俺たちも行くぜアニキ」

「いや……それは」


 アストンが声をかけてきた。

 だが……ダンジョンマスターとの戦闘は逃げられない。そしてなんだかんだでダンジョンマスターは強い。


 しかも今回はぶっつけ本番だ。前の攻略の時とはわけが違う。

 あの水の精霊オンディーナの攻撃パターンは全く分からない。


「あの人のことは良く知らねぇけどよ……アニキが行くなら俺たちが行かないわけにはいかねぇだろ」

「それに1人で行く気?アトリについてけるの、ボク達くらいでしょ」


 アストンとマリーが言って、オードリーが頷く。

 俺一人で言っても倒せる気はしないからこいつらが同行してくれるのは有難いが……巻き込んでいいのか。


「なあ……アニキあっての俺達だ。違うか?」


 アストンが真剣な口調で言う


「ここでアニキ一人で行って、俺達は留守番とか言われるのは悔しいぜ」

「ボクらはいつも一緒でしょ?」

「そうです」


 三人が言ってくれる……言い争う時間は無駄だな。


「分かった。頼む」

「俺も同行する。アトリ。俺一人ならついていける。戦力は多い方がいいだろ」


 後ろから声が掛かった。

 カイエンだ。弓を背中に背負って準備万端って感じだが。


「なんでお前が?」

「ロンドには色々と助けられたからな。

それに俺は``真理に迫る松明``だ。トップアタッカーの誇りがある。お前らが行くのをここで見物するなんて恥さらしなまでは出来ん」


 夜警ストライダーの火力は捨てがたい。

 そして夜警ストライダーは機動力の高いクラスだ。こいつの足ならついてこれるか。


 それに正体不明の水の精霊オンディーナを俺たちだけで倒せる保証はない。

 強いダンジョンマスターと戦うときは人数は多い方がいいし、火力は高い方がいい。


「それにこれは俺自身のためでもある。俺達もいずれダンジョンマスターに挑むつもりだ。

そのためにもアトリのリードでRTAをやる経験は得難いものだからな」

「そうか……なら頼む」


 そう言うと、カイエンが頷いて俺の肩を叩いた。


「おい、マリーチカのお嬢ちゃん。これをもってけ。ダンジョンマスターとやるならいい得物がいるだろ」

「アストン、お前にはこれだ」


 周りにいたアタッカーのうちの二人が装備していた武器を外して渡してくれた。

 ランクSの武器、手甲セスタスの聖拳・ヴェロッサと、刺突剣レイピアの幻刃・モルガンだ。


 聖拳・ヴェロッサ武器としての破壊力もさることながら、修道僧モンクの回復系の魔法を底上げしてくれる。修道僧モンク専用のアイテム。

 幻刃・モルガンは斬撃と共に魔力の刃で手数を増やす。どっちもランクSのレア装備だ。


「ありがとうございます!」

「助かります」


「お前らのアタックにもロンドにも世話になったからな。このくらい当然だ」

「俺がついて行くと足が遅くなっちまいそうだからな……死ぬなよ、若者!」


 貸してくれたアタッカーが言ってアストン達が一礼した。


「オードリー。あなたにはこれを……うちのリーダーを頼みますよ」


 真理に迫る松明の魔術師ウィザードであるレザンが一本の杖を差し出してくれた。


「魔杖・ガンダウレスです。

魔法の威力や範囲を全てを拡大してくれる。私も行きたいですがRTAにはついて行けないでしょうから」  

「アトリ、あんたはこいつを使うか?」


 ダルタニアスが差し出してくれたのはランクAの銃、猟兵・ザウエル。

 いわゆるアサルトライフルだ。ライフルの射程を落として速射性を上げたやつだが。


「いや、いい。戦場にはなじんだ武器の方が良い」


 射撃感覚や射程はライフルが馴染んでいる。

 アサルトライフルは強力だが今はスペックより感覚を狂わせたくない。


「じゃあ、こいつを貸してやるよ」


 ダルタニアスがそう言って腰から小さな小箱を渡してくれた。

 これはアクセサリだが。


「これ……エクストラマグか」

「×3だぞ……親の形見だぜ」


 銃使い最大の泣き所であるリロード。装填数を増やしてくれることによってその隙を減らしてくれるアクセサリだ。

 装填数を三倍にしてくれる×3はかなりレア度が高い。


 ガンナー系のクラスにとってリロードは無いに越したことはない。

 リロード時間据置で装填その数を増やしてくれるエクストラマグはありがたい……しかし、良い物持ってるな。


「頼んだぞ、闇を裂く四つ星!」

「ロンドには攻略に借りがあるんだ。助けてやってくれ」

「全員生きて帰ってくれよ」

「カイエン!しっかりな」

 

◆ 


 声に見送られてギルドの奥に移動した。


「急いでください」

「御武運を!」

 

 ギルドの係員に使い魔ファミリアを渡される。 

 促されるままにギルドのゲートの間のゲートの前に立つと視界が一瞬で切り替わった。

 水没都市フレグレイ・ヴァイアのスタート地点。城門のような扉の前が見える。


 水没都市フレグレイ・ヴァイアは地面を掘り下げるように作ったすり鉢状の都市。

 大雨の水害によって滅んだ都市と言う設定そのままに、空は分厚い雲に覆われていて雨がしとしとと降り注いでいる。


 扉の前に立つと俺達を誘うかのように扉が軋み音を立てて開いた。

 見慣れたまっすぐ伸びるメインストリートが広がる。


「本気で飛ばすぞ。悪いが。ついて来てくれ」

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