第8話 幕間・星空の天幕亭のある日・1

 とある日の昼下がり。

 星空の天幕亭は客もまばらだ。最大では50人近く入る店内だが、長らく満員にはなっていない。

 今もカウンターには4人の集団とテーブルには二人組がいるだけだ。


 どっちも朝市での売り子だ。

 昼飯の時間が終わったこの時間に暇そうに酒場にたむろしているのは、朝市の仕事を終えた奴らが多い。

 もしくは工房の職人で少し遅い昼飯を食いに来ている連中か。それぞれよく見る顔だ。


 それぞれが暇そうにビールをちびちびと舐めている。

 もうしばらくしたら早上がりの連中がやってきて少し早い晩飯の時間になるだろう。


 そんなことを星空の天幕亭の女将、グレイスは考えていた。

 ウェーブのかかった茶色の髪、細身の体をワインレッドのドレスに包んでいる。


 年は30歳を少し超えたところだが、その美しさにはファンが多い。

 なんの変哲もないアタッカーの配信酒場であるこの店になんだかんだで固定客がいるのは、料理の美味しさと安さ、それに女将である彼女の存在が大きい。

 

 グラスを拭いているところで足音と話し声がしてドアが開いた。

 5人連れの客だ。


「いらっしゃい」

「女将さん、ワインと何かツマミを」

「今は配信はしてないのか?」


 ダンジョンアタックが映る映し板ディスプレイには今は何も映っていない。


「今は何もないわね。何か映そうか?」

「そうだな、なんでもいいけど面白いのを頼むわ」


 ダンジョンアタックを配信する酒場はギルドと契約をしなくてはならない。

 あえてこういう店に来る客は、つまりアタックを見に来る客だ。

 アタックに興味がないなら、普通の酒場に行けばいい。

 

「そうね」


 グレイスが何を映すか考えたところで、真っ暗だった画面に4人組が映し出された。

 まだ若い3人と少し年嵩の男が一人。

 4人編成はダンジョンアタックの一番多い編成だ。


 どうやら今からアタックするらしい。

 ギルドの規約で今やっているアタックは優先的に画面に映る。こんな時間に敢えてアタックするということは、新人だろう。


 上位帯のパーティはもっと人が多い、いい時間にアタックする。

 そして同じ時間にアタックすると誰もが上位帯を見る訳で、そうなると駆け出しはこんな風に少し外れた時間にやることが多い


「全く見たことねぇな」

「駆け出しか……というか初トライだな」

「まあもう少ししたら他のパーティも出てくるんじゃないか?」


 二人が言葉を交わしあう。

 駆け出しのアタックは大抵はグダグダになる。連携が取れてなくて雑魚に苦戦したり、仲間割れしたり。


 まあそのグダグダな混乱を見て笑うのも初心者パーティを見る時の一つの楽しみだ。

 素晴らしいアタックが見たければ上位帯のを見ればいい。


「どうする?変える?‘‘真理に迫る松明‘‘の黒水晶の迷宮のアタックがあるわ」


 グレイスが声を掛ける。

 過去のアタックの記録映像はアーカイヴにある。

 ‘‘真理に迫る松明‘‘は都の方に拠点を置く人気パーティだ。戦闘が派手でトップクラスと言っていい。


 その名前は国中に知られている。

 貴族の名を知らない民はいるが、トップアタッカーの名を知らない民はいない。

 

「そうだな……その方が」

「いや、このままでいいんじゃねえか?」


 ビールのジョッキをあおりながら一人が言う。

 他の4人が嫌そうな顔をした。


「おいおい、マーカスよ。駆け出しなんて見ても仕方ないだろ」

「いやいや、そう言うなって。見てやんないとかわいそうだろ」


 マーカスと呼ばれた男が言う。

 ちょっと皺の寄った無精ひげと短い黒髪で覆われた顔はイガグリを思わせる。


「まあ……いいけどな」

「お前も物好きだよな」


 駆け出しのパーティのアタックは大抵稚拙で見ていられない。

 だが、駆け出しからトップランカーに駆け上がるパーティが出たりもする。 

 そう言う未来のトップを探すのも楽しみの一つだ。俺は前から目を付けてた、と言えば通ぶれる。


『俺達は今から15分でヴェスヴィオ炭鉱跡の15階層に行きます』


 画面の中で年嵩の男が言った。

 その言葉を聞いた男たちがマーカスを揶揄するように見る。


「おいおい、聞いたかよ」

「無理に決まってるだろ。駆け出し連中だろ。ちょっと戦闘したらもたついてすぐに5分くらいは経つ」

「15分じゃまあ行けても精々で4階層だな」

「俺は3階層だと思うね」

「しかも、こいつら。初のアタックだぜ。俺は2階層までと見るね」

「賭けるか?」

「いいぞ」

「酒一杯だな」

「で、誰も当たらなかったらどうする?」

「一階層は流石にねぇだろ」

「5階層以降とかは?」

「まず無いね」

「マーカス、お前はどうする?」

「うーん……さすがに15階層は無理だろうな……6階層だ」

「女将さん、もう一杯ビール」


 男たちが好きなことを言ってグレイスの方を見る。


「へえ、なら私もその賭けにのるわ」


 ビールのジョッキを3個運んできたグレイスがマーカスたちに声を掛けた。 


「もし7階層以降に行けたらいつもの倍飲んで。6階層までで終わったら私が飲み代をもってあげる」

「おいおい、女将さん。随分と太っ腹だなぁ」

「賭けにならねぇぞ」

「ただ酒、ご馳走さんです!」


 笑い交じりの声を受け流しつつカウンターに戻る。

 常連客へのサービスでもあるが……それ以上に新人へのエールのつもりだった。


 画面に映っている4人パーティ。

 前とは全然違う華やかな赤の外套を羽織っているが、あの時ミハイル達と揉めていたパーティだ。

 彼らが好き放題言われていたのを見ていた。悔しそうな姿も。


 どんなアタックを見せるのかは分からない。新人によくある見る所がないものになるかもしれない。

 だが、そもそも見てもらえなければどうしようもない。

 こうしておけば、とりあえず彼らのアタックは見てもらえるだろう。


「頑張りなさい、新人ルーキーさん」

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