第7話 正しい表裏

 その日は全国的な雨になるという予報であった。特に夫婦の住んでいる地域は大雨に注意との事だったので


「今のうち、ポストのもの家に避難させておいた方が良くない? 」

「そうだな、俺が行くよ」

「あなたは家にいて。もし早くK君来たときに、私よりもいいでしょ?」


来訪予定よりも一時間ほど前だったので、まだ大丈夫だろうと夫人は研究者の家へと急いだ。彼の家は坂を登り、少しそれた奥の方にあるので、来客前のちょっとした運動だった。しかし彼女が坂を登り切り、横道に入る直前に、坂の上からゆっくり降りてくる、自分と同年配くらいの男性を見た気がした。


「まさかね、こっちから来ることはないでしょう」


この道の先には車止めがあり、通り抜けは出来なくなっている。それに公園は大きな目印なので、間違うはずは無いと思いながら、鍵を開け、普段ならフリーペーパー等を除きながら手紙を探すのだが、今日はポストに入った全てのものを大きめの袋にさっと詰め、すぐに道を引き返した。すると今度はさっきの男性の後ろ姿を見ることになった。彼は首を左右に動かし、時にスマホを見ながら、ゆっくりと足を進めていた。そしてスマホの反対側の手には、いかにもお菓子屋さんの小洒落た感じの紙袋を持っている。体つきはがっちりしていて、その横顔に見覚えがあった。


「K君? 」

後ろから声に、男性はすぐに振り返り、強めの眼差しが自分に向けられたのに、夫人は驚いた。

「あ! どうもお久しぶりです! 」

「フフフ、覚えていらっしゃらなかったでしょう? 」

「あれから何度か高校の卒業アルバムを見ましたから」

急に穏やかな感じになったのは、自衛官という彼の職業柄なのだろうと彼女は思った。


「年取ったなあ! 」

「お互い様だ、何十年ぶりだもんなあ! 」

男同士はそう言いながらも、いつも会っている友人のように話し始めた。

「あの頃は入ったばっかりで、確かパイロットをあきらめたって」

「ああ、レーダー係になって」

「攻撃を受けたらレーダーを持って走るって言っていたよな」

「そうそう」

そんな話から入ったが、多くは高校時代の思い出話になった。なぜなら彼の自衛官としての立場上、現在の仕事のことを聞いても答えにくいと夫妻はわかっていたからだった。

「いやあ、実はこの辺りに高校の後輩が住んでいてね、懐かしくてうろうろしていたんだ。道が複雑で、その時も帰り道迷ってね」

「それで坂の上から来たのね」

「ええ、本当に迷ったら電話したらいいかと思って、ハハハ」

「相変わらずのんびりしているな。でも嵐を呼ぶ男かな、ほら、すごい雨になったぞ」

彼がやって来て二時間程たった頃、窓ガラスに雨が打ち付けた。

風も強くなったため

「持ってきた折りたたみ傘じゃだめそうだな」

「無理無理、強そうな傘を貸してやるよ、そのまま帰れよ」

「返しに来られないぞ、ハハハハハ」

と言いながら、彼は少しぼーっと窓を見て、ふと


「前ほど、ゲリラ豪雨が無くなったなあ」

呟くように言った。


「そういえば、ここ数年はないわね。やっぱり海流の影響だったのかしら? 」

「まあ部隊の出動も少なくて良かったんじゃないのか? 」

夫が初めて自衛隊関係のことを話題にすると、K氏は

「ちょっと聞いてくれるか、自衛隊内じゃなくて、仕事上の関係者に大変なことがあってね」

ぽつぽつと話し始めた。


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