第6話

「無理」


銀の盃に入った水を前にして、ウラは一言そう言った。

予想はしていたものの、ダイレンは落胆を隠せずにいた。

ソファの背もたれに背中を預け、そのままずるずると沈み込み宙を見上げて右手で目を覆う。

ダイレンがウラに出した指示は「この水を氷に変えよ」というものだった。


魔法にはエレメントがある。

地水火風の四大エレメントに、光と闇を加えた六種の魔法。

大体の魔導師がその全てのエレメントを使えはするが、それぞれに得意不得意がある。

ダイレンの得意とする治癒魔法は、風のエレメントに属するものだ。

ウラほどの魔力の保有者であれば、どの魔法も簡単に使いこなすだろうとタカを括っていたが最初に教えた風の魔法からウラは挫折した。


では、火を。では、地を。と教えてみたものの全く手応えがなく、海の加護を持つのだからきっと水の魔法で才能を発揮するに違いないと意気込んでいたところ、これもまた駄目だった。

ウラにやる気がないわけではない。

ウラは真面目に目の前の水と向き合い、見てわかるほどの魔力をそこに集中させていた。その上で何も起こらないのだから、ダイレンもウラを責めるわけにはいかない。


それでもウラは自ら毎日魔法の練習をしていた。

赤ん坊の頃からダイレンの魔法を間近で見ていたおかげで憧れが強いのだ。

そして自分もきっと魔導師になるのだと、魔法技術の修行が始まる前から目を輝かせていた。

諦めることなど出来なかった。


「あとは、光と闇の魔法か」


ダイレンが独り言のように呟く。


光と闇の魔法は、四大エレメントの魔法よりも更に難易度が上がる。

四大エレメントは自然界の生きとし生けるものの力を借りて発動させるものなのに対し、光と闇の魔法はその魔力の出所が違うのだ。

光はこの世界よりも高い次元にある天界の力を、闇はこの世界とは対となる次元にある暗く深い地獄の力を元にして魔力を発動させる。

自分が生きる次元とは別の次元にチャンネルを合わせる必要があるため、魔導師の中でも使いこなせる者は少ない。

長きを生きるダイレンはそれなりに使える者ではあるが、それでもスペシャリストとは言い難い。

四大エレメントの魔法で挫折を繰り返すウラに使えるかどうかは甚だ疑わしいものである。


「私は四大エレメントの魔法の練習を続ける。光と闇の魔法は教えなくていい」


ウラは悔しさを滲ませながらそう言った。

眉根を寄せて、鼻先が少し赤くなっている。

悔しさから泣きそうになっているのを必死で隠しているのがわかった。


「しかし、光と闇の魔法に才能があるかもしれんのだ」


「でも、いい。ダイレンが使ってる魔法が一番好き」


「しかし」


「ちょっと休憩にしよ。私、散歩してくる」


ウラはそう言って、そのまま外に飛び出して行ってしまった。


「おい、ウラ!」


ダイレンの声がウラの背中を追いかけるが、届くことなく扉が閉まる。


「きっと、いつもの湖にいますよ。あとで迎えに行ってきます」


薬草茶を持って、ラナが顔を出す。

魔法の修行に挫けるたびに、ウラは森を少し入ったところにある湖に向かうのだ。

魔法の修行に挫けるのは毎日のことだから、ラナもダイレンも今日のこのようなやりとりを毎日繰り返している。


「私が期待しすぎていたために、いつもあの子を悲しませてしまう」


「あの子が運命の乙女であってもそうじゃなくても、ただ生きていてくれるだけで充分だと私たちが思っていることはきっと伝わっていますから」


ラナはダイレンに薬草茶を手渡しつつ、閉じられた扉の向こうにウラを見ているかのように言った。


「何より、あの子が魔法の修行をしたいんですから。やりたいだけやらせてあげてください」


「しかし、そろそろ他の道も考えてやらねばならないな」


ダイレンはため息まじりに呟くのであった。

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